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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第四章 ガロリオン王国の動乱

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87.同盟の第一歩

「関税……ですか?」


 タンメリー女公は、初めて聞く言葉に対して不思議そうに問い返した。

 レンガルドでは税といえば、住民から直接取り立てる「直接税」であって、「間接税」の概念は存在しない。


「外国、または他領から入ってきた商品に対して税金をかけるのです。今回の場合はソームズ家の商品に税金を課します。その分商品の値段が上がるので、タンメリー家の商品も十分に競争できるようになると思います」


「その税金は、誰が誰に納めるのですか?」


「税金を納めるのは、その商品を仕入れた者です。もっとも、その分は価格に上乗せされることになるので、実質的には消費者が払うことになりますね。納める先は、もちろんタンメリー家です」


 関税をかける目的の一つは、国家(今回の場合はタンメリー家)の収入を増やすことだ。


「なるほど、ソームズ家の商品が売れると、タンメリー家の収入が増えるわけですね」


 女公の目が輝いている。

 その満足そうな様子に、政人は手応えを感じた。


「どのぐらいの税金をかけるのであるか?」


 ハナコが質問をしてきた。


「関税率は商品ごとに変える。守りたい産業に対しては、関税率を高く設定するといいだろうな」


 関税をかけるもう一つの目的は、自国の産業を守ることである。競争力が弱く、特に保護しなければならない産業に対しては、他国の商品に高い関税をかける。


「でも、こちらからソームズ家に売る商品にも、関税をかけられるのであろう? それではこちらの商品が売れなくなるのではないか?」


(おいハナコ、おまえはどっちの味方だ)


「それはまあ、そうかもしれないが……。ああ、そうだ。関税率は一方的には決められないようにしよう。両家で話し合って、相手の同意を得た上で設定するんだ。それなら交渉次第でこちらに有利な関税率を設定することができる」


「こちらが不利になる可能性もあるではないか。互いが自家の利益を主張して譲らなければ、余計に両家の仲は悪くなるのである」


 ハナコの指摘はもっともだった。「それに、高い値段で買わねばならない消費者にとっては、不利益しかないのである。払う税金が今までよりも多くなる、ということであろう」


「むむむ」

「何がむむむであるか」


(関税はなし、で済ませられるなら、その方がいいよなあ)


「でも、我々の主要な輸出品である鉄鉱石、生糸、葡萄(ぶどう)などはソームズ公領では産出できないので、ソームズ公も関税をかけようとは思わないのではないかしら。競合する商品がないのですから」


 なぜか女公が助け舟を出してくれた。既に交易をやる気になっているのかもしれない。


「それに、消費者にとって不利益とも言えないだろう」


 セリーも追随する。「新たにソームズ公領産の商品という選択肢が増えることになったんだ。それが高いと思えば、今まで通り、自領の商品を買えばいい」


「そのとおりです」


 政人は改めて力説した。「他領から新たな商品が入ってくることは、自領の産業にとって悪い事ばかりではありません。競合品に刺激されて、さらに品質が良く、安い商品が生まれるかもしれません」


「なるほど、そうであるな」


 ハナコも納得したようだ。


「それに、今後チャバコ草を販売することになったときのために、ソームズ家と交易関係を持っておけば、売り先が増えることになります。チャバコ草の生産はタンメリー家で独占しているので、どこに持って行っても売れるでしょう」


「そうですね。あなたの言うとおりです」

「では、ソームズ家と交易を行っていただけますか?」

「まあ、構わないでしょう」


 どうやら、上手くいったようだ。政人は胸をなでおろした。

 しかし、そう簡単な話ではないようだ。


「ただし、結ぶのは交易関係のみです。ソームズ家と同盟を結ぶつもりはありません」


 女公の声には険があった。


 やはりソームズ家に対しては不信感があるようだ。

 どうしたものかと思っていると、ハナコが口を開いた。


「閣下は、シャラミア女王とソームズ公のどちらが嫌いでありまするか?」

「えっ?」


 ハナコの問いかけに、女公は意表をつかれたようだ。


「シャラミア女王は、罪なき四万人の人を殺しました。もし、そんな女王よりも、ソームズ公の方が嫌いだと言われるなら、我は閣下の事を見損なっていたかもしれませぬ」


「おい、ハナコ」

「ハナコさん、私は好きとか嫌いとかで政策を決めることはありませんよ」

 

「もちろんそうであります。閣下は、感情ではなく損得で判断する方であります」


 ハナコはかわいらしく微笑んでみせた。「だから我は、閣下が好きなのであります」


「『好き』なんて言われたのは何十年ぶりかしらね」


 そして、女公もハナコが好きなようだ。楽しそうな表情を見せている。


「損得で判断すれば、ソームズ家との同盟に慎重になるのは当然であります。彼らは王家の敵となることが確実でありますゆえ」


 ハナコは女公の判断を当然のことと認めた。「でも、それとは別に、我は閣下の気持ちが知りたいであります。シャラミア女王とソームズ公のどちらが嫌いなのかを」


 ハナコの口調が真剣であったので、女公は真面目に答えた。


「シャラミアの方が嫌いです。彼女は許されざることをしました。私はあの娘を女王とは認めません」

「ありがとうございます。そのお言葉が聞けただけで十分であります」


 確かに、女公の口からはっきりと「シャラミアを女王と認めない」いう言葉を引き出した意味は大きい。


 ハナコは政人に向き直って言った。


「御主人様、今は交易関係を結べたことで、良しとするべきだと思うのである」


(そうだな、性急に事を進めようとしても無理だ。今は交易を、同盟の第一歩とするべきだろう)


