88.元公子ジスタス・ロッジ
シャラミア女王によってジスタス家は取り潰され、ジスタス公領はそのまま王領へと編入された。
嫡子であるロッジは家を失い、ジスタス公領からの追放処分を受けている。
「ロッジさん、こちらはフジイ・マサトさんといって、女王と敵対している方です。あなたと話が合うかもしれませんよ」
タンメリー女公の言葉を聞くと、ロッジは驚きの声を上げた。
「えっ、あのマサト殿ですか?」
「ええ、そのマサトさんです。会議室を使わせてあげますから、話をしてみなさい。きっと力になってくれるでしょう」
女公は政人に言った。「ごめんなさいね、勝手に決めてしまって。でも、あなたなら彼を上手く使えるでしょう」
そして彼女は政人たちに別れの挨拶を交わし、去っていった。
近くで見ると、ロッジの顔はかなりやつれていた。
家を失い、失意ののまま、一人でジスタス公領からここまで旅を続けてきたならば、無理もないだろう。
さっきは気付かなかったが、シャツの左胸の部分には、ジスタス家の家紋である『虎』の家紋が染め付けられている。
「まさかここでマサト殿に会えるとは。女公と話はできませんでしたが、ここに来た甲斐はありました」
「俺の事を知っているのですか?」
「玉座の間に乱入し、女王の髪をつかんで引きずり倒した後、小便を引っ掛けたとか」
(くだらん噂を流す奴は、俺をなんだと思ってるんだ)
「俺はそんなことはしません。シャラミアの王冠を投げ捨て、『おまえに女王の資格はない』と言ってやっただけです」
「そうなのですか。いや、それでもすごいことです。そんなことができる者は、他にいないでしょう。私も女王に面会したことはあるのですが、そんなことは考え付きもしませんでした」
「マサトは特別だ。例え殺されるとしても、悪を見逃すことはできねーんだよ」
ルーチェはどうも、政人のことを過大に評価しているようだが、それを聞いたロッジはますます感心したようだった。
「ロッジさんは、女公に会って何を話すつもりだったのであるか?」
ハナコが本題に入った。「住むところを用意してほしいとでも、頼むつもりだったのであるか?」
「それは……」
「それだけでも、下手に王家を刺激したくない女公にとっては不都合なことでしょうが――」
答えるのに躊躇する様子のロッジに、セリーは言った。「それ以上のことを頼むつもりだったのでは? 例えば、ジスタス家の再興を女王に進言してもらうとか」
ロッジは、言おうかどうしようか迷う様子を見せた後、覚悟を決めて言った。
「いえ、私はそれ以上のことをお願いするつもりでした。つまり――王家に対する反逆です」
多分彼は、嘘やごまかしが苦手な人間なのだろう。
「シャラミアはクロアの町の四万人を虐殺するという、とんでもない悪行を行いました。このままシャラミアの統治が続けば、ガロリオン王国の国民はさらなる脅威にさらされることに――」
ロッジはそこで言葉を詰まらせた。「いえ……そうではありません。もちろん虐殺は許せないと思っていますが、正直なところを言えば、それは女王に反逆するための口実です」
「では、本当の目的はなんでしょうか?」
「ジスタス公領の民と家臣を救いたいのです」
「ああ、なるほど……」
セリーはそれで理解したようだが、タロウは意味がわからなかったようだ。
「救うって、どういうことですか?」
ロッジに代わって、セリーが説明した。
「王家の財政は火の車だったが、シャラミアはそれを、ジスタス家の資産を接収することで乗り切ろうとした。だが、それだけでは足りないと考えたようだ。ジスタス公領の町や村に、とても納めるのが不可能な重税を課した。自分たちの食い扶持まで取られて、餓死する者も出ているらしい」
「ひどい……」
「また、ジスタス家に仕えていた文官と騎士はほとんどが解雇され、王家の所有する荒れ地での開墾を命じられた。ろくに住む家も用意せずにだ。これから冬の寒さが厳しくなるから、つらいだろうな」
「せめて私もその開墾地で彼らと共に働こうと申し出たのですが、却下されました。私は庶民に落とされ、領内から追放されました」
ロッジがそう言うと、セリーが納得したようにうなずいた。
「ロッジさんと家臣たちが結びつくのを警戒したのでしょうね」
