97.哀れなる人々
その場にいた者たちは皆、驚きに目を見開いた。
特にロッジは、幼いころから世話になっていた神父たちが六神派信徒だったことに、衝撃を受けているようだ。
「隠れ六神派信徒ですって!? 聞いたことはありますが、根拠のない噂だと思っていました」
「わしらが信仰をおおっぴらにしていれば、クロアの町に移住しなければならなかった。法律でそう決まっておるからな。だからこの町の者は先祖代々、信仰を隠して生きてきたのだ」
「クロアの町に移住しようとは考えなかったのですか? あの町なら堂々と、六神派を名乗れるのに。……まあ、今となっては移住しなくて正解でしたが」
「ロッジ坊ちゃんがそんなことを言わないでくださいな」
ムーヤが悲しそうに言った。「ここは私らが生まれ育った町なんです。私らは王領の民ではなく、ジスタス公領の民なんです」
「ジスタス家は代々、わしらのことを、見て見ぬふりをしてくださっていたのだ」
プリオン神父がそう言うと、ロッジは納得がいかない様子を見せた。初めて聞く話だからだ。
「ではなぜ私は知らされていなかったのですか! 父は、このことを知っていたのでしょう?」
「ロッジがもう少し大きくなったら話すつもりでおられたとは思うが……、ジスタス公は王国の摂政に任命されて王都に行くことになり、その機会がなかったのだろう」
「私はもう大人です。伝えようと思えば伝えられたでしょうに!」
ジスタス公がどんなつもりで、息子であるロッジに隠れ六神派信徒のことを教えなかったのかはわからない。
ひょっとしたら忘れていただけなのかもしれない。
だが、嫡子でありながら知らされなかったロッジの心情を思うと、政人は心が痛んだ。
一人前の大人だと認めてもらえなかった、と感じているかもしれない。
ジスタス公は亡くなっているため、問いただすこともできない。
「でも、よく隠し通せましたね」
クオンが、疑問を口にした。「この町の住民はみんな、六神を信じているんでしょう?」
「この町はあまり外との交流はないし、闇の神の像や正六角形の紋章など、直接的な証拠になりそうな物は慎重に隠しておった」
プリオン神父が説明した。「あと隠す必要があるものは、わしらの信仰心だけだ。心の中では、何を思っていようが罪には問われん」
「この町以外にも隠れ六神派信徒はいるのか?」
政人の問いに対し、神父は答えた。
「わしの知っている限りでは、ジスタス公領内に、あと二つ、隠れ六神派信徒の村がある。その二つの村を合わせて三千人ぐらいだな。もちろんわしが知らない町や村もあるだろう。どこも巧妙に隠しているからな」
「その村の事を、少なくともロッジには教えてやってくれ。彼には知る権利があるはずだ」
「マサト殿……」
「そうだな……そのとおりだ」
プリオン神父はうなずいた。「ロッジならわしらの力になってくれるだろう。町が王家に占領されたことで、みんな不安になっているのだ。どうか、あいつらを追い出して、またジスタス家が治めてほしい」
(王家を追い出してほしい、か……。簡単に言ってくれるな。それがどれほど大変で、危険なことかわかっているんだろうか)
ロッジ自身には、今は何の力もない。
彼を信じて、共に立ち上がってくれる民衆が必要なのだ。
誰かが代わりに戦ってくれるだろうと期待する人間ばかりでは、ロッジは何もできない。
とはいえ、命の危険を顧みずに戦え、と彼らに強制する事もできない。
あくまでも彼ら自身の意志で立ち上がってくれなければならないのだ。
政人は釈然としない思いがしたが、黙っているしかなかった。
翌朝、政人たちが出発しようと準備していると、家の外からざわつく気配が伝わってきた。何やら怒鳴り声も聞こえる。
玄関の扉が激しく叩かれた。
「神父様、起きてください! 大変なんです!」
プリオン神父は起きていた。昨夜は珍しく、酒を飲まずに寝たようだ。
「どうした?」
神父が顔を出すと、若い男が慌てた様子で告げた。
「王家の騎士と兵士がやってきて、無茶なことを言い出してるんですよ。この村にある全ての金と食料を差し出せと」
「全ての金と食料だと? わしらに死ねと言っているのか?」
神父は愕然としたように言った。「そいつらは、どこにいる?」
「今、町長の家の前にいます。神父さんも来てください。町長じゃ頼りになりません」
「わかった。すぐ行く」
神父は軽く身なりを整えると、政人たちに「君らはここにいてくれ」と言い置いて、出て行った。
政人たちは、顔を見合わせた。
「私も行きます」
ロッジがそう言って、出て行こうとしたが、その前にムーヤが立ちふさがった。
「待ってください、ロッジ坊ちゃん、坊ちゃんは追放された身なんですよ。ここにいるのがわかったら、捕まります。どうか、ここにいてください」
「すまない、ムーヤ。私はジスタス家の当主として、また、プリオン神父の友人として行かねばならない」
「待て、ロッジ」
「マサト殿、すいませんが――」
「そうじゃない、俺も行く」
政人の言葉に、一同は驚く。政人こそ、見つかったら命がない人間のはずだ。
「マサト、大丈夫なの?」
クオンが代表してたずねる。
