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記憶整理

 この世界には神の悪戯なのではないかと疑いたくなるような事が起きたりする。それは時に幸福を呼び、時に不幸を呼ぶ。日本で至って普通な生活をしていた私は、会社への通勤途中に脇見運転をしていたのか信号無視をしてノーブレーキで突っ込んできた車にはねられ、24歳という若さで交通事故によってその短い人生を終えた。


 ……という事を思い出した。


 今までの日本での人生を走馬灯のように夢の中で駆け上った私は、ハッとして目が覚めた。むくりと起き上がり、当たりを見渡す。窓からはやわらかな朝日が差し込んでおり、遠くから聞こえる鳥のさえずる声が心地良い。

 どうやらここは自室のようだ。そっと自分の掌を眺め、閉じたり開いたりしてみる。苦労を知らない、やわらかな小さな手。幼い子供の手だ。


「お目覚めになりましたか?」


 不意に声が聞こえてビクッと肩を小さく揺らしながら声のした方へと視線を向ける。視線の先にいたのは、きちんと身なりを整えた20代くらいの年若い女性。


 彼女の名前は……。


「……ミリア」


 思い出した、彼女の名前はミリア。この家に仕える侍女だ。


「おはようございます、ソフィア様。とても良い朝ですよ」


――ああ、そうだ。私の今の名前はソフィアだった。


 一瞬、誰の事かわからなかったけれど、自分の名前だと遅れて理解する。とても夢とは思えないような衝撃的な前世の記憶を思い出した私は、どうやら脳内で情報を処理しきれていないらしい。そりゃそうだよね。いきなり実は私日本人でした、なんて前世の記憶を思い出す人なんてまあいない。


「お起きになられますか?」


 ミリアの声で思考を一旦止め、こくりと頷く。


「ええ、そうね」


 このまま思考の波に身を任せていても訝しがられるだけだ。ひとまず起きて支度をして、落ち着いてからまた整理しよう。そう判断して私はベッドから降りた。

 幸いな事に物心ついてからのこちらの記憶はある。とりあえず生活には困らなそうだ。侍女のミリアに着替えを手伝ってもらい、櫛で髪を梳かしてもらう。


「朝食に致しましょう。皆様もう召し上がられていらっしゃいますよ」

「わかったわ。今行く」


 ミリアに促されて部屋を出る。少し歩いた先にある扉を開けてもらって中に入れば、大きなテーブルを囲んで数人が食事をしていた。テーブルの一番奥に視線を向けると、優雅な動作で食事をしていた女性がこちらを向いて優しく微笑んだ。


「おはよう、ソフィア」

「おはようございます、お母様」


 綺麗な黒髪を結い上げ、エメラルドグリーンの瞳が優しい眼差しを向けている。彼女の名前はリーサ。こちらの世界の私のお母さんだ。


「おはよう、ソフィー」

「お前が一番最後だぞ、ソフィア」


 リーサから少し離れた場所に並んで座っているのはエルファトルとグレダリア。私の兄と姉である。


「おはようございます。エルファトル兄様、グレダリア姉様」


 挨拶をして、ミリアに促されて席に着く。エルファトルとグレダリアをテーブルで挟んで反対側に座った。席に着くとすぐに食事が運ばれてくる。次々とテーブルに並べられていく料理を眺めながら、こっそりと反対側に座る二人を盗み見た。

 エルファトルはこの家の長男で、年齢は12歳。赤茶色の髪を短く揃え、綺麗な所作で食事をしている。隣に座るグレダリアは長女で、年齢は11歳。金色の髪は太陽の光に当たるとキラキラと光っていて、とても見目麗しい少女だ。将来は絶対美人さん確定だね。

 料理が全て出揃ったのを確認して食べ始める。


「エルファトル、出発の準備は出来ているのかしら?」

「はい、母上。万事恙なく」


 私が朝食を食べ始めたのを確認して、リーサがエルファトルに視線を向けて尋ねた。エルファトルはコクリとひとつ頷いて、自信満々の笑みを見せる。


 出発? どこか行く予定とかあったっけ?


