83.忠犬ハナ公
政人たちはタンメリー女公と交渉するため、再びタンメリー女公領へと向かっている。
クオンは別れ際、「ミーナのことは僕に任せて」と請け合ってくれた。
「あいつ、頼もしくなりやがったな」
「ああ、元々資質はすぐれていたんだろうな。それが短期間でいろいろな経験をして、大人になったんだ」
政人は馬上でルーチェに答えた。「それでも、もうしばらくは子供でいさせてやりたかったよ」
「マサトは子供には優しいもんなあ」
「まあな。この世界はあまり子供に優しくないから、俺が守ってやらないと」
「そんなマサトは好きだぜ」
「…………!」
(なんでこいつは、こんなにあっさり「好き」なんて言えるんだ!)
と、思ってルーチェを見ると、なにやら顔を赤くしてうつむいている。
どうやら自分で自分の言葉に照れているようだ。
「あの……御主人様とルーチェさん、何かありましたか?」
後ろからタロウが声をかけてきた。やはり挙動不審に見えるのだろう。
「ど、どういう意味かな? タロウ」
「なんだかずいぶんと仲良くなったように見えます」
「ま、まあ、ずっと一緒に旅をしてるからな。そりゃあ情がわいて、仲良くもなるさ。なあ、ルーチェ」
「そ、そうだぜタロウ。それにマサトはかっこいいからな」
(おい、何を言ってやがる)
タロウは何かを察したようだ。
「あの、オレ、ルーチェさんになら御主人様を任せてもいいかな、と思ってます」
(こいつまで、おかしなことを言ってるぞ)
「いや、俺とルーチェの仲はそんなんじゃ、ないぞ?」
「あ、ああ、そうだよ。ちょっと仲がいいだけ……だよな?」
(今はまだ、な)
ずっとこんな調子でいるわけにもいかない。
政人はルーチェとの関係を、近いうちにはっきりさせようと思った。
―――
政人たちは迷宮都市ヘルンへとやってきた
この町に来た目的は、ハナコと合流することである。
ハナコはヘルン新聞社で世話になっているはずだ。もう二ヶ月ぐらい会っていない。
町に入ると、見たことのある女の子が声をかけてきた。
「マサトさん、お久しぶりです。よかった、御無事だったんですね」
「モーラか? 久しぶりだな。今、どうしてるんだ?」
モーラは冒険者であった両親を亡くし、生活の糧を失ったために、以前ここで売春をしていた少女だ。
今はその表情は明るい。
「セリーさんに孤児院を紹介してもらい、幸せに暮らしています。孤児院の人たちは皆いい人たちですので」
「そうか、よかった。本当によかった」
政人が心から喜ぶ様子を見て、モーラは微笑んだ。
「はい、これもマサトさんのおかげです。でも今はそんなことより――」
「そんなことより?」
「すぐにハナコちゃんに会いにいってあげてください!」
「え? あ、ああ、そのつもりだけど」
突然大声を上げたモーラに戸惑っていると、その声を聞きつけた周りの人々も反応した。
「なにっ、ハナコちゃんの御主人が帰ってきたのか!」
「こんなに待たせるとは、なんてひどい飼い主だ!」
「ハナコちゃん、よかった、よかったよう」
状況がわからず混乱していると、モーラが説明してくれた。
ハナコは毎日ここ、町の入り口に来て、政人が来るのを待っていたのだという。
雨の日も、風の日も欠かさずやって来て、「御主人様はまだかのう」などとつぶやいていた。
町の人が彼女に話を聞いてみると、飼い主にこの町で待っているようにと命令された、だから迎えに来てくれるのを待っている、とのことだ。
そんなある日、ハナコの飼い主は死んだらしいという噂が流れた。
ハナコは「そんなはずはないのである。御主人様が我を残して死ぬはずがないのである」と言って、泣きながらここで待っていた。
ハナコの様子を見かねたヘルン新聞社社長のセリーは、全社を挙げて飼い主である政人の安否を確かめるから、ハナコは部屋で待っているようにと言いつけた。「ハナコが体を壊してしまっては、マサトを悲しませるぞ」と。
ハナコは泣きながら頷いた。
そんなハナコのことは町の人々の間でも有名になった。
ハナコの忠義に感動した人たちによって、町の入り口にハナコの銅像を設置する計画が持ち上がっているらしい。
この話を聞いた政人は、ヘルン新聞社に向かって走り出した。
ルーチェとタロウも、慌てて後を追う。
ヘルン新聞社の入り口に着くと、偶然セリーと鉢合わせた。
「マサト、無事だったか!」
セリーとの再会を喜び合いたいところだが、今はそれよりも優先することがある。
「ハナコはどこに?」
「二階だ、ついてこい!」
どうやらヘルン新聞社の二階の部屋に間借りしているらしい。
急いで階段を駆け上がり、ハナコの部屋の扉をバーンと開けた。
ハナコがいた。どうやら書き物をしていたようだ。
この後ハナコが見せた狂態は、驚くべきものだった。
政人の姿を見たハナコは、しばらく政人を見つめたまま放心していた。
それから、自分が今見ているものが信じられないかのように、両目をごしごしこすった。
政人はそんなハナコに近づき、頭にぽんと手をのせ、なでてやった。
「迎えにきたよ、ハナコ」
それを聞いたハナコは、喜びを爆発させた。
「んわーーっ!」と、聞いたことのない大声で叫んだかと思えば、政人の胸に飛び込んできた。
尻尾は千切れそうなぐらい、激しく揺れている。
女の子とは思えないほど力強く抱きしめられ、胸が苦しくなった。
かと思うと今度は、本物の政人かと確認するかのように、政人の全身の匂いをクンクン嗅ぎだした。
頭からつま先まで、余すところなく匂いを確認していく。
そして離れると、いきなり垂直ジャンプを始めた。
嬉しすぎて自分でも何をやっているのかわからないようだ。
五、六回ぴょんぴょん跳んだ後、今度は「わふっわふっわふっ」と吠えながら、政人の周りをぐるぐる回り出す。
そしてまた政人に抱きつき、政人の顔をぺろぺろ舐め始めた。
しばらくするとまた離れ、政人の周りをさっきとは逆方向に回る。
この喜びをどう表現したらよいか、わからないようだ。涙を流しながら笑っている。
今度は後ろから政人に抱きつき、首筋、耳を順々に舐めた。
こんな動作を十分ぐらい、何度も繰り返していた。
これを傍から見ていたルーチェとセリーは、いくらなんでも興奮しすぎだと呆れている様子だが、タロウはハナコにいたく同情するように言った。
「オレも、御主人様に二ヶ月も会えなければ、ああなると思います」
政人は心から反省した。
イヌビトにとって、飼い主に長期間会えないことが、ここまでつらいことだとは思わなかったのだ。




