9.どこの世界にもあぶれ者はいる
庁舎に戻って、隊長たちと代官に事の次第を報告すると、代官の顔面は蒼白になった。
「それは……まずいことになるかもしれません」
「一体あいつらは何者なんだ?」
政人が尋ねた。
「ゴドフレイ一家の者です」
「ゴドフレイ一家?」
「ゴドフレイ・オリバーという男が、町のならず者たちを集めて作った組織で、この町の裏社会を支配しているんです」
代官は説明した。「ゴドフレイは『親』として絶対的な存在であり、他の構成員は『子』ということになります。この町で店舗を開くためには彼らに『みかじめ料』、と称する場所代を支払わければならないんですよ」
「なんでそんな奴らを野放しにしてるんだ?」
「奴らを取り締まるなんて無理ですよ。この町には常備軍がいないし、警察じゃ彼らの力には太刀打ちできません」
警察といっても、治安維持を専門にしている組織があるわけではなく、役人が交代制でパトロールをしているだけである。武器さえ持っていない。
ライバー隊長はいきり立った。
「ここは女王陛下の治める神聖国メイブランドの領内であるぞ! そのような無法がまかり通ってよいはずがない!」
「その女王陛下に、治安維持のための兵を派遣してくれるよう要請はしてるんですが、全然取り合ってもらえません。私たちの力だけではどうしようもないんですよ。とりあえず彼らに、これ以上暴れないようにお願いするため、役所のほうからも――」
代官は失言に気付いたように、口をつぐんだ。
「役所の方からも……なんだ?」
「いや、その……それは……」
隊長がドン、と机をたたくと諦めたように言った。
「実はその……町の予算から彼らに上納金を支払ってまして……」
その言葉を聞いたときの隊長の表情を見れば、ならず者たちも震え上がったことだろう。
隊長は、王都に帰還したら女王陛下に現状を報告し、必ず兵を派遣すると約束した。
続けて代官に「お前たちの処分も覚悟しておけよ」と言い捨てて庁舎を出た。
「隊長、あれを」
と聖騎士の一人が遠くを指さした。
見ると二百メートルほど先に灯台が立っており、その上部には四方を見渡せる空間がある。
その空間に、パッと見ただけでさっきの男たちの同類だとわかる男が立っていて、遠眼鏡でこちらを見ていた。
「我々を監視している?」
隊長はしばらく思案する様子だったが、「奴らになにができるものか」と言って堂々と宿舎まで歩くよう皆を促した。
宿舎は教会に隣接する建物で、僧侶たちが住んでいる僧坊とのことだった。政人たち全員が泊まるのに、十分な部屋が空いていた。
翌日、僧侶たちと朝食をとっていると、庁舎の事務員が駆け込んできた。
「た、大変です!」
「どうした?」
「ゴドフレイ一家が、ここを襲撃するための兵力を集めているそうなんです!」
事務員の話によると、今朝早くゴドフレイ一家の構成員が庁舎にやってきて、角刈りの男を殴った女を引き渡せ、と要求してきたらしい。
代官は断ったが、構成員は一歩もひかず、「なぜ聖騎士がこの町に居やがる」「聖騎士たちの居場所を教えろ」とさらに凄みをきかせた。
代官もそれ以上は耐えきれず、聖騎士たちとルーチェがここにいることを漏らした。
警察からの報告では、ゴドフレイ一家が「家族」である全ての構成員に召集をかけているという。
聖騎士たちは色めき立ち、僧侶たちは神に祈りを捧げだした。
ルーチェは「上等じゃねえか! こっちから仕掛けてやらぁ!」と、槍を持って出ていこうとしたので、慌てて皆で止めた。
「逃げたほうがいいのでは?」
僧侶たちの内の一人が言った。
「君たちは逃げたまえ。我々は女王陛下の聖騎士である。悪党を前に背を向けることは許されない」
隊長は毅然とした態度で言い返した。
僧侶たちが避難したあと、しばらくして警察官(のようなことをしている役人)がやってきた。
「奴らがこちらに向かっています! ゴドフレイ・オリバーもいます!」
「大将自らやってきたか」
「ゴドフレイの聖騎士嫌いは有名でして……」
隊長に睨まれ、警察官は口をつぐんだ。
いくら訓練を積んだ聖騎士といえど、二十対三百では勝負にならない。
三階の窓から外を見ると、手にドスやバールのようなものを持った集団が、「オラァ!」「ゴドフレイ一家なめんな!」などと怒鳴りながらやってくるのが見えた。
「あれがゴドフレイです」
警察官が集団の先頭付近にいる男を指さした。
ならず者の集団の中で、ひとり明らかに別種のオーラをまとっている男がいた。
年齢は五十代後半。足首まである薄緑色の長い着物を、灰色の太い帯で締め、その上から紺色の羽織を羽織っていた。首には金色のマフラーが巻かれている。
長いグレーの髪をオールバックにし、同じくグレーの長いあごひげをたくわえている。
顔はこの距離でははっきりとはわからないが、その鋭い迫力は十分に伝わってきた。
(さて、どうしたものかな)
政人はなにか打開策はないかと、考えをめぐらせた。