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フィネッティ商会との商談2


「今現在、お父様のご協力もあり自宅のハーブ園からハーブを採取して商品を作っておりますが、決して大量生産出来るほど広いわけではありません。まずは上位貴族の女性に的を絞って香油を売り出します。販売数を少なく設定し、商品価値を高め可能な限り価格を吊り上げます。上位貴族には当てがありますので、私が販売する場を設けられるよう手筈を整えましょう。フィネッティ商会には、香油を作る人員と、他の者が似たような商品を売り出さないように念の為商人組合への根回しをお願いしたいのです。類似した商品が出回ってしまうと商品価値が下がってしまいますので」

「……そこまで考えておいでなのですね」


 感心したようにカミロが呟いた。一応これでも大学卒業後は中小企業の営業補佐として営業マンに引っ付いて仕事をしていたのだ。合っているかどうかは別として、仕事を取り付けたい場合、ある程度の戦略を練らなければならない事ぐらいはわかっているつもりだ。


 カチャリ、と小さな音がして部屋の扉が開く。準備を終えたアンが戻ってきたようだ。アンがぬるま湯の入った桶とタオルをワゴンに乗せてこちらに向かってくる。ワゴンを押しカミロの隣まで来たところで立ち止まった。


「さて、準備が整ったようですので、まずは実際に香油の効果を試してみませんか?」

「試すと言いますと?」

「右手でも左手でもお好きな方で結構です。普段私達がしているように香油を皮膚に塗りますので、軽く袖を捲って手をそちらの侍女へ差し出してください」


 そう言うとカミロは少し戸惑いながらも袖口のボタンを外すと二回ほど袖を捲ってアンに手を差し出した。袖口のボタンはあるのにカフスボタンじゃないのか。そういえば領主の城でもカフスボタンを付けている人は見かけなかったな。この世界でカフスボタンが存在していないのであれば男性貴族の趣向品として流行らせるのも良いかもしれない。まあその話はまた後日考えよう。


「ではアン、いつも通りに。掌だけで結構です」

「畏まりました」


 アンはひとつ頷くとテーブルに並んであるいくつかの瓶の中から一つを手に取り、蓋を開けると瓶をカミロへ差し出した。


「こちらの香りはいかがでしょう。男性でも受け入れやすく、心を落ち着けてくれる爽やかな香りの香油です」


 差し出された小瓶を受け取り、カミロが香油の香りを嗅ぐ。


「……とても良い香りですね。こちらでお願いします」


 カミロから小瓶を返してもらったアンは香油を自らの掌に垂らし、両手で香油を温めていく。掌の温度で香油が温まるとカミロの手を取り、掌から指の間、指先と丁寧に香油を塗り込んでいく。温かな香油を付けた手で掌を握り込み、揉み解すように優しく力を入れる。ヌルヌルとした温かな感触と、揉み解される感覚、部屋中に広がるハーブの優しい香りにカミロが気持ちよさそうに目を細めた。

 しばらくの間手をマッサージした後、桶に入れたぬるま湯で香油を綺麗に洗い落とす。差し出されたタオルで手を拭いたカミロは自らの手をまじまじと見つめて驚いた。


「これは……肌が驚くほど綺麗になりますね」

「香油は髪や肌に付ける事で美容面で大きな効果が得られます。髪に塗れば艶が生まれ、肌に塗ればスベスベになります。髪や肌に香りも残りますし、ハーブの香りは心を落ち着けたり鎮痛作用があったりするので心身共に綺麗になれるんですよ」

「なるほど。確かにこれはさぞご婦人方に喜ばれましょう」

「ええ、わたくしも毎日のように侍女にお願いして湯浴みの時に使ってますのよ」


 自分の掌を撫でて感触を確かめたり、手に着いた香りを確認したりしているカミロが興奮したように頷く。そんなカミロを見てリーサが嬉しそうに微笑んだ。どうやら香油の商品価値もわかってくれたようだ。

では次に、カミロの真意を確かめる事にしよう。


「香油の知名度がある程度浸透したら、ハーブ園と作業場の確保が必要です。今は一旦この家を使うとしましょう。ハーブが育つのには少し時間が掛かりますから、可能であれば早めに作ってしまいたいところですが……カミロ、貴方はどこまでの商品を取り扱いたいですか?」

「どこまで、と言いますと?」

「私は現時点で、ハーブティーやお菓子、香油、などの他にもいくつか商品を作っています。今後も色々な種類の商品が出来る可能性もあります。どの分野がを取り扱えて、どの分野が取り扱えないのか教えてほしいのです」

「無論、全てフィネッティ商会で販売致します」


 ほう、独占契約をお望みか。


 私は心の中でカミロの貪欲さに思わずにんまりと笑った。さすが商人、売れるとわかっているものを易々と他所にやる気はないようだ。無理矢理環境を整えてでも利益を勝ち取ろうという気概を感じる。


「未知の分野に足を踏み入れるわけですから、ある程度の先行投資は必要になりますよ?」

「構いません」

「……私の商品を全て独占するのは高くつきますよ?」

「それ以上の利益を得れば良いだけの話です」


 自信たっぷりにカミロが口元を吊り上げて笑う。始めたばかりの事業なのだから、最初から利益は見込めない。それを覚悟の上で後々の利益を見据える事の出来る貪欲さ。全ての商品を扱おうとする野心。仕事のパートナーとするには悪くない人材かもしれない。


「……良いでしょう。現実的に厳しいと判断しない限りは、全ての商品をフィネッティ商会で売ってもらう事にします」

「ありがとうございます」

「では、売れた収益に対しての取り分のお話をしましょう。全体の収益の4割を下さい」

「4割!? 多すぎます、3割が妥当でしょう!」


 提示した金額にぎょっとしたカミロが慌てて異議を申し立てる。取り分の勝手がわからないのでわざと多めに言ったのだからこれは予想の範囲内だ。けれど3割というのも正しくない可能性はある。相手はプロで、こちらは素人なのだから。

 私が何も言わずにっこりと微笑むと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたカミロがしばらくの沈黙の後、苦々しげに口を開いた。


「……3.5割、それ以上は無理です」

「では、それでいきましょう」


 予想通り、平均よりも若干少なく見積もっていたカミロが折れた事で商談は成立した。この後は詳細内容を詰め、それをリーサが用意してくれた平民用の魔法契約用紙に書き込んで魔法契約を行なった。平民は魔法を使うほどの魔力は持っていないので、少ない魔力で契約が行なえるように改良された魔法陣が掛かれた紙を使って平民との契約を取り交わす。名前を書いて魔法陣に触れると勝手に魔力が吸い取られ魔法陣が発動する仕組みなのだそうだ。

 無事に商談が終わった後は軽い打ち合わせを行なって、この日は解散となった。商人相手にどこまでやれるか正直不安だったけれど、カミロも悪い人ではなさそうだし何とかなりそうだ。



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