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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第三章 玉座への道

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73.炎

 政人とタロウは、再び領境の検問所にやってきた。

 検問所の兵士は、政人たちのことを覚えていた。


「ああ、閣下のお知り合いのマサトさんでしたね。王領へ行かれるのですか?」

「はい」


「今はちょっと危険かもしれませんよ」

「何かあったんですか?」


「王都からクロアという町へ、女王が出兵したそうなんですよ。なんでもそこに王太后が潜伏(せんぷく)してるんだとか」


「なんだって!?」


 政人は兵士に詰め寄った。「なぜ女王自らが? 兵は何人ほどですか?」


「さあ、私は旅人から話を聞いただけなので……」


 政人の嫌な予感が(ふく)れ上がった。


「タロウ、王都ではなく、直接クロアへ行くぞ」

「御主人様、危険なのでは」

「危険は承知の上だ。急げ!」




―――




「お願いします、王太后を引き渡してください」


 ここは闇の神殿の祈りの間である。


 ティナがケンブローズ聖司教に必死に懇願(こんがん)している。彼女は説得役をシャラミアに志願し、許されたのだ。


「陛下は一万の兵で、この町を囲んでいます。王太后を引き渡さなければ、町に火をつけると言っています」


「あのシャラミアさんがそんなことを? 信じがたい事です」


「陛下は女王になられて、変わってしまいました。ジスタス公に取り立てられて要職に()いた者や、王太后の恋人であったと()()()()()者たちを、次々と処刑しているのです。ろくに取り調べもせずにです」


「かわいそうに……私に恋人などいなかったのに」


 そう言って柱の陰から現れたのは、王太后だ。その顔には精気がない。隠れたまま生き続けることは、もう不可能だと悟ったようだ。


「テラルディアさん、出てきては――」


「聖司教、もうここまでのようです。シャラミアは、私を決して逃がさない」


 王太后はティナに向き直った。「ティナ、ひとつ聞かせてください。クオンは無事ですか?」


「はい、ソームズ公が保護しておられます。マサトさんという方が、そばで世話をしておられるはずです」

「マサト? 誰ですかそれは?」


「陛下の仲間だった方です。ダンリー公子がクオン様を処刑しようとしたとき、それを止めたのはマサト様だそうです」


「マサトさんなら、私も知っています」


 聖司教が言った。「とても才知にたけ、そして心優しき若者です。彼が近くにいるのなら、きっと大丈夫です」


「聖司教がそう言われるのであれば、私も安心して死んでゆけます」

「お力になれず、申し訳ありません」


 聖司教はつらそうに頭を下げた。

 王太后はティナに近づき、命令する。


「さあ、私をシャラミアの元へ連れて行きなさい」




―――




 クロアの町を囲むように、一万人の兵士が配置されている。


 この町は壁に囲まれてはいないし、武器を持った戦士もいない。一万の軍に攻められれば、抵抗する術はないだろう。


 軍勢は周囲を完全に包囲しているため、逃げ出すことも無理である。

 すでに辺りはすっかり日が落ち、方々で燃える松明(たいまつ)の明かりのみが、視界を照らしている。


 それでも、異変を察知した住民が動揺する気配は伝わってくる。


 シャラミアは軍の後方でティナが戻るのを待ちながら、この町のことを考えていた。


 綺麗な町並み、豊富な娯楽施設、笑顔で通りを行き交う人々。

 荒れ果てた王領の中で、ここだけは別天地のように平和な光景が広がっていた。


 異端者たちの住む町でありながら――。


 シャラミアの父のセイクーンは、六神派の信徒は不義、無道の者ゆえ、決して幸せにはなれないと言っていたのだが。


(そんなの、絶対に間違っている。神々が許すはずがないわ)


「ティナは王太后を連れてくるでしょうか」


 ネフが心配そうに、言った。


「まあ、連れてこなければ、焼き討ちするだけのことさ」

「ダンリー公子、軽々しく言わないで頂きたい。この人数をそろえたのは、あくまでも威嚇(いかく)のためです。そうですよね? 陛下」


 シャラミアはネフの問いに、何も答えない。


「陛下、あれを」


 ギラタンが指差す方を見ると、ティナが王太后を伴って歩いてくるのが見えた。


「どうやら、成功したようですね」


 ギラタンは安堵(あんど)したような声を出した。

 ティナがシャラミアの前にたどり着いた。


「陛下、王太后を連れてきました」

「ご苦労でした」


 シャラミアは王太后を見た。その顔からは(おび)えの色は読み取れない。どうやら、覚悟を決めているようだ。


 王太后は周囲の軍勢を見回してため息をついた。


「私一人のために、ずいぶん兵を集めたものね」

「ええ、あなたが逃げずに死んでくれていたら、こんな無駄な手をかけずにすんだのに。どうやってここまで逃げてきたの?」


「秘密の脱出経路があったのよ」

「そう、そんなところだろうと思っていたわ」


「聞きたくないの? どこに抜け口があるか」

「私には異端者の町に続く抜け道など必要ないわ。あなたのように、死を恐れて逃げ回ることなどないもの」


 王太后はふふっと声をもらした。


「なるほど、確かにあなた変わったわね」

「ええ、女王たるもの、強くあらねばなりませんから」

「そう、じゃあ、さっさと終わらせてくれるかしら、女王様。もう覚悟はできてるから」


「死ぬ前に、あるべき世界の姿を見ておきなさい」

「……? 何を言ってるの?」


 王太后はシャラミアの顔を(のぞ)き込んで、背筋が凍りついた。その口元に浮かぶ笑みは、常人のものではない。これではまるで――悪魔。


「ダンリー」

「はっ」


「町に火をつけ、すべてを焼き尽くしなさい」


 その言葉を聞いた一同は、息をするのも忘れて硬直した。ダンリーを除いて。


「ご命令のままに」


 兵士たちに号令をかけようとするダンリーを、ギラタンが慌てて止めた。


「お、おい、待て!」

「その手を放せ! 陛下の命令だぞ!」


「陛下、取り消してください! このような命令は、間違っています!」

「陛下はこのような事をなさる方ではないはずです!」


 ネフとティナが必死に諫言(かんげん)するが、シャラミアは微動だにしない。

 ダンリーはギラタンの手を振り払った。


「突入せよ! 家々に火を放て! 出てきたものは斬り捨てろ!」


 ダンリーの号令に従い、兵士たちは町になだれ込んだ。


「異端者には当然の報いよ」


 シャラミアの言葉を聞いたティナはショックのあまり、へたりこんだ。


 既にあちこちから火の手が上がっているのが見える。泣き叫ぶ人々の声も、彼らの耳に届いてきた。まさに地獄絵図である。


 王太后は放心したように燃える町を見ていたが、やがて、汚いものを見るような目つきで、シャラミアを(にら)みつけて言った。


「先に地獄で待ってるわ」



 この夜のシャラミア女王の悪行は、「クロアの大虐殺」と呼ばれ、歴史に大きく名を残すことになる。

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黒蛇の紋章

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