70.クオンのガラス制作体験
政人たちとクオンは、ソームズ家の兵と共に公都ホークランへとやってきた。
そのまま街路を通り抜け、城へと向かう。
城門前では連絡を受けていたのか、懐かしい人物が出迎えてくれた。
「バーラさん、お久しぶりです」
バーラが、神聖国メイブランドから帰って来ていた。
「お久しぶりです、マサトさん。ルーチェさんとタロウ君もお元気そうでなによりです。そして――」
バーラは腰をかがめて言った。「バーラです。よろしくね、クオン君」
クオンは政人の後ろに隠れた。
「ふふっ、嫌われちゃったかな?」
「知らない人だから、怖がっているんですよ。無理もありません、とても怖い思いをしたばかりですから」
政人はクオンに優しく語り掛けた。「クオン、このお姉ちゃんは敵じゃないよ。俺が保証する」
それを聞いたクオンはおずおずと進み出て、頭を下げた。と思ったら、また政人の後ろに隠れてしまった。
「まあ、ずいぶん好かれてるんですね」
「俺かルーチェかタロウが相手なら、普通に話せるんですが……。ところで、クオンの住むところはどこになりますか?」
「用意してありますよ。こちらへどうぞ」
そして、城内の一室に案内された。鬼ごっこができそうなほど広い部屋だ。
机やベッドなどの家具のほか、子供用の遊具が多数取りそろえてある。バスとトイレもついていた。
子供の一人部屋にしては豪華すぎるが、元は王だったことを考慮したのだろう。
「ここがクオン君が今日から過ごす部屋だよ。お世話をするメイドさんもいるよ」
バーラが語り掛けるが、クオンは政人から離れようとしない。
「マサトと一緒がいい」
「あらあら、甘えん坊さんねえ」
(はあ……どうしたもんかな)
「バーラさん、せっかく部屋を用意してもらったのに申し訳ないんですが、城内のこんな豪華な部屋じゃなく、町に住むことはできませんか? 庶民が住むような安いアパートで構いません。しばらくは、俺たちも一緒に住みます」
「町にですか? わかりました、探してみましょう」
政人は、これからクオンは庶民として暮らした方がいいと考えた。二度と王位争いなどに巻き込まれないためにも。
「今から手配させます。部屋が見つかるまでは、ここに住んでください。もちろんマサトさんも一緒に」
「ありがとうございます」
「それじゃクオン、アタシたちと街を見て回ろうぜ」
「うん、わかった」
クオンはルーチェと手をつないで、街に出て行った。政人とタロウも後に続く。
「ルーチェは意外と、子供の相手がうまいよな」
政人は感心して言った。
「アタシは一人っ子だったからな。弟か妹が欲しかったんだ」
「ねえ、マサトもこっちに来てよ」
クオンにせがまれ、政人はクオンの隣に移動した。そしてクオンのもう一方の手を握った。
クオンは、政人とルーチェに挟まれて歩いている。
その様子を見たタロウが、後ろから声をかけた。
「なんだか、親子みたいですね」
「お、おいタロウ、何を言い出すんだ」
「ア、ア、アタシが母親っ!?」
珍しくルーチェまで慌てている。
政人はタロウに文句を言ってやろうと思ったが、クオンの様子がおかしいのに気付いた。
「ママ……」
どうやら、母親のことを思い出してしまったらしく、立ち止まってしまった。顔をのぞきこむと、涙ぐんでいた。
「あ、ご、ごめん」
タロウは慌ててクオンをなぐさめている。「あ、そうだ、ねえ、綿菓子食べない?」
綿菓子の店を見つけたタロウが、なけなしのお小遣いで綿菓子を買ってきて、クオンに差し出した。「ほら、甘くて美味しいよ」
(なるほど。綿菓子はどこの世界の子供も喜ぶはずだ)
だが、クオンは「こんなのいらない!」と言って、綿菓子を投げ捨てた。
それを見たルーチェがキレた。
「てめえ、食いモンを粗末にするんじゃねえっ!」
ルーチェの剣幕に、クオンは怖がって政人にしがみつき、泣き出してしまった。
「あ、……悪い。つい、本気で怒っちまった」
政人はクオンをなぐさめながら、途方に暮れていた。
(どうすればいいんだろう、俺には子供との接し方がわからない)
それから三人はなんとかクオンをなだめ、ようやく機嫌が戻った。ひと安心していたところ、ガラス製品の店があるのを見つけた。
通りに面したウインドウには、様々な色や形の、ガラスでできた食器が並んでいる。
(そういえば、ソームズ公領の特産品はガラス製品だったな)
店にはガラス工房が隣接していて、工房の前には「ガラス制作、体験できます」と書かれた立て看板が置いてある。
政人はそれを見て、ある考えを思いついた。
「ガラス制作か、なあ、ちょっとやってみないか、クオン」
「僕、そういうのやったことないよ」
「俺もない。だから、やってみたいんだ。な、いいだろ?」
「うーん、マサトがそう言うなら」
クオンはあまり乗り気ではなさそうだったが、やってみることに同意した。
「いらっしゃーい」
工房に入ると、坊主頭にタオルを巻きつけた職人風の男が出迎えてくれた。まだ若く、二十代前半ほどに見える。
政人は、職人の胸に「研修中」と書かれたバッジが付いているのを見て不安になったが、工房を任されているぐらいだから大丈夫だろう、と思うことにした。
