魔力調査、突き付けられた現実
この日はストライフの授業がある日で、午前中に座学を終わらせ、午後からは魔法の授業を受ける事になっていた。今までは魔力を安定させる為に体内で魔力を循環をさせる訓練と、属性魔法に関する知識など基礎的な事を学んでいたが、今日からはいよいよ実践的な訓練も始めていく。
「では、実践に移る前に、まずはソフィア様の魔力について調べてみましょう」
ストライフがテーブルの上にひとつの魔道具を置く。中央に水晶のような透明の玉があり、周りには色鮮やかな魔石がはめ込まれている。
「こちらは魔力量と属性を測る為の魔道具です。中央の魔石に触れて魔力を流すと、魔力量に応じて光ります。周りにある魔石は属性を測る事が出来ます。光った魔石の色によってその者が持ち合わせている属性がわかります」
そこまで説明したところで説明を止め、ストライフはくるりと後ろを向いてミリアに視線を向けると申し訳なさそうに眉を下げた。
「ミリアさん、申し訳ございませんが少しだけご退出頂けますでしょうか」
「畏まりました」
ストライフの言葉にミリアは素直に頷いて部屋を出て行ってしまう。え、なんで出ていく必要があるの?
私が動揺しているのを知ってか知らずか、ストライフは席を立つと部屋のカーテンを閉めていく。薄暗い部屋にストライフと二人きりになってしまった私は、無いとわかりつつも心臓が嫌な動悸を始めてしまう。
カーテンを閉め切ったストライフがこちらに戻ってきて、これから何が始まるのかわからずに思わず体を硬くさせてしまっている私を見て安心させるように薄く微笑んだ。
「心配いりませんよ、この魔道具を使う時は皆こうするのです」
「え、そうなのですか?」
「私に幼女趣味はございませんよ」
……あ、よかった。
安心して肩の力を抜いた私を見てクスクスと笑いながら説明してくれる。自分が持っている魔力量や属性というのは、本来周りには決して知らせないものらしい。どのくらい魔力を保有していて、どんな属性を持っているかというのは自分に悪意を持っている者が知れば弱点となり得るからだ。ストライフは家庭教師の仕事を受ける際にモーリスとフォメール家に関する情報は外部に口外しないと魔法契約を交わしているので問題ないが、ミリアは魔法契約を行なっておらず、また魔力に関する事を自分以外が知るのは良くない事だとわかっていたから素直に部屋を出たのだ。
「風よ、何者も寄せ付けぬ守りの風よ。今ひと時、我らを隠しこの身を守り賜え。フィガロノーモ」
ストライフが呪文を唱えると、不意に周りの喧騒が聞こえなくなった。これは何の魔法なのだろうか?
「これは一時的に指定した空間への外部からの干渉を防ぐ魔法です。詳しい説明は省きますが、簡単にご説明するとこの魔法を解くまでの間、外部から認識されにくくなります」
悪い事に使われやすい魔法なので使っちゃだめですよ?
そう言ってストライフは悪戯っぽく笑った。隠密に長けた魔法なのであれば、確かに悪い人達が集まって話したりする時に重宝しそうだ。一応知識としては覚えておこう。
「では、こちらに触れて魔力を流し込んでみて下さい」
ストライフに促されて、魔道具の中央にある玉に手を伸ばす。透明なそれは触るとひんやりとしていて気持ちが良かった。体内の魔力を意識して、触れた右手からゆっくりと魔力を流し込んでいく。すると透明だった玉は見る見る内に光り輝いていき、ついには目を開けているのも難しいほど眩い光を放った。それと同時に今度は周囲に散りばめられた魔石が反応しだして、赤、青、緑、黄色、白、黒全ての魔石が鮮やかに光り輝く。
えーと、これは……?
これはどの程度の反応なのか、とストライフに視線を向けると驚きに目を見開き呆然としていた。え、これなんかまずい感じ?