「危険はあるが、おそらく、今が俺たちにとって正念場なんだと思う。大丈夫だ、無茶はしない」
無茶はしないと言ったが、政人自身がその言葉を信じていない。
神父の説得で敵が引き下がってくれればいい。だが失敗すれば、住民が全ての金と食料を没収されることになる。
ロッジはそれを黙って見ていることはできないだろう。政人もそうだ。
「御主人様、オレも行きます」
タロウの言葉に、政人は首を振った。
「いや、タロウはここでクオンたちを守ってくれ。おまえにしか頼めないんだ」
そう言われて、タロウはうなずいた。
「ルーチェ」
「はい」
ルーチェは不安そうな目で政人を見つめた。
「俺たちと一緒に来てほしい。そして、危なくなったら俺とロッジを守ってくれ」
その言葉に政人の信頼を感じたルーチェは、笑顔で元気よく返事をした。
「うん、任せて!」
心配そうな仲間たちを残し、政人とルーチェとロッジは外に出て、町長の家へ向かった。
町長の家の前は広場になっており、大勢の住民が集まっていた。五百人はいるだろうか、遠巻きに様子をうかがっている。
政人たちも、彼らの中に混じって見守ることにした。
王家の人間は、騎士と思われる装備の男が三人と、兵士が百人ほどいた。
(ただの徴税にしては人数が多いな)
町長が騎士の前に平伏しており、その傍らには、プリオン神父が立っていた。
町長の家の中からも、多くの人間の気配がする。
何やらドタンバタンと、物をひっくり返すような音と共に、女や子供の悲鳴が聞こえてくる。
「お願いします。今でさえ、ろくに食うものがないんです。これ以上食料を差し出しては、生きていけません」
町長が弱々しい声で哀願するが、隊長と思われる髭面の騎士は一蹴した。
「何を言うか! 今は国を挙げてソームズ家との戦に臨もうとしている時だ。我らには食料が必要なのだ。貴様らは兵を出さんのだから、代わりに金と食料を出して協力することは、当然の務めだろうが!」
王家がジスタス公領の民から徴兵を行っていないのは、彼らをまだ信用していないからだ。
武器を持たせることで、反乱を起こすことを警戒しているのである。
「騎士様、最低限生きていくための食料を取り上げるということは、わしらに死ねと言っているに等しいですぞ。死んではもう、国のために働くこともできますまい」
神父が諭すが、髭面の騎士は聞く耳をもたない。
「なに、人はそう簡単に死ぬものではない。いざとなれば、山に生えている草でも食えばよかろう」
ロッジは怒りで体が震えている。政人はその肩に手をおいて、なんとか落ち着かせようとした。
家の中から兵士たちが出てきた。手に手に瓶や壺などを抱えている。蓄えてあった食料などを奪ってきたのだろう。
「トラディス隊長、こいつらこんなに隠し持っていましたぜ」
「その大量の瓶はなんだ?」
「すべてワインです」
それを聞いて髭面の騎士、トラディスと呼ばれた隊長の怒りが爆発した。
「こんなに酒を隠し持っていて、何が生きていけませんだ! どうやら我々のやり方は、まだ生ぬるいようだな。全財産を没収しろ!」
「騎士様、酒はジスタス家の者にとっては水みたいなもんです。決して贅沢をしているわけじゃありません」
神父がなんとかなだめようとするが、効果がなかった。
「黙れ、そんな言い訳が通用するか! おい、すべて運び出せ!」
そしてトラディスは周りに群がっている群衆に向かって叫んだ。「次は貴様らの番だからな。帰って蓄えこんでいる物を一か所にまとめておけ!」
集まっている人々は、声にならない叫びを上げた。
町長の家からは、さらに続々と物が運び出されてくる。金目の物や食料だけでなく、衣類や家具まで運び出している。
もはや税の徴収という話ではなく、完全な略奪である。
「おやめください。何もかも持ち出されては、もう生きていけません。ウチには子供もいるんです」
家から町長の妻と思われる三十歳ぐらいの女と、幼い子供たちが三人出てきた。
一番大きい十歳ぐらいの男の子は、母親の隣で歯を食いしばって立っている。あとの二人は、何が起こっているのか理解できずに泣き叫んでいる。
泣き叫ぶ子供の姿を見て、政人は理性を失いかけた。
だが、ルーチェが手を握ってくれたので、なんとか冷静さを取り戻す。
「騎士様、どうかお慈悲を――」
母親がトラディスの足元ににじりより、その裾にすがりついた。
だが、トラディスは「離せっ!」と叫び、足で振り払うと、母親は投げ出された。
慌てて神父が駆け寄り、母親を介抱する。
「母ちゃんになにするんだ!」
それを見た男の子が、隊長につかみかかった。
次の瞬間、パーンという乾いた音が響き渡った。
(やりやがったな!)
少年が強烈な平手打ちを受けて倒れこんだのを見て、政人の我慢も限界に達した。
だが、ルーチェが必死に抱きかかえて、政人が飛び出そうとするのを止めている。
「マサト、落ち着いて。今出て行ったら、殺されるかもしれないよ」
だがルーチェでは、政人ひとりを止めるのが精一杯だった。
ロッジはトラディスにつかつかと歩み寄ると、その肩をつかみ、振り向いた顔面を思いっきり拳で殴りつけた。
「いい加減にしろ、貴様ら! これ以上、私の民を傷つけることは許さん!」