「そうですね。閣下、交易関係を結ぶことに同意して頂き、ありがとうございます」


 この後両家では、まず事務レベルでの交渉が行われることになるだろう。

 その後、交易を通じてやり取りを続けていけば、だんだん良い関係に進んでいくはずだ。




 コース料理も終わり、最後にコーヒーが出された。コーヒーは高級品であり、庶民の口に入ることはほとんどない。

 政人がコーヒーを飲むのは、レンガルドに召喚されてから初めてのことだ。


(懐かしい香りだな)


 コーヒー特有の香ばしい香りをかぐと、気分が落ち着いてきた。


 口に含むと、ほどよい酸味と苦みが舌を刺激する。鼻から抜ける香りは、青りんごのようにフルーティだった。


 政人は特にコーヒーに詳しいわけではないが、地球のコーヒーと比べても遜色(そんしょく)がない気がした。


「苦いのである」


 だが、ハナコが文句を言った。タロウも顔をしかめている。確かにブラックコーヒーは子供が飲んでも旨くないだろう。


「ごめんなさいね。ハナコさんも、もう少し歳をとればこの味がわかるようになると思うのだけれど」

「砂糖を入れたらどうですか?」


 政人がそう言うと、なぜか女公も給仕の人たちも、きょとんとした顔をした。


「その発想はなかったわ」


 女公はそう言って、砂糖を持ってこさせた。

 ハナコとタロウはスプーンで砂糖をたっぷりすくってコーヒーに入れた。


「美味しいのである」


 どうやら、レンガルドではコーヒーに砂糖を入れる習慣はなかったようだ。


 もっと広くいろんな階層の人に飲まれていれば、砂糖を入れようと考える者も出てきたのだろうが、上流階級の狭い世界だけでは、新しい飲み方がなかなか生まれない。


 それから一同は、打ち解けた雰囲気でコーヒータイムを楽しんでいたのだが、食堂にタンメリー家の家臣が入ってきて、女公に報告をした。


「お食事中失礼致します。閣下にお会いになりたいと言う方が、来られているのですが」


「今は、お客様と会食中なのですよ。後にはできなかったのですか?」


「タンメリー家にとって、重要な方かもしれないと思いましたので、急ぎお伝えに参りました」

「誰ですか?」


 家臣は、政人たちに聞かれたくなかったのか、女公に耳打ちをした。

 それを聞いた女公の反応は、そっけなかった。


「そんな(やから)に会っているひまはありません。追い返しなさい」

「よろしいのですか?」


「そんな男と私が話をしていたことが伝われば、邪推(じゃすい)する者が出てくるかもしれません。丁重に、お引き取り頂くように」

「わかりました」


 家臣の人は出て行った。


「失礼しました。さあ、コーヒーのお代わりはいかがかしら?」


 政人は誰が来ていたのか気になったが、聞くことはできなかった。

 女公の口ぶりでは、その者と関係を持つことにはリスクがあるようだ。




 それからほどなく、お開きとなった。

 誰の顔にも、満足そうな様子がうかがえる。料理も雰囲気も素晴らしかった。


 だが、女公がこの会食をセッティングした目的が、将来政権に参加する政人と良い関係を築くためだとすれば、あまり意味はなかったと言える。


 政人はガロリオン王国を去るつもりなのだから。


 政人としては、十分な成果を得られた。

 タンメリー家が王家に味方しないことを約束し、さらにはソームズ家との交易にも同意してもらえたのだから。


 食堂を出ると、ちょっとした騒ぎが起こっていた。

 廊下のずっと向こうの方で、タンメリー家の家臣たちと誰かが、押し問答をしているようだ。


「頼む、十分でいい。閣下と話をさせてくれ」


 そんな声が聞こえてきた。


「どうやら、丁重にお引き取り頂けなかったようですね」


 女公が(あき)れたようにそう言って、騒ぎの現場に近づいて行った。政人たちも後を追う。


 その男は細身ながら引き締まった体の美丈夫で、歳は二十代前半といったところだ。


 頭は丸刈りで、顔立ちは品があり、育ちの良さをうかがわせる。

 だが着ている服は生地は上質そうだが、色あせて、ところどころ破れている。

 長い間体を洗っていないのか、近づくと悪臭が漂ってきた。


 女公の姿を目にしたその男は、必死さが伝わる声で呼びかけた。


「閣下、どうか私の話を聞いてください!」


「やれやれ、ずいぶんと落ちぶれたものですね。礼儀まで忘れてしまったのですか?」


「無作法はお詫びいたします。ですが、私には閣下しか頼れる方がいないのです」


「それはどうかしらね」


 女公は政人を見ると、さも妙案を思いついたというように言った。「マサトさん、この人の話を聞いてやってもらえませんか?」


 女公の言葉に、政人は首を傾げた。


「どなたですか、その方は?」

「ジスタス・ロッジ。クオン王の摂政だったジスタス公の嫡子(ちゃくし)です」

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