フィネッティ商会との商談
モーリスとリーサに全属性持ちの話をした翌日から、フォンネルが常に側にいてくれるようになった。家の警備は他の護衛騎士に任せ、私専属の護衛として守れるようにモーリスが取り計らってくれたのだ。
そして今日はフィネッティ商会との商談の日だ。話をした日から3日で話す場を設けてくれたモーリスは中々に優秀だと思う。モーリスは仕事があるので商談にはリーサが立ち会う事になっている。待ち合わせは一の刻からだ。そろそろ来る頃合いだろうと見てリーサの部屋に移動して待機する。
「フィネッティ商会の方がいらっしゃいました」
部屋に移動して少し経った頃、リーサの侍女が来客を知らせる。侍女達がお茶の準備をしている間に、客人はリーサの部屋の前まで辿り着いた。部屋に入ってきたのは見た目30歳前後の男性と、黒い燕尾服を纏った50歳くらいのダンディーなおじさまだった。家で働いている人の中にも同じ燕尾服を着ている人がいるから、きっと執事か何かなのだろう。という事は若い男性の方が会長かな。
フィネッティ商会の二人が私とリーサの前で跪き、胸に手を当てた。
「久方ぶりにお目に掛かります、フォメール婦人。そしてお初お目に掛かります、ソフィア様。フィネッティ商会のカミロと申します。こちらは私の執事のアクレス。この度はこのような貴重な場を設けて頂けた事、心より深く感謝申し上げます」
「久しぶりですね、カミロ。どうぞ顔を上げてお掛けなさい」
リーサに促されたカミロが席に着き、アクレスはカミロの後ろに控えた。侍女達がそれぞれの前に紅茶を置くのを確認して、リーサが口を開く。
「急に呼び立ててしまってごめんなさいね、カミロ。モーリスから聞いているだろうけれど、相談があって貴方を呼んだの」
「モーリス様からハーブを使った商品を売りたいと聞き及んでおります」
「ええ、その通りよ。商品を作ったのはソフィアなの。ソフィア、カミロに話して下さる?」
「はい、お母様」
カミロの眉がピクリと動いた。すぐに隠したようだが、今のはわかりやすかった。絶対この人今、こんな子供が? 大丈夫なのかって思ったね。
見た目子供なので舐められるのは仕方ない。あとは話を聞いてどんな反応をするかだ。
「アン、準備をしてきて下さる?」
「承知致しました」
「ミリア、商品をこちらへ」
「はい、只今」
指示を出すとアンは準備をしに部屋を退出し、ミリアはいくつかの小瓶をテーブルに置く。カミロは興味深そうにその小瓶を眺めた。
「まずは実物をお見せした方が早いかと思い、用意させました。こちらは香油と言います。香油のお話をする前に、まずはハーブについてお話しさせて頂きますね。ハーブは今現在、薬を調合する為の薬草として用いられていますが、他に使用方法はないかと考えたのが始まりでした。結論から言えば、料理に混ぜたり飲み物として飲んだり、体に塗ったりする事でも効果を得る事が出来ます」
そこまで話したところで、ミリアが一枚の紙をカミロの前に置いた。
「そちらは調査結果の一部です。お母様を含むフォメール家の者と、領主様のお城に勤める方達にご協力頂きました」
「領主様の?」
「はい、少しご縁がございまして週に一度領主様のお城に招かれておりますので」
カミロが驚いたように目を瞬かせる。どこまで本当なのか真意を測りかねているのだろうか。少し訝しそうにしながらも態度に出さないようにしながらカミロは書類に目を通した。
「ふむ、なるほど。使うハーブによって得られる効果が違うのですね」
「ええ。そして体の内側で摂取する事で得られる効果と、外側で摂取する事で得られる効果も変わってきます。香りについても、甘い香りなのか爽やかな香りなのか、どのハーブの香りを嗅ぐかによっても変わってきます。ミリア、ハーブティーとお菓子を」
「はい、すぐに」
ミリアは慣れた手付きで準備をしていく。すぐにハーブティーと今日の為に作らせたお菓子がそれぞれの前に並べられた。今回はブレンドハーブティーとハーブを使ったシフォンケーキだ。
「先程お出ししたのは普通の紅茶ですが、こちらはブレンドハーブティーです。複数のハーブを混ぜ合わせて作りました。甘すぎる香りは男性だと苦手な方もいらっしゃいますので、今回は果物も混ぜて爽やかな香りに仕上げております」
「確かに、仄かな甘みも感じるがサッパリとした香りの方が強く感じるので、男性でも楽しめる香りですね」
「ハーブティー自体に甘みはあまりありませんので、お好みで甘さを足して下さいませ。そして今回用意したお菓子ですが、シフォンケーキというお菓子です。生地にハーブを使っております。そちらのクリームやファビオの蜜を掛けても美味しいですよ」
品定めするように香りを嗅いでいたハーブティーを口に含んだ瞬間、カミロの目の色が変わった。平静を装ってはいるが、明らかに目が先程よりギラついている。ティーカップを置いたカミロは続いて、まずは何も付けずにシフォンケーキを一口。その後アクレスに命じて生クリームとファビオの蜜を垂らして食べる。何も言わずに食べていたカミロにもしかして口に合わなかったのではと少しの不安を覚えたが、カミロが顔を上げた瞬間、そうではなかったと確信した。
「ソフィア様、このハーブティーとシフォンケーキはいつ商品にされますか? このクリームという物の作り方も大変興味深い」
よしよし、食いついたな。
狙い通りの反応が返ってきた事に安心した。ここで商品として認めてもらえなければ話にならない。私とリーサは互いを見て微笑み合った。カミロの方を向き直して、続いての作戦へと移行する。
「ハーブティーとシフォンケーキはしばらく商品として売る予定はありません」
「っ、なぜです!? これだけの味を出せれば商品として大きな価値がございます!」
私の言葉が信じられないといった様子でカミロが目を見開く。後ろでアクレスも驚いたように私を見た。
「ハーブティーやお菓子は料理手順を売った場合、美味しさをわかっている方達からはある程度売れるかもしれませんが、売り切ってしまえばそれ以降は利益が望めません。お店を開いて提供出来るような環境を作れば違うかもしれませんが、私が考案したものを作れる料理人は今現在フォメール家の料理人であるマーニーと、お城の料理人達くらいです。服飾関係の商品を主に取り扱っているフィネッティ商会に、即戦力となる料理人をすぐに確保出来るとは思えません。仮に用意出来たとしても、料理手順を覚えて商品として売れるようなものが作れるまで時間が掛かります。売ろうと思っても準備期間が足りないのです。それに料理手順を売る場合は、公開しないものをいくつか作って定期的に完成品を買い取ってもらうような流れを作りたいのです。それを考えると今は得策ではありません。だから、香油から売るのです」
「……」
私の指摘は的を得ていたのだろう、カミロは言い返す事が出来ずに黙り込んでしまった。目の前に餌を吊るされている今の状況でそれでも強行突破しようとしないあたり、カミロは頭の悪い人間ではなさそうだ。ハーブティーやお菓子、料理などは最終的な私の定期収入源となり得る商品だ。きちんと準備してから売り出さなければ失敗に終わってしまう。