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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第四章 ガロリオン王国の動乱

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93.ずっと、同じ方向を見て

 政人たちはメイラ村という宿場村にたどり着いた。少し早いが、今日はここで宿をとることにした。


 旅人の数は少なく、どの宿も空いている部屋が多かった。政人たちは男四人と女三人で、それぞれ部屋をとった。


「このあたりでは、まだ私の顔を知っている住民はいないと思います」


 ロッジが言った。「ですが、あまり出歩かないようにはしましょう。王家の役人が我々を探しているかもしれませんから」


 だが見たところ、村はいたってのどかで、役人の姿は見えなかった。

 王家は官僚の人数が足りていないのである。


 王家はジスタス公領を新たに手に入れたのだから、統治のための人員が多く必要なはずだ。

 だがジスタス家の文官の多くを、荒れた開墾地へと移動させてしまったため、人が足りないのだ。


 代わりに王家から官僚を派遣することにはしたが、ただでさえ人員が少ないので、多くは派遣できない。


 しかも新しく来た官僚にとっては、まったく勝手がわからない土地である。

 そのため、この村のように目の行き届かない村があった。


 官僚の育成のためには、教育制度の整備は欠かせない。


 だがガロリオン王国では、教育を受けられるのは貴族や金持ちの子弟だけである。庶民は読み書きさえできない者が多い。

 そのため官僚になれる素養のある者は少ない。


 これでは、いくら女王や宰相が政策を打ち出しても、思うように実行できない。



 とはいえ役人がいないのは、政人たちにとっては好都合なことだった。


 政人はこの村にいる間に、ルーチェとの問題にけりをつけることにした。




―――




「よし、今日の訓練はここまで!」

「ありがとうございました!」


 ルーチェはタロウとの訓練を終えると、ふーっと大きく息をはいた。


 タロウの成長は著しい。最近は十本のうち三本はとられるようになった。


 もはやタロウのスピードについていくことは難しくなっている。

 ルーチェは勘と経験によって、タロウの動きを事前に予測して動くことで、なんとか勝ちを拾っている状態だ。

 近いうちに、タロウには全く勝てなくなるだろう。


 ルーチェは焦りを覚えた。


(アタシはマサトを守らなきゃならないのに。戦闘で役に立てなけりゃ、マサトの隣には立てないのに)


「マサトと一緒に間違えてやる」と誓ったあの日以来、なんとか自分も頭を使って考えるように努力してはいるが、やはり頭の出来が悪いのか、難しい話になるとついていけない。


