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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第四章 ガロリオン王国の動乱

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98.烈女の鼓舞

 政人はロッジの行為を責めるつもりはない。


 むしろ、よくやってくれた、と快哉を叫びたい気分である。

 とはいえ、この状況はまずい。


 トラディス隊長は大量の鼻血を出して、倒れこんだまま動かない。鼻が折れているのかもしれない。


「何者だ、貴様は!」


 すぐにロッジは、その場にいた兵士たちに取り囲まれた。


「あっ、こいつは!」

「どうした? 知っている奴か?」

「ジスタス・ロッジだ、間違いない。ジスタス家の跡取り息子だ」


 どうやら、兵士たちの中にロッジの顔を知る者がいたようだ。最悪の展開だ。


「確か領内からは追放されたと聞いていたが、こんなところにいたとはな」


 騎士の一人が、兵士たちに命令を下した。「捕えろ!」


 ロッジは抵抗しようとしたが、すぐに取り押さえられた。

 プリオン神父がなんとか取りなそうとしているが、もちろん相手にされない。


 周りで見ている住民たちもロッジに気付いたようだが、助けに入る勇気はない。


(どうすればいい? どうすればこの場をしのげる?)


 ロッジが捕まれば、ジスタス公領の民衆を蜂起(ほうき)させるという作戦は失敗だ。助けねばならない。


 だが、敵は百人以上いる。しかも武装し、戦闘の訓練を受けた者たちだ。


(ロッジを見捨てて逃げるか?)


 そうすれば、ロッジは死刑になるだろうが、犠牲はロッジ一人で済む。クオンさえ生きていれば、再起は可能だ。


 理性的に考えれば、それが最善の選択だろう。

 ロッジだって、自分の短慮のために仲間が捕まることは望まないはずだ。


(……無駄だな、そんなことを考えても意味がない)


