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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第三章 玉座への道

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70.クオンのガラス制作体験

 政人たちとクオンは、ソームズ家の兵と共に公都ホークランへとやってきた。


 そのまま街路を通り抜け、城へと向かう。

 城門前では連絡を受けていたのか、懐かしい人物が出迎えてくれた。


「バーラさん、お久しぶりです」


 バーラが、神聖国メイブランドから帰って来ていた。


「お久しぶりです、マサトさん。ルーチェさんとタロウ君もお元気そうでなによりです。そして――」


 バーラは腰をかがめて言った。「バーラです。よろしくね、クオン君」


 クオンは政人の後ろに隠れた。


「ふふっ、嫌われちゃったかな?」


「知らない人だから、怖がっているんですよ。無理もありません、とても怖い思いをしたばかりですから」


 政人はクオンに優しく語り掛けた。「クオン、このお姉ちゃんは敵じゃないよ。俺が保証する」


 それを聞いたクオンはおずおずと進み出て、頭を下げた。と思ったら、また政人の後ろに隠れてしまった。


「まあ、ずいぶん好かれてるんですね」


「俺かルーチェかタロウが相手なら、普通に話せるんですが……。ところで、クオンの住むところはどこになりますか?」


「用意してありますよ。こちらへどうぞ」


 そして、城内の一室に案内された。鬼ごっこができそうなほど広い部屋だ。

 机やベッドなどの家具のほか、子供用の遊具が多数取りそろえてある。バスとトイレもついていた。


 子供の一人部屋にしては豪華すぎるが、元は王だったことを考慮したのだろう。


「ここがクオン君が今日から過ごす部屋だよ。お世話をするメイドさんもいるよ」


 バーラが語り掛けるが、クオンは政人から離れようとしない。


「マサトと一緒がいい」

「あらあら、甘えん坊さんねえ」


(はあ……どうしたもんかな)


「バーラさん、せっかく部屋を用意してもらったのに申し訳ないんですが、城内のこんな豪華な部屋じゃなく、町に住むことはできませんか? 庶民が住むような安いアパートで構いません。しばらくは、俺たちも一緒に住みます」


「町にですか? わかりました、探してみましょう」


 政人は、これからクオンは庶民として暮らした方がいいと考えた。二度と王位争いなどに巻き込まれないためにも。


「今から手配させます。部屋が見つかるまでは、ここに住んでください。もちろんマサトさんも一緒に」

「ありがとうございます」


「それじゃクオン、アタシたちと街を見て回ろうぜ」

「うん、わかった」


 クオンはルーチェと手をつないで、街に出て行った。政人とタロウも後に続く。


「ルーチェは意外と、子供の相手がうまいよな」


 政人は感心して言った。


「アタシは一人っ子だったからな。弟か妹が欲しかったんだ」

「ねえ、マサトもこっちに来てよ」


 クオンにせがまれ、政人はクオンの隣に移動した。そしてクオンのもう一方の手を握った。

 クオンは、政人とルーチェに挟まれて歩いている。


 その様子を見たタロウが、後ろから声をかけた。


「なんだか、親子みたいですね」


「お、おいタロウ、何を言い出すんだ」

「ア、ア、アタシが母親っ!?」


 珍しくルーチェまで慌てている。

 政人はタロウに文句を言ってやろうと思ったが、クオンの様子がおかしいのに気付いた。


「ママ……」


 どうやら、母親のことを思い出してしまったらしく、立ち止まってしまった。顔をのぞきこむと、涙ぐんでいた。


「あ、ご、ごめん」


 タロウは慌ててクオンをなぐさめている。「あ、そうだ、ねえ、綿菓子食べない?」


 綿菓子の店を見つけたタロウが、なけなしのお小遣いで綿菓子を買ってきて、クオンに差し出した。「ほら、甘くて美味しいよ」


(なるほど。綿菓子はどこの世界の子供も喜ぶはずだ)


 だが、クオンは「こんなのいらない!」と言って、綿菓子を投げ捨てた。

 それを見たルーチェがキレた。


「てめえ、食いモンを粗末にするんじゃねえっ!」


 ルーチェの剣幕に、クオンは怖がって政人にしがみつき、泣き出してしまった。


「あ、……悪い。つい、本気で怒っちまった」


 政人はクオンをなぐさめながら、途方に暮れていた。


(どうすればいいんだろう、俺には子供との接し方がわからない)




 それから三人はなんとかクオンをなだめ、ようやく機嫌が戻った。ひと安心していたところ、ガラス製品の店があるのを見つけた。

 通りに面したウインドウには、様々な色や形の、ガラスでできた食器が並んでいる。


(そういえば、ソームズ公領の特産品はガラス製品だったな)