 彼女は頭のいい人間に対して、憧れを持っている。

 政人がじっと何かを考えている顔を見るのは、ずっと前から好きだった。


 その頭の中は、きっとルーチェにはとても理解できないような思考が渦巻いているのだろう。

 困難な状況になっても解決策を示す政人は、ルーチェにとっては憧れだった。


 だが最近は、そんな政人の顔を直視することができなくなっている。

 その原因は……なんとなく見当はつく。


 恋愛感情など自分には縁がないものだ、とずっと思っていた彼女だが、どうやらそうではなかったようだ。


 しかし、彼女は自分には女としての魅力が全くないと思っていた。


 まず、胸が小さい。

 顔は自分ではよくわからないが、かわいいなどと言われた覚えがないので、十人並みといったところだろうか。


 性格は、これは間違いなく男にモテる要素が全くないと断言できる。

 がさつで、ずぼらで、喧嘩っ早い。女らしさのかけらもない。


 唯一の長所は、喧嘩が強いことだろうか。槍の腕は、男とくらべても全く引けをとらない。


 だが、強いということは残念ながら女としての魅力にはつながらない。むしろ自分より強い女を、男は避けたがるのではないか。


 頭も悪い。学問と言えば、せいぜい読み書きができるぐらいである。


「アタシじゃ、マサトとは全然釣り合わないよな。マサトはかっこいいから、女には困らないだろうし」


「全然そんなことはないぞ。俺はまともに女と付き合ったことがないんだ」

「ギャアッ!」


 振り返ると、政人が立っていた。




―――




 タロウからルーチェが一人になったことを報告された政人は、ルーチェとの関係をはっきりさせるためにやってきた。

 ルーチェは恋愛については奥手なようなので、政人から仕掛けなければ進展しそうにないのだ。


 ここで好きだとはっきり告白し、このもやもやした状態を終わらせるつもりだ。


 拒絶されたらどうしよう、とはあまり考えなかった。

 なぜなら鈍感な政人から見ても、今のルーチェが政人のことを好きなのはわかる。それぐらい彼女はわかりやすい。


 念のため、ハナコとロッジにも確認してみたが、間違いなく政人に惚れていると請け合った。


 ハナコなどは、夜這(よば)いをかけるように進言してきたが、さすがにそれはまずいだろう。ちゃんと手順は踏みたい。


 しかし、何と言って告白すればいいのか、よくわからない。政人は恋愛経験がほとんどないのだ。


 それでも小説や漫画、映画やドラマなどのフィクションでは、そういうシーンを何度も見たことがあるので、気の利いたセリフも知っていた。


 そこでいくつかのパターンを想定して、言葉を準備していたのだが――、


 ルーチェの様子を見て、その気がなくなった。

 いきなり政人が現れたことで、そして独り言を聞かれたことで、慌てふためいている。


 顔はゆでだこのように真っ赤になり、あわあわと意味不明のつぶやきをもらし、手に持っていた槍を投げ捨てて屈伸運動を始めた。

 いつもの(りん)とした彼女からは考えられない挙動不審さだ。


(ルーチェは俺よりもはるかに、恋愛についてわかってないんだろうな)


 幼いころから女の子らしい遊びには興味を示さず、槍を振り回したり馬に乗ったりしてばかりいたのだ。

 政人とは違い、恋愛についてのフィクションや体験談のようなものも、読んだことがないのだろう。


 ここで気の利いた言い方をしても、混乱状態の彼女に効果があるかどうかは怪しい。繊細な男女の感情の機微など、理解できない気がした。


 そこで政人は、準備していた言葉をすべて捨てた。


「ルーチェ、話がある。こっちを見てくれ」

「え!? あ、ああ、わかった」


 ルーチェは動くのをやめ、政人を見つめた。


「ルーチェ、好きだ。付き合ってくれ」


 あまりにもシンプルな告白の言葉だ。

 ルーチェの赤かった顔が、さらに赤くなった。


「あうあうあうー」


 意味不明なことをつぶやくと、両手を顔に当ててうつむいた。


(なんだ、このかわいい生き物は)


 普段の荒っぽいルーチェを知っているだけに、羞恥にもだえている姿がいじらしく見えた。


「あ、あの」


 ルーチェは、両手を顔にあてたまま答えた。「アタシも、マサトが好きです。信じられないくらいに」


「よかった」


 政人は思わず拳をにぎりしめた。駆け出したい気分だった。


(これは現実なんだろうか)


 あのルーチェと恋人になるということが、ありえないことに思える。

 これが現実だということを確認したかった。


「ルーチェ、顔を見せてくれないか」

「ごめん、恥ずかしくてマサトの顔を見られそうにない」

「そうか」


(まさか、ここまでとは……。だが、無理をさせるわけにはいかないな)


 ここでキスの一つでもできればと思っていたが、またの機会にすることにした。


 政人はルーチェの隣に立った。政人の気配を感じたルーチェは、とまどった声を出した。


「マサト?」


 政人はかつて彼女に言われた言葉を思い出していた。


『もう、絶対にマサトを一人にはしない!』

『アタシも一緒に間違えてやる! アタシも一緒に泣いてやる!』


(ルーチェが隣に入れば、俺はどんな困難にも打ち勝てる)


 そう思った。


「ルーチェ、見つめ合わなくてもいい。その代わり――」


 政人は、言った。「俺と同じ方向を、見ていてほしい」


 ルーチェはゆっくりと両手を下ろした。


「はい」


 目の前には、赤い夕陽に照らされた山並みが見えた。


 ルーチェはそっと、政人の手を握ってきた。


 日が沈むまで、二人はそのまま手を握っていた。

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黒蛇の紋章

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