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初めてのお仕事


 退出を許可されたので部屋を出る。ひとまずハーブ園を見に行く事になり、カファロに案内してもらった。城のハーブ園は自宅のものよりも何倍も大きくて、種類も豊富だった。城の治療師が利用しているので、必要に応じて採取できるように一種類あたりの面積も広い。どんな材料があるかわからないので使い勝手の良いバジルと、他のハーブもいくつか採取して厨房へ向かう。


 城の厨房も自宅と比べ物にならないほど広かった。料理長であるテスタが厨房を取り仕切り、3人の料理人と2人の料理見習いで現場を回している。領主一族含め、城で働いている全員の食事を6人で作っているのだそうだ。


 料理指導の話はすでに聞いていたらしく、厨房にいた全員とスムーズに挨拶を済ませる事が出来た。


「で、どれから教えてくれるんだ?」


 摘んできたハーブをしげしげと眺めながら訝しげに、でも興味深そうにテスタが尋ねてくる。何を作ろうか考えながら厨房にある材料を確認していく。折角だからメイン料理から教えた方が良いよね……あ、川魚がある。よし、作り方も難しくないしソテーにしよう。


 テスタを中心に料理人達に作り方を教えていく。バジルを磨り潰してソースを作ったり、魚の切り身に小麦粉をまぶしたり、魚を焼く時にオリーブオイルを使ったりと、その度に一々驚かれながら料理指導は進んでいった。大の大人達がおっかなびっくりといった様子で自分の知らない調理方法を使って料理をする姿がなんだか可笑しかった。


 完成した川魚のソテーを皆で試食してみる。味が想像出来ないせいか口にするのを少し躊躇っていたが、一口食べた途端、皆の目が驚きに見開いた。


「美味しい!?」

「なんて香り豊かなんだ……」

「こんなにパサついてない魚など食べた事がない!」


 どうやらお気に召して頂けたようだ。満足な反応を得られた私はふふん、と満面の笑みを浮かべた。


「いつもより料理手順は増えてしまいますが、こうやって手間を加えれば料理はもっと美味しくなっていきます。今日作ったハーブのソースも応用が沢山利くので料理の幅も広がりますよ」


 作った料理を美味しいって言ってもらえるのって嬉しいですよね。


 そう言って微笑んだ私を見て、テスタがバッと頭を下げた。突然の行動に驚いて一歩後退ってしまう。


「すまない! 私は正直、こんな子供に何が出来るんだと侮っていた。料理人として30年やってきた私よりも美味しいものが作れるはずがないと……でも違った。私の知らない料理がこの世界にはまだまだあるのだと気付かされた。私は驕っていたのだ。許してほしい」

「そんな、頭を上げて下さいませ!」


 私が教えたのはこの世界の料理じゃないんです、とも言えず困ってしまう。けれどそれと同時に感動も覚える。自分のテリトリーに突如現れたまだ10歳にも満たない子供に頭を下げる事など、本来は中々出来る事ではない。それが出来るのはテスタが本当に料理が好きだという事に他ならない。色々教えてあげよう。この人ならどんどん吸収して自分のものにしてくれるはずだ。


 そんなちょっとした感動劇があった後、食後用にとカモミールティーの作り方も教えた。魚のソテーを作っていた時は戦々恐々としていたテスタ達だったが、今はもう知識を少しでも吸収しようという気概しか窺う事は出来なかった。

 作ったカモミールティーを皆でのんびり飲んでいた時、ふとクロノスの顔色を思い出した。あの人相当疲れてたみたいだし、今日の報告する時にカモミールティー持って行ってあげようかなあ。そう思い立って、テスタに話し掛けてみる。


「あの、テスタさん。この後クロノス様にカモミールティーを持って行って差し上げたいのですがよろしいでしょうか?」

「クロノス様に、ですか?」


 上機嫌にカモミールティーを飲んでいたテスタが急に戸惑った表情を見せたので、なんだか不安な気持ちになってしまう。見渡せば他の料理人や見習い達も同様の顔色を浮かべていた。え、私なんか変な事言った?


「……やめた方が良いでしょうか?」

「あ、いや。なんというかその……クロノス様は気難しい御方だからなあ」


 表情が曇った私を見て慌てて言葉を探すように視線を宙に彷徨わせた後、言いにくそうにテスタが口を開く。それを見て後ろにずっと控えていたカファロが私の頭をポンポンと軽く撫でた。見れば苦笑とも取れるような何とも言えない表情を浮かべながら薄っすらと微笑んでいる。


「クロノス様は厳しい言い方をなさる御方だから、城の者は皆遠巻きにしてしまうのだ。根はとても優しくていらっしゃる。持って行っても問題はないだろう」


 あー、人付き合いが苦手なタイプなのかしら。でも専属の護衛騎士がそう言うなら大丈夫だろう。そう判断して私は差し入れを持って行く事にした。余ったハーブを天日干しにして、今日作ったレシピを紙に書き記す。クロノス用のハーブティーを用意して厨房の人達に挨拶してからクロノスの部屋へと向かった。危ないから、とハーブティーはカファロが持ってくれる。やっぱり良いお兄さんだ。


「本日作った料理の手順表です」


 部屋に入り、そう言ってレシピを手渡すとクロノスはそれを受け取り読み始める。文字はストライフの授業で大分練習したので読めはするはずだ。その間にカファロからティーポットを受け取って、カップに注ぎそっとクロノスの机に置いた。それに気付いたクロノスがティーカップを見た後、訝しげに眉を寄せながら私に視線を向ける。


「これは?」

「手順表に記載しているハーブティーです。クロノス様にも飲んで頂こうと思ってお持ち致しました」

「……よかろう」


 何故私に飲ませたがるのだ、という心の声が聞こえてきそうだ。怪訝そうな表情は変えぬままクロノスがそっとカップを手に取り、香りを嗅いだ後口を付ける。そしてコクリと一口飲んだ瞬間、眉間に寄っていた皺が消えた。あ、効果あったみたい。


「ハーブティーとは随分と落ち着く香りと風味なのだな」

「初めての方でも飲みやすいものを選んでみました。今回使用したハーブには、眼精疲労回復効果と、気持ちを落ち着かせる作用がございます。安眠効果も期待できますので、寝る前に飲むのもよろしいですよ。大分目元にお疲れが見えましたので、余計なお世話かもしれませんがお持ち致しました」


 目元の大きなクマと、机に山積みにされている書類。恐らく日がな一日机に張り付いて膨大な量の仕事をしているのだろうという事は容易に想像できる。城の人達は敬遠しているようだが、明らかに疲れ切っている人を無視する事は私には難しかった。そんな私が意外だったのかクロノスは少しの間私を見つめていたが、すぐに視線を外してレシピ表を返してきた。


「これは持って帰ると良い。城に置いていては契約違反の火種になりかねん」


 ああ、まあ確かに誰かが見ちゃう可能性もあるもんね。


 納得して素直に紙を受け取り、川魚のソテーとカモミールティーの指導料として銀貨2枚をクロノスから受け取る。次に来る日取りを話し合って、本日の業務は終了となった。


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