7.森の中の村で
森の中の村があるという場所へ急ぐ一行。
しかし全速力で駆けることはできない。
体調を崩したラトールは馬車の後部座席、政人の隣に座っているのだが、あまりにも揺れがひどかったので速度を落とさざるを得なかった。
隠れ里のような村に、舗装された道が続いているわけがないのだ。
ラトールはかなりつらそうだ。
「俺のせいで……寄り道をさせてしまい、申し訳ありません」
あえぎながら謝っている様子を見ると、さすがに政人も気の毒になる。
「気にするな。いいから寝ていろ」
政人は立ち上がって席を空け、ラトールを横にさせた。
やがて前方に村が見えてきた。
皆、口々に「ほんとにあったぞ」「すげえ」などと言って驚いている。政人もホッとしていた。
ここはどうやら、三十人ほどしか住民がいない小さな村のようだ。
そこに突然武装した集団がやってきたのでは、村人たちが恐慌をきたすのも当然だろう。彼らは悲鳴をあげながら逃げ出そうとする。
「恐れる必要はない! 我々は神聖国メイブランドの聖騎士隊だ! この村の事を他言するつもりはない!」
隊長が声を張り上げた。「我々の仲間が病気で苦しんでいる! 医者がいるならどうか助けてほしい!」
どうやら徴税の役人でも野盗の襲撃でもないとわかり、村人たちは落ち着きを取り戻していく。
気のよさそうな若い男が近寄ってきて、医者の家に案内すると申し出てくれた。
案内されたのは粗末な家だった。開業しているわけではなく、ただの民家のようだ。
入り口から声をかけると、六十歳前後の男が出てきた。彼が医者なのだろう。
医者の指示に従い、とりあえずラトールを中に運び入れて布団に寝かせる。
それから男は診察を始めた。
簡単な問診の後、口の中を調べたり脈を取ったりしていたのだが、診察が終わってもなぜか首をかしげている。
「うーん、とりあえず頭痛薬でも飲ませてみるか」
(この医者、大丈夫か?)
その口ぶりに政人たちは不安になったが、医者だと言うからには任せるしかない。
男は、自身が調合したという頭痛薬をラトールに飲ませた。
「なんだか楽になったような気がします」
ラトールはそう言って眠ってしまった。
(そんなに早く効き目が表れるものだろうか?)
政人はいぶかしんだが、これ以上できることは何もない。
村には宿泊施設がないのでラトールの看病に一人を残し、政人たちは村の外で野営をすることにした。
翌日、医者の家を訪れると、ラトールは元気になっていた。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
驚くべき回復ぶりだ。
「もう治ったんですか?」
なぜか医者も驚いていた。「まさか、あの薬が効くとは……」
何やらつぶやいているが、政人は聞かなかったことにした。
この一件のあと、皆の政人に対する態度が明らかに変わった。
それまでは政人の護衛の任務に不満そうだったが彼らだが、政人に対して敬意を払うようになった。
特にラトールは、「貴方は私の命の恩人です」と言って、まるで政人が主君であるかのように敬うようになった。
ルーチェは政人の記憶力に驚いているようだ。
「おまえ、すげーな……読んだ本の内容とか、みんな覚えてんのか」
「たまたまだ。さすがに全部は覚えていない」
「アタシは本読んでると、すぐに眠くなるんだ。だからおまえみたいに、たくさん本読んでる奴見ると、すげーって思ってしまうんだよ。なんか妙な本まで読んでるみたいだし」
「まあ、読むのはかなり早い方なんでな。気になった本はとりあえず読むことにしてる」
政人は日本にいた頃から本の虫だったのである、
街道まで戻り、ゾエの街への移動を再開した。
途中、大型のイノシシのような動物が現れた。
「一番槍いただきだ!」
ルーチェはそう叫んで真っ先に近寄り、一撃でイノシシを仕留めた。しかし――、
「ルーチェ、勝手なことをするな!」
隊長はルーチェを叱責した。このような場合、隊長の指示の下で皆と連携して仕留めるべきだったらしい。
父親に叱られたルーチェはシュンとしている。
女であるルーチェは聖騎士になることはできないため、ずっと一人で槍を振るっていた。他人と協力して戦った経験はないのである。
その夜の食事ではそのイノシシの肉を食べた。久しぶりに肉汁のしたたる肉を食べて、政人は満足した。城では精進料理のような味気ない食事が多かったのだ。
ルーチェも肉を食べて機嫌を直したようだ。
そして政人たちが王都を出発して十日後、ついに港町ゾエに到着した。
ゾエの町は壁に囲まれてはいない。郊外に民家や畑がぽつぽつと点在しており、その間を抜けていくと、やがてにぎやかな通りに出た。
人口は一万人程度の町だが、王都に比べて活気が感じられた。海に近いので、かすかに潮の匂いがただよっている。
まず代官に挨拶をすることになり、庁舎へと向かった。
代官だという五十歳ぐらいの男は、突然の聖騎士隊の訪問に驚いていたが、宿舎の手配を請け合ってくれた。
とりあえず、政人が異世界人であることは伏せている。
ゾエの町から二十キロほどの海峡をはさんだ向こうには、レンガルドで最大の島であるサスラーナ島がある。
対岸にはオルダ王国の港があり、そこへは毎日連絡船が出ている。しかし政人はオルダ王国を経由せず、直接ガロリオン王国まで船で行くつもりだった。
だが、ガロリオン王国への定期船は出ていないので、乗せてもらえそうな船を探す必要がある。それは代官に頼んでおいた。
聖騎士隊は政人が船に乗る日までは、一緒にいてくれるという。
宿舎の用意ができるまで、政人はルーチェと二人の聖騎士と共に、町を散策することにした。