「体験希望かい?」
「はい、ちょっといいですか? 実は……」
政人は職人を離れたところに呼んで、考えていることを話した。
「よっしゃ、そういうことなら協力しよう」
「ありがとう」
職人は笑顔でクオンに語り掛けた。
「それじゃ、ボクと一緒にガラスのコップを作ってみようか」
「うん」
「どんなコップがいいかな? この中から選んでくれるかい?」
そして職人は、様々な形のコップが書かれた絵を見せた。
「こんなにいろんな種類があるの?」
クオンは少し迷った後、「これにする」と言って、円筒形で上にいくほど口径が広くなるコップを選んだ。
「よし、じゃあ工房に案内するよ」
こうして、みんなでガラスのコップを作ることになった。
政人たちは職人に教わりながら、ガラスを作っている。
「大丈夫だよ。そこに棒を入れてごらん」
窯の中には、高温でドロドロに溶かされたガラスが溜まっている。
クオンは高温の窯に近寄るのを怖がっていたが、政人に促されて、窯の中に棒を入れた。そして、棒の先端にガラスを巻き取った。
「お、上手い上手い。それじゃ、その棒をこっちに持ってきて」
そして作業台で、職人に指示されるまま、ガラスの形を整えている。
「いやー、上手だなあ、初めてでこんなに上手い子、見たことないよ」
おそらく誰にでもそう言っているのだろうが、褒められたクオンは照れ笑いをしている。
それからクオンは棒をくわえ、息を吹き込んだ。「吹きガラス」と呼ばれる技法だ。
「よし、回しながら息を吹き入れて。そうそうそう」
クオンは小さな口から懸命に息を吹き込んでいる。おそらく、今までこんなに必死になって何かをしたことはないだろう。
それからも職人はクオンのやる気を引き出しながら、丁寧に教えていった。
「いやー、綺麗な形だなあ。ボクの子供のころより、ずっと上手いよ!」
「それじゃ、飲み口を開いていこう。そうそう、回しながらね。うほっ、いい仕事するなあ」
「うわー、こんなに上手い子見たことないよ。君、前世はガラスだったんじゃないの?」
(この職人はいくらなんでも、大げさに褒めすぎじゃないだろうか)
だが、確かにクオンが作りあげたコップは整った形をしていた。
ルーチェの作った歪な形のコップと比べると、その差がよくわかる。十一歳の子供の作品とは思えない。
「アタシはこういう細かい作業は苦手なんだよ」
ルーチェがぼやいた。
クオンは汗でびっしょりになっている。
その顔は、仕事をやり終えた男の誇りにあふれていた。
「どうだ、楽しかったか?」
「うん、こんなに面白いとは思わなかったよ」
クオンは、自分の作品を満足そうに眺めている。
「上手くできたな。俺によく見せてくれるか?」
「うん、どうぞ」
クオンは政人に、自分の作ったガラスのコップを手渡した。政人の称賛の言葉を待っているのだろう。
政人は受け取ったコップをながめた。
そして、それを床に叩きつけた。
コップは割れ、破片が辺りに散らばった。
「お、おい、マサト!?」
「御主人様!?」
政人の奇行にルーチェとタロウが驚いているが、一番驚いているのはクオンだ。
驚くというより、何が起こったのかわからず、呆然としている。
やがて、状況を理解したようだ。
「ひどいよ、マサト!」
そう言って、激しく泣き出した。
「ああ、確かにひどいな俺は。クオンが一生懸命作ったものを壊すなんて、ひどい奴だよな」
政人はしゃがんで、クオンと目の高さを合わせて言った。「でもな、ガラスのコップを壊す俺はひどいが、陶器の人形を壊すクオンもひどいぞ」
「えっ?」
一瞬、何を言われたのかクオンはわからない。だが、やがて自分が王であった頃のことを言われているのだと気付いた。
「僕が……ひどい?」
「陶器の人形を作った人は、自分の仕事に誇りを持っていたはずだ。そして、その人形が大切に扱われることを願っていたはずだ。まさかその人形が、床や壁に叩きつけられて壊されるなんて思わなかっただろうな」
クオンは、腹を立てたりしたときに、人形を壊しまくっていた自分の行為を思い出して、ショックを受けている。
「ぼ、僕……人形を作った人がいるなんて、考えたこともなかった……」
「作った人はいるんだ。目の前にはいなくても、どこかに必ずいる。クオンはずっと自分の部屋にこもってたから、知らなかったんだよな」
王であったころのクオンにとっての世界は、王城の中が全てだった。その外には様々な景色があり、様々な人々が暮らしていることは想像できないことだった。
「僕……なんてことを……」
「さっきの綿菓子もそうだぞ。誰だって、自分が作ったものを大事にしてもらえないと、悲しいんだ」
「僕、どうしたら……」
職人が、クオンの肩をポンと叩いた。
「君がそのことに気付いたなら、人形を作った人もきっと許してくれるさ」
「そうかな」
クオンは、不安そうに政人を見た。
政人は真剣な表情で答えた。
「ああ、俺も許してくれると思う」
帰った後、クオンはじっと考え込んでいた。
その顔は、政人の目には少し大人になったように見えた。




