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魔法契約


 領主の城に行ってから一週間ほど経ったある日、私はなぜか再度城を訪れる羽目になっていた。というのも三日前に手紙が来て、金も払うし城のハーブ園を好きに使って良いから城の者にハーブを使った食べ物や飲み物の作り方を城に定期的に来て教えてやってほしい、とご指名がもらったのだ。

 当然、領主一族からの頼みを断れるはずもなく。ご丁寧に城の護衛騎士が家まで迎えに来て私は再び城の中に足を踏み入れる事と相成ったのだった。


 お迎えに来てくれた護衛騎士に連れられてやって来たのは、意外にも超絶美形さんがいる部屋だった。部屋では超絶美形さんの他に何人かが机に向かって事務作業をしていた。


「来たか。そちらに掛けなさい」


 私に気付いたその人が端に置いてあるテーブルを指差して席を促す。事務作業をしていた内の一人が立ち上がり、お茶の準備を始めた。

 私が促されるままに席に座ると、その人も執務席から席を移動して向かい側に座る。え、何を言われるんだろう。無意識に背筋がピンと伸びた。


「まずは自己紹介をしよう。私はクロノス・ケヴィンネン。領主の補佐をしている」

「ソフィア・フォメールと申します。先日はご挨拶も出来ずに大変失礼致しました。ご無礼をお許しください」

「よい。其方もあれに振り回されて難儀であったであろう」


 深々と述べた謝罪の言葉を軽く手を振って流し、軽い溜め息をつく。クロノスも相当被害にあっているのだろう。この間は気付かなかったけれど、目の下のクマが大変な事になっている。大変お疲れのご様子だ。

 側付きが紅茶を運んできてテーブルにそっと置く。クロノスがティーカップに口を付けたのを確認して、私も紅茶を一口飲んだ。


「話は聞いている。ハーブを使った調理方法を城の者に教えるのであろう?」

「はい、そのようにお伺いしております」

「定期的に指導を行なってもらう上での支払いと運用について話をしておきたい。まず教えられる種類はどれくらいある?」

「そうですね……実際に作った事のあるものは現在20品ほどでしょうか。こちらにあるハーブ園で栽培されているハーブの種類や厨房にある食材によってはもう少し増える可能性もございますが」

「ふむ……では一品につき銀貨1枚を支払う事にしよう。先払いはしない。その日の指導を終えたら私の元に来なさい。都度その分の支払いをしよう。異論はあるか?」


 銀貨1枚か。まあ別にガッツリ稼ぎたいわけではないので金額は言い値で良いだろう。先日ストライフの教わったお金について思い出してみる。この世界での通貨は最小単位がジルとなる。トマトの代わりに使ったポムの実がひとつ1ジルなので、およそ100円と想定しよう。10ジルで銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、金貨10枚で白金貨1枚となる。最大単位は白金貨だ。


 今回は1レシピにつき銀貨1枚なので日本円でおよそ10,000円の値がついた事になる。20種類全て教えれば金貨2枚の報酬だ。先払いをしないのも貰い逃げなどのトラブルを防ぐ為なのだろう。私とクロノスは面識がほとんどないのだから、そのくらいの警戒はあって当然だ。


「いいえ、ございません」


 言われた内容が妥当なものだと判断して返事をする。それにクロノスはよろしい、と返して次の話に進む。料理の指導方法は基本的に縛りはなく、自由にして良いらしい。ハーブ園の利用に関しては必ず付き添いを連れていく事、採取したハーブは城の外に持ち出さない事、常識の範囲内で採取する分には好きにして良いそうだ。城へは最低でも週に一度は通い、送迎は城の護衛騎士が行なう。帰る前には必ずクロノスと話し合い、次の予定を決めてから帰る事。料理に使用した材料費は全て城が持ってくれるらしい。


「話は以上だ。其方から何か要望はあるか?」


 あると言えばある。これは前にオーレリア言った内容と多少被るかもしれないが、念の為伝えておいた方が良いだろう。


「ございます」

「なんだ?」

「お教えした料理はあくまで城内で振る舞う事を主軸とし、料理手順は城外の者に決して私の許可なく口外しないで頂きたいのです。お茶会などのお土産としてお菓子を持って行く分には構いません」


 私が持ち込んだ知識は日本があった世界での知識だ。自分の生活をより快適にする為にこの知識を使っただけで、必要に迫られない限りは広めるつもりはあまりない。それに今回の事で私の知識はお金で売れるという事がわかった。この先何があるかわからないのだから、少しでも手段は増やしておきたい。


 クロノスはしばらく考えるように指先でトントンとテーブルを叩きながら私を見つめていたが、少ししてゆっくりと頷いた。


「……よかろう。ならば魔法契約が必要だな」

「魔法契約?」

「書面や口頭でのやり取りではなく、魔法で契約を縛るのだ。最悪の場合死に至る為、契約違反の心配が少ない」


 え、死!?


