71.即位式
安いアパートでいいと言ったのだが、バーラはクオンのために二階建ての一軒家を用意した。おまけに住み込みの家政婦までついている。
王であった者を粗末な部屋に住まわせるわけにはいかない、と思ったのだろう。
政人は中に入って、一通り間取りを確認した。部屋数も多く、大家族でも暮らせそうだ。
「こんな大きな家じゃなくてもよかったんだがな。俺たちはずっと住むわけじゃないし」
「マサトたち、いなくなっちゃうの? ずっと僕と一緒にいてよ」
政人の言葉を聞いたクオンが、悲し気な声を出した。
「俺たちはやらなきゃならないことがあるんだ。でも大丈夫、優しい人がクオンの世話をするように、バーラに頼んでおくから」
「イヤだ、マサトがいい」
クオンがしがみついてきた。
(はあ……まあ、十一歳の子供だしな。両親がいないんじゃ、寂しいよな)
政人はクオンの頭をなでてやった。
(そういえば、王太后は見つかったんだろうか)
―――
「ネフからの連絡はまだ無いの?」
シャラミアは苛立ちを隠そうともせず、側近に聞いた。
「はっ、まだ届いておりません」
ティナがクロアの町の闇の神殿に王太后がいた、との知らせを持ってきたときは、本当に驚いた。
なぜそんなところにいたんだろうと、聞いた誰もが首をかしげた。
それからクロアの町長と聖司教にあてて、王太后を引き渡すようにとの命令書を送ったところ、「そのような者はおりません」との返事が返ってきた。
そこで、ネフに確認に行かせることにしたのだ。彼なら聖司教にごまかされることはないだろう。
「僕なら兵士を闇の神殿に送り込んで、強制捜索させますけどねえ」
ダンリーが言った。彼は領地に帰らず、王都でシャラミアのそばに仕えている。
「教会や修道院などの聖地は、不入の権を持つと法律で定められているから、それはできないわ」
「聖地と言っても、六神派の聖地でしょう? それに、シャラミア様は女王だ。法律など、あなたが作ればいいんですよ」
(そうかもしれないわね)
「ダンリー公子、あんたはいつまで王都にいるつもりですか?」
ギラタンが皮肉をこめて言った。「もう目的は達したんだから、アクティーヌ家の兵を率いて領地に帰ってはどうですか? 即位式にはアクティーヌ公が出席すればいいでしょう」
「陛下には補佐するものが必要だろう?」
ダンリーのその言葉に、即座にシャラミアが反応した。
「あなたにそれを頼んだ覚えはありませんけどね」
シャラミアはソームズ公に宰相になってくれるように頼んだのだが、「私にはそのような大任は務まりません」と言って断られていた。
「でも、アクティーヌ家の功績は認めてくださいますよね? 一番最初に兵を挙げたのはウチなんですから」
確かに、それは認めざるを得ない。
「そうね……では、あなたを大将軍に任命し、王家の兵の指揮権を与えることにしましょう。いつでも戦えるように、訓練をしておきなさい」
「はっ、お任せください」
「陛下、そんな重要なことをここで簡単に決めない方がいいのでは? あとで諸侯の意見をきいてからでも」
ギラタンが諌めたが、
「私は女王です。人事は私が決めます」
と言って、退けた。
ダンリーは満足そうな笑みを浮かべた。
「さすがは女王様。たいそうな威厳を身に付けられたようだ」
そう言って、玉座の間を出て行った。
入れ替わって、騎士が入ってきた。
「申し上げます。タンメリー女公が王都に到着されました」
「そう、報告ご苦労様。下がっていいわよ」
「はっ」
「あのお婆さんも、ようやく重い腰を上げたようね。これで五人の諸侯がそろったわ」
シャラミアがギラタンに言った。「即位式を行います。準備をさせなさい」
―――
