90.主君
「ジスタス家からの援軍ですって?」
政人の発言に最初に反応したのはロッジだった。
「ジスタス家の軍は反乱を恐れた王家に解散させられましたから、今は存在しませんよ。今、ジスタス公領の各地に駐留しているのは、王家の軍です」
「ひょっとして、荒れ地を開墾をしてるっていう騎士たちを、援軍に呼ぶのか?」
ルーチェが政人に質問した。
ジスタス家に仕えていた文官と騎士は、王領内の荒れ地に移され、開墾作業に従事させられている。
文官については領内の統治に必要なので、一部は公都に残って仕事をさせられているのだが、騎士は全員が荒れ地に移されている。
なぜなら騎士は忠誠心が高く、ジスタス家以外に仕えることは決してないからだ。
ガロリオン王国では王と諸侯だけが、騎士の叙任を行うことができる。騎士は当然、自分を叙任してくれた主家だけに忠誠を誓うのである。
「いや、彼らはいずれ救出するが、今はその時じゃない。開墾地はここから遠すぎるし、騎士の人数は二百人ほどだそうだから、援軍としては数が足りない」
「では、どこに私たちの軍がいるのでしょうか」
「公都には十四万、旧ジスタス公領全体で四十五万人の領民がいる。領民たちは王家の支配下で圧政に苦しみ、生存さえ脅かされているんだ。彼らが生き延びるためには、戦うしかない。優れたリーダーが現れれば、一斉に武器を取って立ち上がるだろう」
「優れたリーダー……? 私のことですか?」
「ロッジ以外に誰がいるんだ。ジスタス公が王都にいる間は、ロッジが実質的な領主だったわけだろう? 領民たちは、再びジスタス家が戻ってきて、王家の連中を追い出して欲しいと思っているはずだ」
「それは、そうでしょうが……」
「これから俺たちとロッジで旧ジスタス公領へと向かおう。そこで兵を募集し、王家の軍を追い払うんだ」
だが、ロッジは自信がなさそうだ。
「でも、我が領民たちは、大人しい性格の者が多いんですよ。為政者に逆らうなんて思いもよらない者が大半だと思います。それに民衆はもちろん、私も今まで合戦の経験はありません。彼らを率いて戦う自信がありません」
ロッジは弱音を吐いた。「先の王都での戦いでは、民兵の多くが犠牲になったと聞いています。私のために民を危険な戦場に追いやるのは……気が咎めます」
「おいロッジ、情けないことを言うんじゃねえ! おまえはタンメリー家やソームズ家に頼って、他力本願で領地を取り戻すつもりだったのか!? 違うだろ! 自分たちの領地は自分たちで取り返すんだ! そうじゃなきゃこの先、誇りを持って生きていけねえだろ!」
ルーチェに発破を掛けられ、ロッジは表情を引き締めた。
「は、はい。ルーチェ殿の言う通りです。私は戦わなければならない、領民と共に」
「もちろん、ロッジ一人で気負う必要はない。言い出したのは俺だ。俺たちが全力でサポートする」
政人はロッジを励ました。「王都での戦いで民兵の犠牲者が多かったのは、アクティーヌ家のダンリーが無謀な城攻めをさせたからだ。奴は民兵の命を露ほども大切に思っていなかった。俺たちは決してそんなことはしない。そうだろ?」
「そのとおりです」
ロッジは政人の言葉に力強くうなずいた。
「なるほど、ジスタス家の援軍があるなら、我々が勝つ見込みはあるな」
ソームズ公が、感心したように言った。「王家の軍がここに攻めてくる前に、ロッジがジスタス公領を取り戻せば、我々は籠城などせずに、ジスタス家とソームズ家が同時に王都に攻め込むこともできるな」
籠城戦は住民に負担を強いることになるので、できればやりたくないと考えるのは当然のことだ。
「そうですね。それができれば、互いに連携をとって同時に王都に攻め込みましょう。ただし、過度な期待はしないほうがいいと思います。敵はおそらく、こちらの準備が整う前に攻めてきます」
シャラミアは、やると決めたなら動きは早いだろう。
即位後、彼女はすぐに宰相や将軍たちの人事を一新し、新体制を発足させた。さらに、ジスタス家の処分も早かった。
彼女は物事を決めるのに会議を行ったりはせず、全てを自分で考えて実行するからだ。
その点では、彼女は有事において優れたリーダーであると言える。
「あの……」
今まで黙っていたタロウが、声を上げた。「御主人様とロッジさんとルーチェさん、そしてオレとハナコはジスタス公領へ行って、反乱軍を組織し、王家を追い出す。ソームズ公はここで戦の準備を進める、ということでいいでしょうか?」
「その通りだ。何か気になることがあるのか?」
「クオン様は、その間、どうされるのでしょうか?」
「あっ……!」
(その通りだ。俺はなんて迂闊だったんだ)
「クオンを戦に参加させるわけにはいかん。城内の安全な場所で保護しておこう」
ソームズ公は当然のようにそう言った。
だが、政人は反論した。
「閣下、そうではありません。クオンは我々の主君です。主君の行動を、我々が勝手に決めてはいけません。俺もうっかりしていました。こんな大事な話し合いを、クオン抜きで行うべきではありませんでした」
「でも、まだ十一歳の少年でしょう?」
ロッジが疑問を呈する。
「いや、クオンはもう子供じゃない。すでに王になる覚悟をしている」
政人は、はっきりと答えた。「彼が王であった頃、誰も彼を王として扱わなかった。だからクオンは形だけの王でしかなかった。もう同じ轍は踏まない」
政人はクオンを、側近の意見を聞いて、はいはいとうなずくだけの王にはしたくなかった。
クオンの即位後、政人はこの国を去ることになる。
だから、ソームズ公やタンメリー女公のような大物を相手にしても、自分の意見を言えるような力をつけて欲しかった。
そのためには、様々な経験を積まねばならない。それがたとえ戦争であっても。
「タロウ、よくクオンのことを気付かせてくれた。おまえの言う通りだ」
「あ……、はい!」
政人に褒められたタロウは、嬉しさのあまり尻尾を振り回した。
「マサトの言う通りだ。アイツはもう、子供じゃない」
ルーチェも政人の意見に賛成した。「もちろん、危険な目には遭わせない。アタシたちでしっかり守るんだ」
ソームズ公とロッジは、まだどこか納得がいかない様子だったが、この件について政人が一歩も引くつもりがないと見てとると、クオンも作戦に参加させることに同意した。
政人は立ち上がった。
「皆でクオンに会いに行こう」