 そう、確かに意味がない。


 なぜならロッジは仲間だからだ。

 仲間を見捨てて逃げる選択など自分にはできないと、政人自身がよくわかっていた。


 かつて自分を助けるために犠牲になったポンチャの姿も頭に浮かんだ。


 倒れていたトラディスが起き上がった。その血塗(ちまみ)れの顔は、怒りにゆがんでいる。


「許さん……」


 低い声でそう言い放つと、剣を抜いた。この場で斬るつもりのようだ。


 ロッジはなんとか拘束を解こうとするが、まったく身動きがとれないでいる。


 政人はたまらず叫んだ。


「やめろ!」


 思いもよらず、大声が出た。

 視線が政人に集中した。


 ロッジと目が合った。

 非難しているようにも見えるし、喜んでいるようにも見える。


「こいつは……フジイ・マサトだ!」


 ロッジの時以上に、兵士たちは色めき立った。

 トラディスが命令を下す。


「そいつも捕えろ! 殺すなよ、生きたまま陛下に引き渡すんだ」


 兵士たちが近づいてきた。


 だが、政人の前にすっと立ちはだかるルーチェの姿があった。その手には愛用の槍が握られている。


 彼女の背中は、政人の目には、あまりにも頼もしく見えた。


 兵士たちのひるんだ表情が見えた。ルーチェの気迫に気圧(けお)されたのに違いない。

 そして次の瞬間、彼らはさらなる恐怖に襲われることになる。


「マサトに近づくな!!」


 目の前に雷が落ちた。


 ルーチェの怒声を近くで聞いた者たちは、そう感じた。


 理屈ではない。その声には人間の本能的な恐怖を呼び起こす力があった。


 ルーチェは政人と恋人として付き合うようになってから、女らしくなった。だが、牙は失っていない。


 ルーチェの最も近くにいた兵士は腰がくだけ、へたりこんだ。


「…………」


 トラディスは何やら口をぱくぱく動かしているが、声が出てこない。


 他の兵士たちは、この場から逃げたがっている様子だが、命令もなく去るわけにはいかず、なんとか踏みとどまっている。


 だがそれも、ルーチェが二度目の雷を落とすまでだった。


「アタシがマサトの恋人のライバー・ルーチェだ! 死にたい奴からかかってこい!!」


 兵士たちは、算を乱して逃げ出した。後ろを振り返る余裕もない。


「フジイ・マサト、そしてジスタス・ロッジ……」


 トラディスは、かろうじて体面を保って声を出したが、その声は震えていた。「逃げられると……思うなよ」


 そう言い捨てて、逃げていった。


 残されたのは、最も近くでルーチェの声を聞いたため、ショックで立ち上がれない兵士が一人だけだった。




 町長やその家族、プリオン神父など町の者たちは、ルーチェの声の迫力に驚いてはいるものの、恐怖を感じた様子はなかった。


 彼らは逃げていった騎士や兵士たちを、呆然(ぼうぜん)と見送っている。


 政人はロッジに近づいた。


「大丈夫か?」

「え、ええ」


 ロッジも状況を理解できていない。


「なんですか、今のは」

「ルーチェの『魔法』だよ」


 もちろん魔法のはずがない。だが、人智を越えた力であることは間違いない。


「マサト」


 ルーチェが不安そうに政人を見ている。彼女はまだ、自分の力についてよくわかっておらず、なぜ敵が逃げたのか不思議に思っている。


 まず落ち着かせるため、彼女を力強く抱きしめてやった。


「助かった、ありがとう」


 耳元で礼を言うと、嬉しそうな声を出した。


「はい」


 政人は何度も、このルーチェの「魔法」を目にして、その能力について仮説を立てた。


「声」そのものに力があるのだろうと。


 人が声を出すのは、他者とコミュニケーションをとるためである。

 言葉を発することで、相手に気持ちを伝えることができるのだ。


 褒めてやれば相手は喜ぶし、叱れば怖がられる。嫌味を言えば相手は怒り、弱音を吐けば心配される。


 だが、機械音声のように無機質な声で言っても、言葉の意味は伝わるが、感情は伝わらない。


 メールなどで顔文字を使う人がいるのは、文字だけでは感情まではなかなか伝えられないからだ。


 感情をこめて声に出すことで、相手にも感情が伝わる。


 ルーチェは声に途轍(とてつ)もない感情をこめ、相手に伝えることができるのだ。

 それを聞いた相手の心を、直接ガツンと殴りつけるのだ。


 兵士たちが逃げ出したのは、ルーチェの声にこめられた怒りが、彼らの心をへし折ってしまったからだ。


 その効果は、誰に対しても等しく働くわけではない。

 住民たちは恐怖を感じていない。

 それはルーチェの怒りが、住民たちには向けられていなかったからだ。


 政人の場合は、先ほどルーチェが「アタシはマサトの恋人だ」と言ったことで、激しく気分が高揚している。

 同じ言葉でも、相手によって伝わり方は異なるのだ。



「この場はしのげたようだが……大変なことになったな」


 プリオン神父がそばに来て言った。


「ああ、俺とロッジがここにいることがバレた。敵はこの町に、さっきよりも多くの兵士を差し向けてくるだろうな」


「私たちはこの町を離れた方がいいでしょうね」


 ロッジの言葉に、神父は首を振った。


「君たちが去ったとしても、ここに敵が来ることは変わらない。君たちの居場所を教えろと、我々を脅すだろうな」


「脅されても知らないのだから、どうしようもないでしょう」


「それで済む相手か。どこかの家にかくまっているのではと疑って、徹底的に家探しをするだろう。それでも見つからなければ、家に火をつけるかもしれん」


「まさかそんなことは……」


 ないとは言い切れない。クロアの町のことがある。


「もうだめだ……」

「町を捨てて逃げよう」

「どこへ逃げるっていうんだ!」


 集まっている住民たちの間で、ざわめきが広がっていく。


 火をつけられないとしても、全財産を没収されようとしていたことは事実だ。

 彼らが逃げようと考えるのも無理はない。


 だが、そのように考えない者もいた。


「おまえら、それでも男か!」


 そう叫んだのは、先ほど隊長に平手打ちされた少年だった。


 頬にはまだ、赤い手の跡が残っているが、ひるんだ様子はない。

 まだ声変わりもしていない高い声で、群衆を叱咤(しった)する。


「ここまでバカにされて、逃げることしか考えねえのか! 俺は絶対に逃げないぞ!」


 だが、大人たちの反応は冷ややかだった。


「ガキが何か言ってるぜ」

「いいよな、勇ましいことだけ言える奴は」

「大人は現実を見なきゃならねえんだよ!」


 そう言われて、少年は悔しそうに震えている。

 政人が代わりに言い返した。


「その子の言う通りだぞ! もっと考えてみろ! 逃げるよりもいい方法があるはずだ!」


「私は戦うぞ!」


 ロッジも続いた。「私はジスタス・ロッジだ。王家の支配からこの町を解き放つために、私は戦う。諸君も共に戦おう!」


「なにを言ってやがる。てめえらが来たから、ここまでひどいことになったんだろうが!」

「もうジスタス家には期待しねえ!」


(やはり無理か……)


 政人やロッジの言葉では、群衆の心には届かないようだ。ならば――


「ルーチェ」


 政人はルーチェを呼んで、彼らを鼓舞してくれるように頼んだ。


 ルーチェの言葉は、相手に恐怖を与えるだけのものではない。相手を勇気づけることもできる。

 政人はそれを、何度も経験している。


 例えば、ゾエの町でルーチェは、政人と一緒にガロリオン王国へ行くと宣言したが、そのとき彼女は言った。


「マサトは勇者にはない力を持っている、いつか大きなことを成し遂げる」と。

 政人はそう言われて、本当に自分に力があるような気がしたものだ。


「任せて」


 ルーチェは政人にそう言うと、群衆に向かって呼びかけた。


「おまえら、それでも大人か!」


 喧騒(けんそう)がぴたっと止んだ。


「子供にバカにされて、悔しくないのか! 逃げることしか考えない自分が恥ずかしくないのか!」


「恥ずかしいに決まってるだろ!」


 泣きそうな男の声が返ってきた。「でも、だからって何ができるって言うんだ!」


「戦え! 故郷を守るために戦え! 子供を守るために戦え! そして、己の誇りを守るために戦え!」


「勝てるわけがないだろ!」


「勝てる!」


 ルーチェが「勝てる」と言った時、住民たちの表情が変わった。本当に勝てるような気がしてきたのだ。

 ルーチェは叫び続けた。


「勝てる! 勝てる! 勝てる! アタシが言うんだ、間違いなく勝てる! マサトがおまえらに力を貸すんだ、だから絶対に勝てる!」


「勝てる!」ロッジが吠えた。

「勝てる!」プリオン神父が怒鳴った。

「勝てる!」少年が叫んだ。


「勝てるんだ。そうだろ!」


 ルーチェの言葉で、怯えていた群衆の目が輝きを取り戻す。


「勝てる!」「勝てる!」「勝てる!」


 いつしか、そこにいた全ての住民が、「勝てる」と連呼していた。


 もはや理屈ではない。誰もが、自分たちの勝利を疑っていなかった。


 ルーチェの声の力が、人々の勇気を呼び起こした。


 ルーチェは、臆病者たちを戦士に変えた。

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