 店にはガラス工房が隣接していて、工房の前には「ガラス制作、体験できます」と書かれた立て看板が置いてある。

 政人はそれを見て、ある考えを思いついた。


「ガラス制作か、なあ、ちょっとやってみないか、クオン」

「僕、そういうのやったことないよ」


「俺もない。だから、やってみたいんだ。な、いいだろ?」

「うーん、マサトがそう言うなら」


 クオンはあまり乗り気ではなさそうだったが、やってみることに同意した。


「いらっしゃーい」


 工房に入ると、坊主頭にタオルを巻きつけた職人風の男が出迎えてくれた。まだ若く、二十代前半ほどに見える。


 政人は、職人の胸に「研修中」と書かれたバッジが付いているのを見て不安になったが、工房を任されているぐらいだから大丈夫だろう、と思うことにした。


「体験希望かい?」

「はい、ちょっといいですか? 実は……」


 政人は職人を離れたところに呼んで、考えていることを話した。


「よっしゃ、そういうことなら協力しよう」

「ありがとう」


 職人は笑顔でクオンに語り掛けた。


「それじゃ、ボクと一緒にガラスのコップを作ってみようか」

「うん」

「どんなコップがいいかな? この中から選んでくれるかい?」


 そして職人は、様々な形のコップが書かれた絵を見せた。


「こんなにいろんな種類があるの?」


 クオンは少し迷った後、「これにする」と言って、円筒形で上にいくほど口径が広くなるコップを選んだ。


「よし、じゃあ工房に案内するよ」


 こうして、みんなでガラスのコップを作ることになった。




 政人たちは職人に教わりながら、ガラスを作っている。


「大丈夫だよ。そこに棒を入れてごらん」


 窯の中には、高温でドロドロに溶かされたガラスが溜まっている。

 クオンは高温の窯に近寄るのを怖がっていたが、政人に促されて、窯の中に棒を入れた。そして、棒の先端にガラスを巻き取った。


「お、上手い上手い。それじゃ、その棒をこっちに持ってきて」


 そして作業台で、職人に指示されるまま、ガラスの形を整えている。


「いやー、上手だなあ、初めてでこんなに上手い子、見たことないよ」


 おそらく誰にでもそう言っているのだろうが、褒められたクオンは照れ笑いをしている。

 それからクオンは棒をくわえ、息を吹き込んだ。「吹きガラス」と呼ばれる技法だ。


「よし、回しながら息を吹き入れて。そうそうそう」


 クオンは小さな口から懸命に息を吹き込んでいる。おそらく、今までこんなに必死になって何かをしたことはないだろう。


 それからも職人はクオンのやる気を引き出しながら、丁寧に教えていった。


「いやー、綺麗な形だなあ。ボクの子供のころより、ずっと上手いよ!」

「それじゃ、飲み口を開いていこう。そうそう、回しながらね。うほっ、いい仕事するなあ」

「うわー、こんなに上手い子見たことないよ。君、前世はガラスだったんじゃないの?」


(この職人はいくらなんでも、大げさに褒めすぎじゃないだろうか)


 だが、確かにクオンが作りあげたコップは整った形をしていた。


 ルーチェの作った(いびつ)な形のコップと比べると、その差がよくわかる。十一歳の子供の作品とは思えない。


「アタシはこういう細かい作業は苦手なんだよ」


 ルーチェがぼやいた。


 クオンは汗でびっしょりになっている。

 その顔は、仕事をやり終えた男の誇りにあふれていた。


「どうだ、楽しかったか?」

「うん、こんなに面白いとは思わなかったよ」


 クオンは、自分の作品を満足そうに眺めている。


「上手くできたな。俺によく見せてくれるか?」

「うん、どうぞ」


 クオンは政人に、自分の作ったガラスのコップを手渡した。政人の称賛の言葉を待っているのだろう。


 政人は受け取ったコップをながめた。

 そして、それを床に叩きつけた。


 コップは割れ、破片が辺りに散らばった。


「お、おい、マサト!?」

「御主人様!?」


 政人の奇行にルーチェとタロウが驚いているが、一番驚いているのはクオンだ。


 驚くというより、何が起こったのかわからず、呆然(ぼうぜん)としている。

 やがて、状況を理解したようだ。


「ひどいよ、マサト!」


 そう言って、激しく泣き出した。


「ああ、確かにひどいな俺は。クオンが一生懸命作ったものを壊すなんて、ひどい奴だよな」


 政人はしゃがんで、クオンと目の高さを合わせて言った。「でもな、ガラスのコップを壊す俺はひどいが、陶器の人形を壊すクオンもひどいぞ」


「えっ?」


 一瞬、何を言われたのかクオンはわからない。だが、やがて自分が王であった頃のことを言われているのだと気付いた。


「僕が……ひどい?」


「陶器の人形を作った人は、自分の仕事に誇りを持っていたはずだ。そして、その人形が大切に扱われることを願っていたはずだ。まさかその人形が、床や壁に叩きつけられて壊されるなんて思わなかっただろうな」


 クオンは、腹を立てたりしたときに、人形を壊しまくっていた自分の行為を思い出して、ショックを受けている。


「ぼ、僕……人形を作った人がいるなんて、考えたこともなかった……」


「作った人はいるんだ。目の前にはいなくても、どこかに必ずいる。クオンはずっと自分の部屋にこもってたから、知らなかったんだよな」


 王であったころのクオンにとっての世界は、王城の中が全てだった。その外には様々な景色があり、様々な人々が暮らしていることは想像できないことだった。


「僕……なんてことを……」

「さっきの綿菓子もそうだぞ。誰だって、自分が作ったものを大事にしてもらえないと、悲しいんだ」


「僕、どうしたら……」


 職人が、クオンの肩をポンと叩いた。


「君がそのことに気付いたなら、人形を作った人もきっと許してくれるさ」

「そうかな」


 クオンは、不安そうに政人を見た。

 政人は真剣な表情で答えた。


「ああ、俺も許してくれると思う」




 帰った後、クオンはじっと考え込んでいた。


 その顔は、政人の目には少し大人になったように見えた。

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