玉座の間に、五人の諸侯が一堂に会した。
ソームズ公、アクティーヌ公、カルデモン公、ルロア公、そしてタンメリー女公。
その他、大勢の貴族、騎士、聖職者たちが周囲に並んでいる。
そして玉座に座り一同を睥睨しているのは、女王ヴィンスレイジ・シャラミアだ。
燃えるような赤い髪は腰まで伸び、白を基調にしたドレスには、宝石がちりばめられている。
その美しく整った顔は、もはや少女ではなく、大人の女性の印象を見る者に与えた。
「それでは、これより即位式を始めます」
進行役の文官が宣言した。「まずは、降神の儀を執り行います」
降神の儀は即位式のメインイベントである。
王が火、土、風、水のいずれかの神の加護を受けるのである。ヴィンスレイジ王家の王は、火の神の加護を授かることが通例だ。
フサーレ准司教が玉座に歩み寄ってきた。
「陛下、不肖ながら、このフサーレが降神の儀を行わせていただきます」
本来ならこの役は、ガロリオン王国の最高位の聖職者である、ケンブローズ聖司教が行うのであるが、今は王太后の件があるので、フサーレに代役をさせることにした。
フサーレはシャラミアの正面に立ち、国宝である降神の杖を振りかざした。この杖には神力が込められているとされる。
フサーレは神に祈りを捧げ始めた。
「四柱の神々よ。ここにヴィンスレイジ王家のシャラミアが、新たなガロリオン王となりましたことをご報告いたします。王は人の世を、神々に代わりて治めし者なれば、これに御身の加護を与え、その証となる徴を示したまえ」
フサーレは杖を両手で持ち、床に突き立てた。
そして、フサーレがその手を離すと、杖は浮き上がった。
初めて降神の儀を見る者はこの超常現象に驚くだろうが、これはフサーレに魔力があるのではなく、杖の持つ神力によるものだ。
杖の持ち手側の先端には、こぶし大の青く透き通った石がはめ込まれている。その石の上部、二十センチほど離れたところから、チラチラと赤い色が見え始めた。
そして次の瞬間、ボウッと、大きな炎が生まれた。
炎は十秒ほど、ゆらゆらと燃え上がった後、消えた。
火の神がシャラミアを王と認めた証である。
「ここに、女王シャラミアは火の神の御加護を得られました」
フサーレの言葉を、シャラミアは悠然たる態度で聞いていた。
「では、続いて戴冠の儀を行います」
進行役が告げると、フサーレの前に光輝く王冠が運ばれてきた。歴代の王がかぶってきた、ガロリオン王国の国宝である。
フサーレは王冠を手に取り、シャラミアの頭にかぶせた。
王冠を頭に頂いたシャラミアの姿に、玉座の間にいた人々は神々しさを感じた。
「では、女王陛下のお言葉を頂戴したく思います」
フサーレが退出し、進行役がシャラミアに演説を促した。
シャラミアは朗々たる声で話し始めた。
「先王ヴィンスレイジ・クオンの下では、王が幼少であるのをよいことに、外戚のジスタス公と、王太后のテラルディアが実権を握っていました。
その結果、国家財政は傾き、国民は塗炭の苦しみに喘ぐことになりました。
しかし、私が王位にある限り、そのようなことはさせません。
私は荒れ果てた国土を復興し、人々の顔に笑顔を取り戻すことをここに誓います」
シャラミアの姿に、かつての弱々しさは微塵も感じられない。
「悲しみに打ちひしがれる者よ、私を頼りなさい。私は慈悲を施す者です。
邪な心を持つ者よ、私を恐れなさい。私は正義を貫く者です。
私はガロリオン王国の正統なる女王ヴィンスレイジ・シャラミア。
王国に平和と繁栄をもたらす者です」
シャラミアは立ち上がり、諸侯たちを見下ろして言った。
「ガロリオンの諸侯たちよ、私に忠誠を誓いなさい!」
諸侯たちは、一斉にひざまずき、忠誠を誓った。




