8.港町ゾエ
ゾエの町の目抜き通りは、人でにぎわっていた。
特に政人の目を引いたのは、頭には犬のような耳、おしりからは尻尾が生えている人間が、町を歩いていることだ。
(これがイヌビトか)
レンガルドには「ケモノビト」という、動物から進化したという人種が存在する。
イヌビト、ネコビト、ウサギビトなど多くの種類がおり、人間と同程度の知能をもっている。
だが人間たちからは迫害とまではいかなくても、差別的な扱いを受けていた。
そんな状況を打破しようと、今から二十年ほど前、シシビト族の『百獣王』ガウハント・リオンが、サスラーナ島の南東のメリゴンド島に、ケモノビトの国「ズウ」を建国し、人間を追い出した。
そしてケモノビトの多くは、ズウ王国に移住した。
だが、そんなケモノビトの中で、犬から進化したというイヌビト族だけは「人間が大スキ」「人間と離れるのはイヤだ」と言って、ほとんどがそのまま人間と共に暮らすことを選択した。
人間もそんなイヌビトを好ましく思い、ペットとして家族同然に扱っている。
ルーチェも興味を引かれたようだ。
「アタシも初めて見たよ。ホント、耳と尻尾以外は人間と変わらねーんだな」
「そういえば、王都では見かけなかったな」
「陛下はイヌビトがあまり好きではないようで……イヌビトを王都に入れるな、という命令が出てるんです」
聖騎士の一人が答えた。
どのイヌビトも、飼い主らしき人間と一緒に歩いているが、繋がれたりはしていない。みんな楽しそうに飼い主と言葉をかわしていた。
通りにはさまざまな店が軒を連ねている。
衣服やアクセサリーなどを扱っている服飾店に入ってみると、豊富なデザインの服が並んでいた。
中には日本の着物のような服まであった。
「これ、マサトに似合いそうじゃねーか?」
ルーチェがそう言って、紋付の羽織袴(のような服)を指さした。
(なぜこれが俺に似合うと思った?)
「こんなの着て町を歩いてたら、目立ってしょうがないだろ」
そもそも和服のような服があるのが不思議だった。
服飾店を出て、いろんな店を冷やかしてまわる。
ゲームでよくある、武器屋や防具屋はない。
「この国は平和ですから」
と、聖騎士の一人が言った。「ここには常駐している兵士もいません。神聖国を攻めようなどという罰当たりな国はありませんから」
(それでいいのか? どうも平和ボケしてるような気がするな)
白身魚のフライを売っている屋台があったので買ってみた。
紙で包まれたフライにかぶりつく。揚げたてでアツアツの衣に、塩加減が丁度いい。
「うめーな。なんで王都にはこういう店がねーんだろうな」
ルーチェが気持ちいい食べっぷりで、顔をほころばせながら言った。
王都には立ち食いするような者はいなかった。お上品な人間しかいないのだ。
しばらく歩いたところで、後ろから野太い怒鳴り声が聞こえた。
「てめえ、誰に断ってこんなところに店出しとんじゃっ!」
さっきの屋台の前で、二人の男が店主に詰め寄っている。
スキンヘッドの男が大きな声で店主を脅し上げ、その後ろで角刈りの男が腕を組んで立っていた。
いかにもヤ〇ザのチンピラといった風貌だ。
店主は震えて口もきけない様子だ。
スキンヘッドの男は屋台を激しく蹴り上げた。多くの魚フライが地面に散乱した。
止める間もなかった。
ルーチェが男たちにつかつかと歩み寄り、怒鳴った。
「食いモンを粗末にするんじゃねえっ!」
「なんだこのアマっ、関係ねえ奴はすっこんでろっ!」
「なんだとっ!」
「男かもしれねえぜ、胸が全然無いじゃねえか」
と、後ろにいた角刈りの男がニヤニヤしながら言った次の瞬間、ルーチェのアッパーが男の顎にクリーンヒットしていた。
「あ、兄貴ーっ!」
ダウンした角刈りの男をスキンヘッドの男が抱きかかえる。
政人と二人の聖騎士も近くに来た。
「そこまでだ!」
「我々は神聖国メイブランドの聖騎士である!」
「聖騎士だと……?」
鎧に身を包んだ聖騎士の姿を見て、ギョッとした様子だ。そんなスキンヘッドの男に聖騎士は告げた。
「これ以上暴れるのならば、我々はメイブランドの治安を守る者としての義務を果たそう」
そう言って剣に手をかけた。
(ルーチェの暴れ方もなかなかのものだったが)
男は、「覚えてやがれ!」と定番のセリフを言い放ち、角刈りの男を抱えて立ち去って行った。