75.狂者と悪魔
政人たちは闇の神殿を出た。
政人は聖司教の死体を見た後、放心状態でしばらく立ち上がれなかったが、今は足取りはしっかりしている。
かと言って、立ち直ったわけではない。
その顔は、彼を知る者が見れば別人かと思うほど、憔悴している。
タロウは自分もショックを受けているのだが、政人の様子を見て、自分がしっかりしなければと思った。
「御主人様、ホークランに戻って、ルーチェさんと合流しましょう。そして休んでください。御主人様には休息が必要です」
「俺なら大丈夫だ」
全く大丈夫とは思えない声で、政人は言った。「タロウ、お前はミーナを連れて、ホークランに戻ってくれ」
「え……、御主人様はどうされるのですか?」
「俺にはやることがある」
「だったらオレも一緒に――」
「ミーナを一人にできないだろ」
ミーナは不安そうな表情のまま、政人の腕にしがみついている。
(俺がこれからやろうとしていることに、誰も巻き込むわけにはいかない)
「御主人様を一人にするわけにもいきません。今、ひどい顔をされていますよ。いったい、何をしようとするつもりなんですか?」
「それは言えない」
(こんなことを考えている俺は、既に壊れているのかもしれない)
タロウは、政人が一人で何か危険なことをするつもりなのではないか、と思った。
なんとかそれをやめさせるため、説得しなければならない。
「まずミーナちゃんと一緒に戻りましょう。ルーチェさんやクオン君もいますし、ソームズ公も力を貸してくれるはずです。御主人様ひとりで背負わないでください」
「タロウ」
「はい」
「ミーナを連れてホークランに戻れ」
そして政人は付け加えて言った。「命令だ」
飼い主の命令は絶対である。命令と言われたタロウは、うなずくことしかできなかった。
―――
「税の減免には応じられません。あなたの村だけが苦しんでいるわけではないのよ」
シャラミアは玉座から男を見下ろし、冷淡に告げた。
「し、しかし陛下、もう村には食べる物がないのです。自分たちの分まで税として取られてしまったのです」
「取られる? 税は取られるものではなく、納めるものです。言葉を間違えないように」
「し、失礼しました。ですが、このままでは飢えて死ぬ者も出てくるでしょう。どうかお慈悲を頂けないでしょうか」
「あなたたちジスタス公領の民は、今まで王領の民が重税で苦しんでいた間、ずっといい暮らしをしていたのでしょう? 国の財政が落ち着くまで、しばらく我慢しなさい」
陳情者は、かつてジスタス家が治めていた村の村長である。
ジスタス家を取り潰したことで、ジスタス公領は王領に編入されることになったのだが、旧ジスタス公領の町や村には重税を課していた。
「陛下は心優しい方と聞いておりました。このようなことを続けていては、陛下の御名に傷がつくのではと心配いたしております」
「心配ですって!?」
その言葉が、シャラミアの逆鱗にふれた。「私は女王です。あなたなどに心配されるいわれはありません!」
シャラミアは男に指を突きつけた。
「衛兵! この者を刑場に引っ立てて、首を――」
「無礼者! 身の程をわきまえろ!」
シャラミアが言葉を言い終わる前に、隣に立っていたネフが男に近づき、殴りつけた。「さあ、衛兵! こいつを追い出せ!」
「はっ」
男は衛兵に、玉座の間から連れ出された。
その様子を見て不快な表情を浮かべるシャラミアを、同じく隣に立っていたギラタンが諌めた。
「陛下、感情的になって人を殺そうとしてはいけません。後で後悔しても取り返しがつきませんよ」
「私は冷静です」
(そうよ、あの時だって――)
シャラミアの苛立ちは募るばかりだった。
隣に立つネフとギラタン、そして部屋の隅に控える廷臣たちは、そんな彼女を気遣わしげに見ている。
(私は間違ってない)
そう自分に言い聞かせ続けなければ、罪の意識に押しつぶされそうになる。
クロアの町を焼き尽くすように命令をしたときは、自分の正しさを全く疑っていなかった。住民は皆、地獄へ落ちるべき六神派信徒である。だが――。
(幼子もいたはずだわ)
そう思うと、自分の正しさが疑わしくなってくる。
あの後、生き残った者たちを助けるように命令したのも、その迷いの表れだ。
(いいえ、幼子も成長すれば、闇の神を信じるようになってしまう。だから、今死んでゆくことは、彼らにとっても幸せだったでしょう)
シャラミアは自分を正当化し続けた。
(私は女王よ。私の行いが間違っているはずがないわ)
「そうよ、私は女王なのよ」
「陛下、大丈夫ですか?」
ネフが心配そうにたずねてくる。どうやら声に出していたようだ。
あの日以来、ネフやギラタン、そしてティナとは、なんとなく距離ができたような気がする。
彼らの口から、シャラミアを責める言葉は出てこないが、シャラミアを見る目つきは変わった……ような気がしてしまう。
「そうね、疲れているのかもしれないわ。今日の残りの面会者は断ってちょうだい」
「わかりました」
部屋に帰って休もう、と立ち上がったところで、玉座の間に騎士が入って来た。
「失礼致します。フジイ・マサト殿が、陛下に面会を求めておりますが、お通ししてもよろしいでしょうか」
「マサトが!?」
シャラミアは慌てた。政人のことを忘れていたわけではない。できるだけ考えないようにしていたのだ。
「すぐに連れてきて」
「はっ」
シャラミアは、政人になんと言い訳をしようかと考えた。
政人との約束では、シャラミアは女王となった後、闇の神の加護を聖司教に授けてもらい、闇の勇者となるはずだった。
だが、シャラミアのやったことは、その聖司教を含めてクロアの町の住民を皆殺しにしたことだった。
魔法使いでもあった聖司教が死んだので、もう闇の勇者誕生の儀式を行える者はいない。
また、他の六神派の僧侶も全員殺してしまったので、後継者もいない。
(マサトは怒っているでしょうね)
その時シャラミアは気付いた。
自分がクロアの町を焼き討ちした理由の一つに、闇の勇者になどなりたくない、という気持ちが、心のどこかにあったことを。
力を得るために利用するだけだ、と納得しようとはしてみたが、やはり異端である闇の神の加護などは、受け入れたくなかったのだ。
(とすれば、クロアの町の焼き討ちは、マサトにも責任があるわ。敬虔なメイブランド教徒である私に、異端の神の加護などを、与えようとしたからよ)
第三者が聞けば無茶な論理である。嫌ならば最初から断れば良かったし、たとえ途中で気が変わったとしても、拒否すればいいだけの話だ。無関係な四万人を殺す理由にはならない。
だが、シャラミアはなんとか自分の責任を回避したかった。いくら自分は正しいと思い込もうとしても、罪の意識は捨てきれない。
政人が玉座の間に入って来た。
入り口で一礼もせず、そのまままっすぐにシャラミアに近づいてくる。
ネフもギラタンも反応できなかったのは、彼らの知る政人とはあまりにも違う、その鬼気迫る様子に気圧されていたからだった。
その血走った目つきは、正常な人間のものではない。
「マサト、どうしたの?」
驚いたシャラミアが声を上げたが、政人はそのまま近づいてくる。
そして、シャラミアの目の前に立つと、シャラミアのかぶっていた王冠をつかみ上げ、投げ捨てた。
シャラミアが、そして玉座の間にいる者たち全てが、信じられない行動に呆気にとられる中、政人はシャラミアに指を突きつけ、言い放った。
「おまえに女王の資格はないっ!!」
政人の目つきは狂人のものだった。
そしてその瞳には、悪魔が映っていた。