「私の父や姉は確かに悪いことをしました。私も彼らを諌めることをせず、公都でのほほんと暮らしていました。これは罰せられても仕方ありません。しかし、民たちには何の責任もないはずです」
ロッジは声を震わせて言った。
政人は、女公がロッジを政人に押し付けた意図を理解した。
タンメリー家としては、ロッジに関わるのは危険だからできない。
だが政人とロッジは、女王を倒すという共通の目的を持っているわけである。だから「上手く使え」などと言ったのだ。
「マサト殿、貴殿も女王に反逆し、追われる身と聞いています。どうか、私と共に立ち上がって頂けないでしょうか」
「失礼を承知で言わせてもらいますが――」
セリーが口を挟んだ。「共に立ち上がると言われるが、今のあなたにそんな力がありますか? あなたは領地も家臣も失い、己の身一つでここまで来たのでしょう」
(セリーは俺が言いにくいことを代わりに言ってくれているんだな)
政人はそう理解し、セリーに心の中で感謝した。
セリーの指摘に何も言い返せないロッジは、悔しそうに目を伏せた。
「御主人様、なんとか助けてあげられぬかのう」
ハナコがいかにもロッジに同情するように言った。
彼女は尊大なように見えて、実は弱い者を思いやる優しい心の持ち主であることを、政人は知っている。
そして、それは今の政人も同様だった。
政人は心が壊れそうになるほどのつらい経験をしたことで、弱者を見捨てることができなくなっている。
「ロッジさん、俺もあなたと同じく、一人では何もできない弱い人間です」
政人は率直に話すことにした。「そんな俺が、タンメリー女公のような人と対等に話すことができているのは、王位を継ぐ資格を持つクオンの信頼を得ているから、さらにソームズ公と協力関係にあるからです。そんな境遇になれたのは、ここにいる頼もしい仲間たちをはじめ、いろんな人が俺を助けてくれたからです」
ルーチェたちは、素直に仲間への感謝を口にする政人に、軽い驚きを覚えた。
以前の彼なら、恥ずかしくて口には出せなかったセリフである。
政人は悲しい体験から学んだことがある。
それは、「仲間」とは信頼し合わなければならないということだ。
シャラミアとはそれができていなかった。
クロアの町の病院で彼女に初めて会った時、彼女を仲間に引き入れるために、舌先三寸で相手を丸め込もうとした。
それは今にして思えば、全く心のこもっていない言葉だった。
政人はシャラミアを闇の勇者にして、魔王を倒させようとした。
つまり、彼女を利用しようとしたのである。
そして、シャラミアもまた、政人の力と知恵を利用して、王位につくことを目指した。
互いの利害が一致したといえば聞こえはいいが、それは裏を返せば、利害が一致しなくなれば裏切られるかもしれない、ということだ。
王位についたことで、シャラミアにとって政人は不要となったのだ。
もしも政人とシャラミアが、互いを利用し合うような関係ではなく、真に仲間として心を通わせ合うことができていれば、悲劇は起きなかったかもしれない。
政人とロッジについても、確かに彼らには女王を倒すという共通の目的がある。
では、女王を倒した後はどうなるのか。もはや協力する意味はないと、敵対することになるのか。
また同じ間違いを犯すわけにはいかない。
政人は目の前にいるロッジの態度から、信用するに値する人間だと判断した。仲間として、王家と戦うという大きな仕事を、共にできる人間だと。
ならば弁舌を弄して協力させるのではなく、相手を信用して素直な気持ちをぶつけた方がいい。
女公は「上手く使え」と言ったが、そんな態度ではいつか失敗する。
仲間ならば信頼し合うべきだ。利害関係だけでは、仲間とは言えない。
「だからロッジさんも、俺を助けてください。俺もロッジさんを助けます。共に戦いましょう」
そう言って政人は、手を差し出した。
―――
ロッジは己を恥じた。
今の自分には何の力もないことはわかっている。
だから初めはタンメリー女公、次には政人の協力を仰いで、民と家臣を救うという目的を達成するつもりだった。
それは、自己の目的のために他人を利用するということだった。
だが、政人の言葉には何の打算も感じられなかった。それは、ロッジを信頼して発せられた言葉だった。ならば、その信頼には答えたい。
「はい、共に戦わせてください」
ロッジは政人の手を、力強く握り返した。




