私が差し出せるもの2
「話す時は細心の注意を払います。けれど、この話をすれば断る理由はなくなるでしょう」
自分達よりも上位の貴族に狙われる可能性があるのだ。フォメール家よりも魔力の強い上位貴族に対抗する手段など無いに等しい。下手をすれば命を落とす可能性すらある。それがわかれば、両親もノーと言ったりはしないだろう。命より大切なものなどないのだから。
「お父様とお母様を説得し、協力を取り付けます。商品化し収益が得られる事を確認した後、領主様に交渉致します。場合によっては交渉材料として領主様にも話す事も視野に入れています」
「領主様にも……それで、ソフィア様は私に何を求めていらっしゃるのですか?」
「お話が早くて助かります。ストライフ先生にお願いしたい事は二つあります。まず一つ目ですが、両親の説得をする為、魔力量を測る魔道具をお貸し頂きたいのです」
「そうですね、説得する上であの魔道具は必要になるでしょう」
ストライフも予想していたようで、このお願いについてはすんなりと許可が出た。けれど本当にお願いしたいのはこの次だ。
「ありがとうございます。そして二つ目ですが、私の補佐をして頂きたいのです」
「補佐、ですか」
「私はまだ子供です。知らない事もまだまだ多く、大人の協力が必要です。もちろん、お父様やお母様にも協力を仰ぎますが、それだけでは足りません。教鞭をとり知識に長け、頭の回転が速く視野が広い。そして何より私を本当に心配して下さっているストライフ先生に、私が間違った選択をしないよう助けて頂きたいのです」
あの時私の両手を握り心配そうに見つめていたストライフに偽りの色は見えなかった。誰が敵に回るかわからない状況下では少しでも味方を増やしておきたい。それが私の足りない知識を補ってくれる存在ならば尚更だ。
ストライフが真意を測るかのように私をじっと見据えたまま黙り込む。何かを考えているのかしばらくそうしていたが、やがてそっと口を開いた。
「……ソフィア様のお気持ちはわかりました。出来る事なら手助けして差し上げたい、とも思います。しかしながら、それには私にも相応の危険が伴います。危険があるとわかっていて無償で力を貸す人間などほとんど存在しません。私の助力を得る為に、ソフィア様は何を対価として差し出して頂けますか?」
「そうですね……一般的にはお金を支払う事が多いでしょうが、ストライフ先生はそれを望んではいらっしゃらないでしょう?」
「はい。残念ながら今回の件に関してお金は必要としておりません」
「なら、私が差し出せるのは一つです」
「ほう……それは?」
一体何と答えるつもりなのか。ストライフの表情に期待の色が浮かぶ。今現在、私の知識は利益を生む為に必要な為対価として支払うつもりはない。そしてストライフはお金という答えを望んでいない。成人もしていない、何も持たない子供である私に払えるものなど、最初から一つだ。
「――全幅の信頼を」
ストライフの目が驚きに見開かれた。私がこう答えるとはきっと思いもしなかったのだろう。言葉が出てこないのか少しの間目を瞬いた後、ぷっと吹き出して肩を震わせながら笑い始めた。目にはうっすら涙が滲んでいる。
「っ、いや、すみません。馬鹿にしている訳ではないのです。まさかそんな答えが返ってくるとは思ってもいなかったので」
涙を指で拭いながら謝罪の言葉を口にする。一度深呼吸して笑いを抑えたストライフは良いでしょう、と頷いた。
「喜んでご協力させて頂きます。ソフィア様の多大なる信頼を裏切らぬよう、誠心誠意お応えいたしましょう」
「ありがとうございます、ストライフ先生」
お互いに見つめ合い握手を交わす。どちらからともなく笑い合っていると、今までずっと後ろに控えて様子を見守っていたミリアが突然視界に入り込んできた。
「わ、私も! 私にも何か出来る事があればお手伝いさせて下さい!」
「ミリア?」
すっと片手を真っ直ぐに挙げて力強くアピールしてくるミリアに少し戸惑いを覚える。いきなりどうしたんだろう。
「……ソフィア様が、何か大変な事をなさろうとしているのは伝わっております。人には言えないような秘密があるんだという事も。それを聞こうとは微塵も思っておりません。ですが、ですが私にもきっと何かお役に立てる事があるはずです! 私はソフィア様の侍女です……大きな事はなせなくとも、少しでもソフィア様のお力になりたいのです! 以前ソフィア様が酷く思い詰めていらっしゃった時に何も出来なかった私では頼りにはならないかもしれませんが……」
切なそうに眉をグッと寄せ、両手を胸に当てて拳を握り締めてミリアが俯く。フォメール家で一番長い時間を共に過ごしてきたのはミリアだ。常に側に控え、付き従ってきてくれた。侍女だから、という理由だけで一緒にいてくれていたのであれば、こんな事は言い出したりはしなかっただろう。少なくとも私を大切に想ってくれているという事はひしひしと感じる事が出来た。
私はミリアの手をそっと握り、今にも泣き出しそうな表情を浮かべているミリアを勇気付けるように微笑みかけた。
「馬鹿ね、ミリア。私は貴女をとても頼りにしているわ。あの時も、何も言わずにただ側にいてくれた貴女にどれほど感謝した事か。ミリアは春の女神フィルルミリアが運ぶ風のように温かくて優しい心の持ち主よ」
「っ、なんて勿体無いお言葉でしょう……春の産まれだからと春の女神フィルルミリアの御名前から頂戴したこの名前を、私は今日ほど嬉しいと思った事はございませんっ」
「これからも私の一番近くにいてね」
「はいっ、必ず……必ず!」
「ああっ、泣いてはだめよ」
くしゃりと顔を歪めて泣き出してしまったミリアの目元に慌てて手を伸ばし、指先で涙を拭ってあげる。そんな私とミリアの様子をストライフは微笑ましげに見守っていた。
幼い子供に差し出せるものなど大してありません。
ストライフは何を差し出すと言われても断るつもりなど最初からありませんでした。大事な教え子ですから。
ただ気持ちの程度を測りたかっただけなんですけどね、結果的に嬉しい言葉をもらってストライフは大満足です。
そして終盤でのミリアの反応ですが、ここに関しては活動報告で余談を載せているのでこの場では省略させて頂きます。