81.男子三日会わざれば
政人たちとソームズ公は公都ホークランへと帰ってきた。
もう辺りは、日が落ちて暗くなっている。
「クオンはもう寝てるかもな。明日にするか?」
ルーチェの言葉に、政人は答えた。
「いや、きっと俺たちに会いたくて待ちわびているだろう。早く顔を見せてやりたい。俺も元気な姿を見て安心したい」
政人たちは馬に乗ったまま、街路を急いだ。
クオンのために用意してもらった一軒家は、都市の外縁部、閑静な住宅地にある。
窓からはロウソクの明かりが漏れている。まだ起きているようだ。
「ただいま」
家に入って挨拶をすると、住み込みの家政婦が出迎えに来た。
「まあまあ、よくぞ御無事で。みなさん心配してましたよ」
「みなさん?」
(クオン以外に誰かいるのか?)
政人の声を聞きつけたのか、階段をドタドタと駆け下りてくる音が聞こえた。
それはクオン――ではなかった。
「ミーナ!?」
ミーナはそのままスピードを落とすことなく、政人の胸に飛び込んできた。後ろからルーチェが支えてくれなければ、倒れていただろう。
ミーナはタロウから検問所の兵士に預けられ、そこからホークランに連れていかれたことは聞いていたが、クオンの家にいるとは思わなかった。
政人の知り合いだということで、誰かが気を利かせてくれたのだろう。
「ミーナ、元気だったか?」
「…………」
彼女は相変わらず、口を利くことができないようだが、嬉しそうな顔で政人を見上げてくる。
「ミーナちゃんがここに来たときは、放心状態でいることが多かったんですが、最近は感情を表すようになって、自分の意思を文字に書いて教えてくれるようにもなりました。クオンちゃんがつきっきりで面倒を見てくれたからだと思います。時折、笑顔もみせてくれます」
家政婦がそう教えてくれた。
彼女がどこまで事情を聞かされているのかはわからないが、ミーナを大切に扱ってくれたようだ。
「そうだ、クオンは?」
そう言うと、ミーナほどの勢いはないが、階段をトントンと下りてくる足音が聞こえた。
クオンの姿を見た政人は、ずいぶん背が伸びたような気がしたが、そんなはずはない。クオンと別れてから、十日も経っていない。
雰囲気が大人びているので、そんな印象を受けたようだ。
「お帰りなさい、マサト」
クオンはそう言ってミーナの頭をなでた。「よかったね、ミーナちゃん、マサトが無事に帰って来てくれたよ」
クオンは自分の事より、まずミーナを気遣う様子を見せた。
それが少し物足りなく感じた政人は、腕を伸ばしてクオンに手招きした。
「クオン、おいで」
彼は、はにかむような笑顔を見せた後、ミーナの隣から政人に抱きついてきた。
政人は二人の頭を抱きかかえた。
食堂のテーブルを囲んで、政人たちとクオン、そしてソームズ公が座った。
普通の民家の食堂に諸侯ほどの人物が座っているのは、異様な光景だ。ソームズ公の背後には、武器を持った兵士が二人立っているので、なおさらだ。
ミーナは政人から離れるのを嫌がったが、クオンから諭されると、家政婦と共に二階の部屋で待っていることに同意した。
クオンの方が年下なのだが、まるで兄が妹に言い聞かせているように見えた。
「ミーナちゃんを連れてきた兵士の方からは、とてもつらいことがあったようだ、とだけ聞きました」
クオンの語り口は、もはや子供ではなかった。
「僕にはなんとか心を開いてくれるようになったんだけど、それでも時々、手がつけられないほど取り乱すことがあるんです。
そんなとき、僕にはミーナちゃんのそばにいてあげることしかできません。
僕が大人だったら、彼女のために力になってあげられるのに、と思うと悔しくて……」
「いや、そばにいてやるだけで十分だよ」
政人はクロアの町で起こった事を話した。
クオンの顔色が変わった。
「そんなことが……。信じられないよ。シャラミアがそんなひどいことをするなんて……」
「だが事実なんだ。シャラミアはもう、クオンが知っているシャラミアじゃない」
「ミーナちゃん、かわいそう……」
クオンはショックを受けているようだ。当然だろう、本来は子供に聞かせる話ではない。
だが、政人は全てを話すつもりでここに来ている。クオンには、知ってもらわねばならない。
政人は自分が女王を侮辱したことで死刑になりそうになったが、逃げてきたこと。そしてシャラミアを王位から引きずり下ろすつもりであることを話した。
「私もマサトと協力して女王と戦うつもりだ」
ソームズ公も決意を告げた。
十一歳の子供であるクオンにこんな話をするのは、普通に考えて、まだ早いだろう。
だが、話さねばならない。これから大人たちは、ひどいことをクオンに頼むつもりなのだから。
「もちろん、女王を倒せばそれで終わり、ではない。その後、国が乱れないように、新しい体制を考えておかねば、無責任だろう」
