平和のために
そしてその日の夜。帰宅したモーリスを交えてリーサと三人で夕食を一緒している時に、大事な話があるので時間を作ってほしいと告げた。最初は今でも良いだろうと言っていたモーリスだったが、頑なに首を横に振る私に何かを感じたのか、夕食後にモーリスの部屋で時間を取ってくれる事になった。
夕食が終わると一度自分の部屋に戻り準備をする。ストライフから借りた魔力量を測る魔道具を箱に詰め、ミリアに持たせる。ミリアを後ろに付き従わせながらモーリスの部屋へと向かう今の私は、さながら戦場へと向かう戦士のような心境だった。日本での出来事に例えるなら、大事な商談をしに取引先の会社へと向かう営業マンのような心境だろうか。それとも彼女の実家に赴き、お父さん娘さんをお嫁さんに下さいとお願いしに行く彼氏のような心境だろうか。そんな事をつらつらと考えている間にモーリスの部屋の前へと辿り着く。
「ソフィア様がいらっしゃいました」
部屋の外に待機していた側付きが扉に向かってそう伝えるとすぐに入りなさい、とモーリスの声が聞こえてきて、扉を開けてもらい中に入る。部屋にはモーリスとリーサ、そして複数人の側付きと護衛騎士達がいた。その中にフォンネルの姿もあり、フォンネルは私を見て微笑んでくれた。
「そこに掛けなさい」
促されて席に座る。すぐに側付き達がお茶の準備をしてくれて、テーブルにティーカップが置かれた。ミリアは私のすぐ側の床に箱を置き、一歩下がって後ろに控える。
「それで、話とはなんだ」
「その前に人払いをお願い致します。出来ればお父様とお母様以外下がって頂きたく思います。それが厳しければ本当に信頼出来る者のみ残して下さい」
少し強めの口調ではっきりと伝える。モーリスとリーサは少し訝しそうにこちらを見ていたが、周囲に指示を出しフォンネルだけを残して退出させた。室内にモーリス、リーサ、フォンネル、私の4人だけになったのを確認して、干渉防止用の魔法を展開する。厳戒態勢の私に3人が少し驚き目を瞬かせた。
「こんな魔法まで使って、一体何を話そうとしているの?」
嫌な気配を感じ取ったリーサが不安げに私を見つめる。まあここまで完全対策を取ってたらそう思うのも無理ないよね。ゆっくりと深呼吸をして、3人の顔を順番に見据えながら口を開いた。
「まず初めに。今から見聞きする事は、一切他言無用でお願いしたいのです」
「口外する事が我が子の不利益になるならば決して口を開いたりはしませんよ」
「ああ、私もリーサと同じ気持ちだ。フォンネルもフォメール家を裏切るような事は決してない」
モーリスの後ろに控えているフォンネルがその言葉に力強く頷いた。それを見て安心した私は箱から魔道具を取り出しテーブルの上に置く。予想外の物が出てきた事にモーリス達は驚き反応に困っている。
「なぜこのような物を……」
「まずはご覧になっていて下さい。すぐにわかります」
戸惑いを隠せないでいる3人にそう告げると魔道具の中央にある透明な玉に触れ魔力を流し込む、途端に室内は玉が放つ眩い光に包まれた。周囲に散りばめられた六つの魔石が色鮮やかに輝きだす。激しい光に目が眩みそうになりながらその光景を見た3人は驚愕の表情を浮かべたまま絶句していた。まあそうなりますよね、予想通りの反応ありがとうございます。
3人が今の光景を確とその目に焼き付けたのを確認して、魔道具から手を離す。魔力を断ち切られた魔道具はすぐに光を失い元の状態に戻った。
「ストライフ先生は恐らく私は始祖神に愛されている、とおっしゃいました」
その言葉を聞いた瞬間、リーサは真っ青な顔で口元を手で覆い、モーリスはガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。フォンネルも口を開けて目を見開いていた。
「説明しただけでは信じ難いかと思い、ストライフ先生にお願いして魔道具をお借りしたのです。冬産まれである私にとって、魔道具のこの反応は通常ではあり得ないと聞きましたが、本当でしょうか?」
「……目を開けていられないほどの魔力量もそうだが、全ての魔石があそこまで強く輝くというのは本来あり得ん」
「やはりそうですか……」
力が抜けたように椅子にストンと座り直したモーリスの言葉に頷く。やっぱりあり得ない反応なんだ……。
「私は他の方がこの魔道具に魔力を流しているのを見た事はないのでわかりませんが、お父様達の反応を見る限りストライフ先生の言葉は頭から否定する事は難しい事なのでしょう。私も後二年経てばお兄様達と同じように学習院に行く事になります。魔法の授業がある限り、この事がいつ露呈するかわかりません。そうなれば、周囲がどんな行動を取ってくるのか。お父様達ならお分かりになるはずです」
「……ああ、そうだな。最悪だ」
「考えたくもありませんわ……」
モーリスとリーサが同時に頭を抱えて深い溜め息を吐いた。うん、私も考えたくもないよ。二度目の人生を平穏に過ごしたいと一番思っているのは私だ。10歳の子供にどんだけ重たい未来背負わすんだよ神様。中身大人だけどさ!
