94.シャラミアの自信
シャラミアは、二万人の兵が一糸乱れず整列している様子を、満足そうに眺めた。
「なかなかの壮観ね、ダンリー」
「お褒めに預かり光栄です」
ダンリーを軍のトップである大将軍に任命したことには反対する意見もあったが、これだけの数の兵を統率できるからには、指揮官としての能力は高いのだろう。
彼らは今まさに出陣しようとする、王家の正規軍である。
攻撃目標は、ソームズ公領の公都ホークラン。
シャラミアはついに、ソームズ家を滅ぼす決断を下したのだ。
滅ぼす口実は、大罪人である政人を匿ったことであるが、それだけでは理由として弱いので、シャラミアを廃してクオンを擁立しようとしている、という疑いもかけることにした。
ネフとギラタンは「今は内政に励むべき時です」と言って反対したが、シャラミアは聞かなかった。
諸侯を倒すことは、王家の力を増すことになるのだ。
ジスタス公領に続き、豊かなソームズ公領まで手に入れれば、王家の経済力と軍事力は他の諸侯家を圧倒する。
そうなれば、王国全土の統治権を封建領主から奪い、ヴィンスレイジ王家の悲願である、中央集権化が可能となるかもしれない。
「フサーレ、傭兵はどれだけ集められそう?」
「はっ、六つの傭兵団を合わせて、一万二千人はそろうかと」
「上出来ね。雇用費は全部でいくらかかったの?」
「四千万ユールほどです」
「思ったよりも安く済んだようね。ホークランの略奪の許可を与えたのがよかったのかしら」
「はい、陛下の慧眼には感服いたしました」
ホークランを攻め落とした後は、住民たちから金品を奪って自分のものとしてもよい、と条件をつけることで、雇用費を抑えることを提案したのはシャラミアだった。
規律の取れていない傭兵団であれば、やめろと言っても略奪を行う。ならば初めから認めてしまえばよい。
もっとも、金目当ての傭兵は、戦力として過度の期待はできない。数合わせと思っておいた方がいいだろう。
ダンリーには、傭兵を最前線に立たせるように言ってある。正規兵の代わりに犠牲になってもらうためだ。
「他の諸侯は既に進発したのよね?」
「はい、カルデモン家が一万一千、ルロア家が八千、アクティーヌ家が二千の兵を率いて出陣し、合流地点に向かっております」
これで連合軍はダンリーを総大将として、五万三千人の大軍を擁することになる。
いくらホークランが堅城とはいえ、落ちるのは時間の問題だろう。
「フサーレ殿、兵糧の手配は抜かりないのでしょうな?」
ギラタンが確認する。彼も将軍として従軍することになっている。
ダンリーとの相性があまり良くないのが、シャラミアにとって不安ではあるが、任務である以上は従ってくれるだろう。
「もちろんです、ギラタン将軍。その気になれば、一年でも戦えるほどの物資を用意してあります」
「マジか? よく五万三千人分の兵糧を用意できたな」
「領内からかき集めましたので。諸侯たちにもかなり負担させています。タンメリー家からもわずかですが提供がありました」
タンメリー家にも連合軍に加わるように召集をかけたのだが、のらりくらりと言い訳をして、なかなか動こうとしない。急き立てると、ようやく金と兵糧だけを出してきたのだ。
とはいえ、下手にとがめて敵にまわられては、まずいことになる。
(ひょっとして、私とソームズ公のどちらが勝つか、見極めているのかしら。だとすれば愚かなことだわ。ソームズ家を倒した後は、次はあなたの番よ、タンメリー女公)
軍の進発を見届けたシャラミアは、その足でネフを連れて地下牢へと向かった。
本来なら、女王が足を踏み入れるような場所ではない。
(ここはよっぽど因縁のある牢のようね)
その牢はかつてシャラミアが入っていたことがあり、その後には政人が入っていた。
そして今は――
「久しぶりね、クリッタ」
ヘルン新聞の記者であるクリッタは、かつて政人たちと共に、シャラミアを王位につけるために行動していた仲間だ。
だがその後、袂を分かち、今は敵と言ってよい。
なぜなら彼が今やっていることは、王家にとって看過できない行為だからだ。
シャラミアがクロアの町を焼き討ちしたことを、「クロアの大虐殺」と名付けて記事にし、その新聞を王領各地の町や村に配った。
それ以外にも、人事について、ジスタス家の処遇について、内政をおろそかにしていることなどについて、たびたび王家を批判する記事を書いて、配っている。
売っているのではなく、ただで配っているのである。
国民のシャラミアに対する不信感をあおり、王家の転覆を図っていると判断されて当然であろう。
王家の兵士たちは彼を捕らえようと躍起になっていたのだが、昨日ついに王都で彼の身柄を拘束した。
「あー、俺としたことが、しくじったぜ。まさかアジトに踏み込まれるとはな」
「どうやら、部下の教育がなっていなかったようね」
「どういうことだ? まさか……」
「ええ、そうよ。新聞を配っていたあなたの部下を逮捕し、尋問すると、あなたたちのアジトの場所を教えてくれたわ」
クリッタは悔しそうに唇をかんだ。
「まあ、仕方ねえ。誰だって自分の身がかわいいだろうからな」
クリッタは諦めたように言った。「そいつは今、どこにいる?」
「死んだわ」
クリッタは、一瞬何を言われたのか分からないような表情をしたが、しばらくして言葉の意味を理解すると、激高した。
「は!? そいつはアジトの場所をしゃべったんだろう!? なんで殺す必要がある!」
「なぜ怒るの? あなたを裏切った男でしょう?」
「答えろ! なぜ殺した!」
シャラミアは、見た者がゾクッとするような冷たい表情になった。
「あなたたちの期待通りのことをしただけよ」
「……? 何を言ってる?」
今度こそ、クリッタには意味がわからなかった。
だが、シャラミアが懐から取り出したものを見て、納得した。
それは一枚の紙、彼が書いた新聞記事だった。
そこには大きな見出しで、こう書かれていた。
《『残虐女王』ソームズ家に対して、道理なき戦争をしかける》
その見出しの後には、シャラミアを批判する記事が書かれている。
戦争は、シャラミアの政人に対する個人的な恨みと、国民の不満そらしのために行われるものであること。
そして、連合軍は大軍を擁してはいるものの、ホークランの城壁を突破できず、空しく引き返すことになるだろうと書いてあった。
「『残虐女王』とは、よくも書いてくれたものね」
その口調からは、怒りがにじみ出ていた。
『残虐女王』は政人が考えたシャラミアの異名である。クリッタは、セリーからの手紙でこれを知ったとき、言い得て妙だと思った。
「あんたにぴったりの異名だから、すぐに広まるだろうよ」
「黙れ、クリッタ。これ以上、陛下を侮辱するな」
ネフが口を挟んで、クリッタをなじった。
「ふん、どうせ俺も殺すんだろ? なら、言いたいことを言ってやるさ」
「あなたはすぐには殺さないわ」
シャラミアは余裕のある笑みを浮かべて言った。
「どういうことだ?」
「あなたは連合軍が負けると書いているわね。それが間違いだと教えてあげるわ」
シャラミアは持っていた新聞をびりびりと引き裂いた。「マサトとソームズ公の首を持ってきて、あなたに見せてあげる。殺すのはその後よ」
そう言い置いて、シャラミアは地下牢を後にした。