「はい、その通りだと思います」
クオンは賢い。おそらくこの後に政人が何を言い出すか、わかっているのだろう。
「クオン、もう一度、王になってくれ」
勝手なことを言っている自覚はある。
政人はクオンを保護したとき、今後、彼は庶民として生きるようにと考えた。お城に住まわせず、市井に交わって暮らすようにしたのも、そのためだ。それが彼にとって幸せだと思ったからだ。
それを状況が変わったからと、覆そうとしているのだ。
もちろん、他に選択肢がないかと考えた。
まず、ソームズ公が王になるという案だ。武力によって女王を倒した人物が、代わって王位につくのは、不自然な話ではない。
だが、これは上手くいかないだろう。王家の出身者以外の者が王になっても、長続きしないのだ。それは歴史が証明している。
過去、諸侯が王を倒し、自分が王になった記録はあるが、いずれの場合も国が混乱し、短命政権に終わっている。
レンガルドの王という存在は、宗教的な意味合いが強い。
なにせ即位式では、神の恩寵が目に見える形で表れるのだ。
シャラミアの場合は、何もない所から炎が出現し、それによって火の神の加護を受けたことが分かったのだそうだ。
レンガルドの神は、地球の神のような形而上の存在ではなく、実在するのだ。
「魔法」もその証拠の一つだ。魔法は神の加護によって使えるようになるのである。
神はどうやら、王家の者以外には加護を与えないようだ。
なぜ、と神に聞いても無意味だろう。神に理屈など必要ないのである。
そこで、クオン以外の王族を王にする案も考えた。
クオンの父親、アイオンには兄弟が何人かいた。シャラミアの父親のセイクーンもその一人である。
アイオンの兄弟はみな死んでいるのだが、彼らには子供がいる。その子供は当然、王となる資格がある。
だが、その子供たちには、ろくな奴がいないのである。
ヴィンスレイジ・ルリオンは、牧場に侵入して、雌牛と行為に及ぼうとしたところを見つかり、逮捕されたことがある。
ヴィンスレイジ・デズッチは、全裸で街中を疾走する姿をたびたび目撃されており、『ストリー王』の異名をつけられた。
ヴィンスレイジ・リルジェインは、ジスタス公とソームズ公の禁断の恋愛を描いた小説を書いて出版し、怒った父親に勘当された。
ヴィンスレイジ・アドフェムは、暴飲暴食を続け、自力で歩くことができないほど太っている。太っていても明の時代の中国の皇帝「洪熙帝」のような才覚があれば名君になる可能性もあるが、こいつはただのデブである。
こんな奴らばかりだから、クオンに代わる王としてシャラミア以外の名前が挙がらなかったのだ。
奇抜な案としては、王を廃して共和制を採用しようなどというのも考えたが、やはり神の加護が得られない以上は、混乱するだろう。
ひょっとしたら上手くいくかもしれないが、試しにやってみる、というわけにはいかない。
政人に「王になってくれ」と言われたクオンは、政人をじっと見つめている。
何を考えているのかは、うかがい知れないが、政人はその目に「知性」の輝きを見た。
『白痴王』などと呼ばれた少年の面影は、ない。
「僕は、何も知らない王でした」
クオンは語りだした。
「ずっと部屋にこもって人形で遊んでいたから、外で何が起こっているのか、全然知りませんでした。
でも、マサトにここに連れてこられて、庶民の暮らしを知りました。
大人はみんな、働いています。そうしないと生活できないからです。
子供はみんな、勉強しています。そうしないと大人になれないからです。
僕はそんなことも知らなかったんです」
政人たちの知っている、泣き虫で、すぐに癇癪を起こす子供の姿はそこにはなかった。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」という言葉がある。男は三日も経てば驚くほど成長しているので、目をこすってしっかり見ろ、ということだ。
政人は今、まさに刮目して見ている。
「僕が知っているのは、『自分は何も知らない』ということだけです。そんな僕でも――王になる資格があるでしょうか?」
「そんな君だからこそ、王になってほしい。ミーナのような境遇の子が、これ以上増えないように」
政人の言葉を聞き、クオンは顔を上に向けた。二階には、ミーナがいる。
クオンは静かに言葉を続けた。
「そういえば、僕はもう一つ知っていることがあります。
それはマサトはすごい人だということです。マサトの言うことなら、すべて信じられます。
そんなマサトが、僕に王の資格があるというのなら――」
その顔は、子供であることをやめ、大人になることを決意した男の顔だった。
「僕はもう一度、王になります」