「エルファトル兄様はどこかに行くの?」


 きょとんとして尋ねると、一気に3人から視線が集まった。


「ソフィアは何を言ってるんだ?」

「今日から学習院に行くと前々から話していたでしょう?」

「ソフィーは忘れんぼさんね」

「……え」


 エルファトルは呆れたように溜め息を吐き、リーサは困ったような笑みを浮かべ、グレダリアはクスクスと笑いを漏らす。そんな事言われても……まだ脳内で情報が処理しきれてないんだもん。

 とはいえ今は話を合わせた方が無難だ。私はあえて忘れてしまった子を演じて誤魔化すようにえへへ、と笑みを浮かべた。

 なんとか会話を乗り切り、食事を終わらせた私はリーサとグレダリアと共にエルファトルの見送りの為玄関へと向かう。玄関の外に出てすぐの場所で、新品の制服に身を包んだエルファトルは忘れ物が無いか荷物の確認をしていた。


「鞄はこれで全部ね」

「大きな荷物は先に寮へ運んだので大丈夫です」


 リーサと共に荷物の確認が終わると、エルファトルは何やら呪文を唱えた。瞬間、エルファトルのすぐ隣に見慣れぬ大きな獣が現れる。


「ひゃっ……」


 びっくりして思わず声を上げると、周囲から楽し気な笑い声が響いた。


「ソフィーは契約獣を見るのは初めてだったかしら?」

「確かに、見せるのは初めてだったかもな」


 ネコ科らしき黄色い毛並みの獣を見ても、周囲は驚いた様子がない。という事はつまりこれが日常なのだろう。この世界ってファンタジーな世界だったんだ……。

 という事は魔法とかドラゴンとかもいるのかな。日本があった世界ではありえないが、この世界ならあるかもしれない。そんな期待を密かに胸の内に持ちながら、皆でエルファトルの見送りをする。


「では、行ってまいります」

「気を付けて行くのよ」

「しっかりね」


 別れの挨拶を済ませたエルファトルは、契約獣に跨り空を駆けていった。……契約獣って空飛ぶんだね。


 見送りが終わったところで、家の中に入り自室に戻る。侍女のミリアがお茶の準備をしながら今日の予定を教えてくれる。


「本日は文字のお勉強と歴史について学びましょう。昼食の後は魔法の初級講座です。それが終わりましたら本日は終了ですよ」

「うっ……ガンバリマス」


 勉強、という言葉に反射的に日本にいた時の地獄の試験勉強を思い出し一瞬顔が引きつる。だけどこの世界で生きていく為には文字や歴史などの勉強は欠かせないだろう、と思い直して表情を取り繕いながら頷いた。


 教師が到着するまでの間、ミリアが用意してくれた紅茶を飲みながら情報の整理をしておこう。まず、夢の中で見た日本での事だが、私が日本人だったという事は事実だろう。子供の頃から死ぬまでの事を覚えているし、家族構成などもしっかりと把握している。そして現在だが、こちらの建物は家具や部屋の雰囲気が中世ヨーロッパ風だ。リーサやグレダリアはドレスを着ていたし、エルファトルが来ていた学習院とかいう所の制服も映画やファンタジーアニメなどで見るような装いだった。契約獣や魔法という言葉が普通に出てくるあたり、日本があった世界とはかけ離れた世界であるという事は間違いない。


 ここまで整理したところで、今度は覚えている範囲内でこちらの家族構成や住んでいる街の情報を整理してみる。ここはケヴィンネン。領主が治める領地の中でも領主の住まう城があり、領主直轄のいわば城下町だ。そしてここは貴族街。平民が領主や貴族の許可なく立ち入る事を許されず、自宅の窓の外からは領主の城が見える領主の御膝元。

 そして私が住んでいるのはフォメール家。父はモーリス、母がリーサ。兄がエルファトルで姉がグレダリアだ。モーリスは領主の城で働いているので、恐らく下位の貴族ではないだろう。職業は何だったかな、後で聞いてみよう。

お初お目に掛かります、靖塚 煉と申します。

ある程度書き溜めてから載せていこうと思っております。

拙い文章ですが暖かい心で読んで頂ければ幸いです。

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