 物騒な単語が聞こえて思わず目を丸くする。そんな私を尻目にクロノスは側付きから用紙を受け取るとペンでスラスラと文字を書いていく。


「契約を破らなければよいだけの話だ。問題なかろう?」


 いや、まあそうなんですけど。魔法陣が描かれた特殊な紙に賃金の支払いやハーブ園の利用方法、レシピの口外禁止など今までのやり取りで決まった内容が記載されていくのを見ながらなんとも言えない気持ちになった。書き終わったらしいクロノスがコトン、とペンを置いた。


「魔力を使った事は?」

「いえ、ありません。今は魔力を体に留めておく訓練をしているところです」


 私の答えにふむ、と少し考える素振りを見せた後、クロノスは急に席を立ってこちらに近づいてきた。何事かとその様子を見届けていると、私すぐ側で立ち止まったクロノスがその場に跪き、そっと私の右手を取った。


「魔力の様子を見る。私に魔力を流し込んでみなさい」

「え、でも魔力を流したらクロノス様がご不快なお気持ちになるかもしれません」


 魔力を他人に流すと場合によっては痛みを感じる、というストライフの言葉を思い出す。領主一族にそんな嫌な思いをさせるわけにいかないと戸惑う私に、クロノスは首を横に振った。


「構わぬ。この方法が調子を測るのに一番効率がよいのだ。良いからやりなさい」

「……はい」


 こう言い切られてしまっては断りようがない。私は渋々握られた右手に緩く力を込めて握り返し、魔力を流し込んだ。流し込んですぐ、ピクリとクロノスの肩が小さく揺れた。やはり不快な気分になったのだろうか。


「ご気分は大丈夫ですか……?」

「……いや、問題はない」


 顔色を窺いながら少しずつ魔力を流し込んでいく。クロノスが気持ち悪さや痛みに耐えている様子はなさそうだ。というよりも、握り合っている手をじっと見つめてなんだか少し戸惑っているように見える。


「其方は……」


 小さく開かれた唇が躊躇うようにまた閉じられる。何かを言い淀んでいたクロノスだったが、一度深く息を吐くとそっと握っていた手を離して立ち上がり席へと戻っていった。


「……魔力は安定している。魔法契約を行なっても問題なかろう」


 契約内容を確認するように促されて、先程のクロノスの様子が若干気になりつつも深く言及する必要はなさそうだと判断して書類に目を通す。ざっと確認したが特段問題なさそうなのでテーブルに書類を戻した。


「問題ございません」

「では私がする通りに真似なさい」


 クロノスが紙に描かれた魔法陣に触れるようにしてそっと指先を紙の上に置く。それに倣って私も紙に手を置いた。


「サヴェリオーナス」


 クロノスが呪文の言葉を紡ぐと、魔法陣が赤色に光る。驚いてその様子をまじまじと見ていたら、目線で早く言えと急かされた。


「……サヴェリオーナス」


 初めての体験に少しドキドキしながら呪文を唱えた瞬間、体から少量のエネルギーが抜けていくような感覚がした。呪文によって魔力が引き出されたという事なのだろう。先程まで赤く光っていた魔法陣が今度は青色に光り、少ししてその光は徐々に無くなっていきまた元の魔法陣に戻った。よくよく見ると黒いインクで描かれたはずの魔法陣が赤黒くなっている。契約が完了した証のようだ。


「これは私が預かっておこう。今後契約を破棄する必要が出てきたら私に言いなさい」

「ありがとう存じます」

「話は以上だ。……カファロ」

「はい」


 クロノスの声に反応して少し離れた場所に立っていた男が近づいてくる。城に行く時に迎えに来てくれた護衛騎士の人だ。


「カファロは私の護衛騎士の一人だ。今後其方の付き添い人として彼が護衛に付く。側を離れぬように」

「どうぞよろしくお願い致します。カファロ様」

「こちらこそよろしく頼む。何かわからない事があったら気軽に聞いてくれ」


 領主一族の護衛騎士を務めるくらいなのだから私よりも身分は上に違いないが、カファロは身分差を感じさせないほど私に優しく微笑みかけた。この人絶対弟か妹いるな、良いお兄さんオーラが滲み出てる。


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