「なんという事だ……もう手を放して結構です」
「あ、はい」
玉から手を離すと光は瞬く間に弱くなり、すぐに光らなくなった。難しい顔をして何やら考え込んでいるストライフを不安に思いながら見つめていると、すくっと席を立ちこちらに近付いてくる。私の前で跪き、両手をギュッと強く握り込まれた。ストライフの心配そうな、それでいて何かを決意したような強い視線とぶつかる。
「ソフィア様、よく聞いて下さい。貴女は恐らく始祖神に愛されております」
「え……」
そんなまさか。そう思うが、私を見つめるストライフの瞳に偽りの色は見えない。
「全ての魔石が強く光りました。強く光るのは自分が所持している属性のみ。他は光ったとしても淡い光しか放ちません。本来であれば冬産まれであるソフィア様はあっても水、風、闇の三属性までです。他の魔石があそこまで強く光る事は決してございません。これはつまり全属性の持ち主であるからに他なりません。それにあの魔力量……今の御年であそこまでの魔力を保有されている方はまずおりません。成人済みの上位貴族よりも恐らく多いかと思います。そして成長と共にその魔力量は今よりもっと多くなっていく事でしょう」
魔力量というのは成長に比例して増えていく。体の成長が限界を迎えた時魔力の限界値も迎えるが、私はまだ9歳だ。恐らく体の成長が止まるまで少なくともあと7年はあると考えられる。その間、魔力は増え続けていくのだ。現時点ですでに成人済みの上位貴族よりも魔力量が多いのであれば、私が成人する頃は私よりも魔力が多い人など一体どれだけ残るのだろうか。
「魔力の保有量、属性の多さによって貴族の位が定められているこの国では魔力量と属性数が全てです。そんな国で、ソフィア様のその御力はどの貴族も喉から手が出る程に欲する事でしょう。人を殺める事すら手に入れる為なら厭わぬ者も少なくないはずです。ですからソフィア様……この事は決して誰にも教えてはなりません」
家族を失う事になりますよ――。
ひゅっと喉が鳴った。一気に血の気が引き、グラグラと視界が揺れる。ストライフが告げたそれは脅しでも何でもないのだろう。なぜ思いもしなかったのだろう、ここは異世界だ。人殺しが法律で禁止されている前世の世界とは違う。剣を持ち、魔力を持ち、人殺しが当たり前にある世界だったのだ。罪人が処刑された話や、離反した貴族が派閥ごと大量に処刑された話など歴史の授業でストライフから聞いていたはずなのに、なぜ思いもしなかったのか。答えは簡単だ、心のどこかでファンタジー物の小説を読むような気持ちで聞いていたからだ。それが現実で起こりうる話だと思って聞いていなかったからだ。そんな重大な事を、私はこの時やっと理解した。
人前で魔力を使う際は十分に配慮する事。そう注意してストライフはパチンと指を弾き魔法を解除した。閉めていたカーテンを開き、部屋に明かりが戻ってくる。ミリアを部屋に呼び戻したストライフは茫然自失としている私を心配そうに見つめた後、今日はもう終わりにしましょう、と言って部屋を去っていった。
部屋に戻ってきたミリアが私の青ざめた表情を見て驚き酷く心配してくれているのはわかったが、正直表情を取り繕うだけの余裕が今の私にはない。今はただただ何も考えずに眠ってしまいたくて、私はベッドに突っ伏し目を閉じた。
翌日目が覚めて、昨日の出来事が夢であれば良かったのにと心底思ったけれど、脳裏に強く焼き付いた映像と嫌でも思い出されるストライフの言葉がそれを許してはくれなかった。ベッドから降りる事も出来ず宙を見つめている私に、ミリアが何も言わずそっとハーブティーを差し出してくれる。ただ黙って側にいてくれるミリアの優しさとカモミールの優しい香りに、なんだか無性に泣き叫びたい気持ちになった。
ソフィアは見た目子供ですが、中身は女性です。
わかってても薄暗い部屋で男と二人というのはちょっと緊張しちゃいますよね。
そして手に余る能力を持ってしまったソフィアの気持ちは計り知れません。
2020/8/15加筆修正