内心神様に沸々と怒りを感じながらモーリスとリーサをじっと見据える。
「最悪の事態に備えて、策を打つ必要があります。私は家族やこの家に仕えてくれている人達を危険に晒したくはないのです。ご協力頂けないでしょうか」
「我が子の為だ。協力を惜しむつもりはない」
了承を受け取った私は、これからの事について話した。身の安全を守る為、家族を守る為に後ろ盾が必要な事、それには領主が好ましいという事。後ろ盾を得る為に、自分の知識を使って商品を売り、領地の利益に繋げようと思っている事。
「私の知識が収益に繋がるとわかれば、領主様も無碍にはしないでしょう。まずは商品として売り出すのが最優先ですね。なのでお父様とお母様には、私に商人を紹介してほしいのです」
「ふむ……ならばフィネッティ商会がよかろう」
「フィネッティ商会、ですか?」
「わたくし達が普段贔屓にしている商会よ。とても仕事が丁寧なの。普段はドレスや装飾品をお願いしているのだけれど、それ以外の取り扱いってあったかしら?」
「どうだったかな……近々話を聞いてみて、必要であれば場を設けるとしよう」
なるほど、服飾関係の商会なのか。まあ貴族お抱えの商人なら服飾関係がほとんどだろうね。
ひとまず話がまとまったので、体の緊張を解き強張っていた体を解すためにお茶を口に含んだ。私が纏っていた雰囲気が変わった事に気付いたリーサがそっと私に近付き、ふわりと頭を撫でた。
「ストライフから話を聞いた時はさぞ辛かった事でしょう。まだまだ子供だと思っていたけれど、ソフィアなりに必死に考えていたのね。子供の成長は嬉しいけれど、なんだか少し寂しいわ」
「お母様……」
「わたくしはいつでもソフィアの味方です。好きなようにおやりなさい」
私の前で膝を折り、ギュッと抱き締められる。花の香りがする優しい温もりに包まれて、目の奥から熱いものが込み上げてしまう。私が立ち直れたのはクロノスのおかげだ。クロノスにその気はなかったとしても最善を尽くせと背中を押してくれたから、私は前を向く事ができた。次会ったらもう一回ハグしておこう。
「私はリーサとソフィアの味方だ」
「もう、モーリスったら」
リーサごとモーリスに抱き締められて、3人顔を見合わせて笑い合う。普段は勉強はお稽古などで一緒に過ごす時間はとても少ないが、それでも私にとっては大切な家族だ。少しでも皆が平和に過ごせるよう、出来る事をしていこう。
二人の温もりを感じながら、私は改めて決意を固くした。
貴族というのは平民の家族と違って家族間の交流が少ないというのが難点ですね。寂しいと感じる子供も多いでしょう。
ソフィアの場合は勉強や稽古の他にハーブ研究や領主の家でのお仕事もあるので尚更です。でも貴族たるもの、貴族として立ち振る舞えるように日頃の勉強は欠かせません。現実世界で小さい頃からそんなに色々してたら私だったら将来グレちゃうなあ。
今回は一旦ここまで。