69.権力の快楽
女王となったシャラミアは、国土の荒廃ぶりに頭を痛めていた。
五万人の民兵たちは、目的を果たしたことで解散させることになったが、彼らの功績に報いる余裕はない。
政人にもらった五千万ユールの残りで、なんとか最低限の報酬を分配することはできた。
いかし彼らは故郷に帰れば、また貧困にあえぐ生活をすることになる。
それでも、彼らが特に不満も見せずに解散したのは、今後のシャラミアの治世に「希望」を見出しているからだろう。
課題は山積しているが、できることから手をつけていくしかない。
シャラミアは玉座に座り、希望者から順番に謁見を受けている。
権力者にこびへつらって、おこぼれを頂戴しよう、と考える輩はどこにでもいるものだ。
女王となったシャラミアに取り入ろうとする者も、当然現れる。
「信仰深き方が女王となったことは、我々メイブランド教会にとって、喜ばしいことでございます」
今日面会を求めてきたのは、王都の教会に所属する僧侶で「准司教」の位にあるフサーレ・アルコという中年男である。
メイブランド教の位階は、預言者メイブランドの血を引く『神聖女王』メイブランド・レナを頂点とし、その下にレナが任命した「聖教皇」が存在する。
この二人は、神聖国メイブランドの王都に住んでいる。
その下の位は「聖司教」である。これは各王国の王が任命するもので、それぞれの国に一人ずついる。
さらに下には、「准司教」が各王国に四~五人いる。
「我がガロリオン王国では、異端者である『六神派』のケンブローズが、聖司教として長年その任についております。しかし、これは正常な状態とは言えますまい。新女王には公正な人物を、新たに任命していただきたく思います」
「つまりあなたは、自分を聖司教にしろ、と言っているの?」
「えーと、まあ、そういうことになりましょうか。もちろん、私利私欲のためではなく、メイブランドの教えを、国内に正しく広めるためであります」
(確かに、六神派の人間がこの国の信徒の最高位にいるというのは問題だわ)
「考えておきましょう。下がりなさい」
フサーレ准司教は、まだ何か言いたそうだったが、諦めて引き下がった。
次の謁見者は、重要な人物だった。
その人物は、シャラミアの前で土下座し、頭を床につけている。
「この度の父と姉の不始末、お詫びのしようもございません」
「顔を上げなさい、国賊の息子、ロッジ」
ジスタス公の息子であり、王太后の弟であるロッジは、二十三歳の若者である。ジスタス家の跡継ぎではあるのだが、彼がジスタス公になることはない。
ソームズ公とも相談した結果、シャラミアはジスタス家を取り潰すことを決めていた。
ジスタス公領は王領に組み入れ、ジスタス家の財産は、王家が接収することになる。これで国庫は、かなり潤うはずである。
ロッジは顔を上げた。謝罪のつもりなのか、頭を丸めている。男前だったはずのその顔は、泣きそうにゆがんで台無しになっている。
その哀れな姿を玉座から見下ろしたシャラミアは、心の底から湧き上がる優越感を覚えた。
(なるほど、これが権力の快楽というわけね。慎ましかった者が、権力を握ったとたんに増長する理由が分かったわ)
ロッジは顔を上げ、陳情を始めた。
「父と姉の犯した罪は、許されないものと承知はしております。ですが、ジスタス家は建国以来の名家であり、歴史を振り返れば、王国に対して多大な貢献をしてきました。今回の件だけで我がジスタス家を断絶させれば、将来後悔することになりましょう」
(後悔することになる、ですって? 国賊の息子の分際で、私を脅すつもり?)
「過去、不祥事があった家を取り潰した例はいくつもあります。今回のジスタス公と王太后の罪は、それらと比べても全く劣りません」
断固とした口調で告げるシャラミアに対して、ロッジは諦めたような表情を浮かべた。
「ではせめて我が家臣たちが路頭に迷わぬよう、王家で召し抱えていただけますか」
「旧ジスタス公領の統治に必要な最低限の人数は、王家で再雇用しましょう。でも、大半は解雇されると覚悟しておきなさい。あなたの父と姉のせいで、予算が足りないの」
何か言おうとしたロッジを制して、シャラミアは続けた。「それと、王領の民は長い間貧困に苦しんできました。彼らの生活を支えるため、旧ジスタス公領の領民たちには、当分の間、重税を課すことになるでしょう」
「し、しかし、領民たちに罪はありません。彼らに対しては、お慈悲を頂けませんか」
ロッジの卑屈な態度に、シャラミアは腹が立ってきた。
「下がりなさい。あなたの命までは奪わないことに感謝することね」
ロッジはまだ何かわめいていたが、衛兵に引き立てられていった。
―――
ティナはシャラミアが女王になったと聞いて、涙ぐんだ。主の苦労がようやく報われたのだ。
クロアの町は外との交流が少ないため、情報が入ってくるのが遅い。
闇の神殿で居候をさせてもらっていたティナがその話を聞いたのは、クオンからシャラミアに譲位された日から、すでに一週間が経っていた。
(シャラミア様にはここで待機するようにと言われていますが、もう、ここにいる意味はありませんよね)
ティナは王都に行くことにした。自分の居場所はシャラミアのそばなのだ。
とはいえ、黙って出て行くわけにもいかない。お世話になった聖司教には挨拶をしていかねばならないだろう。
部屋を出た。途中で出会った僧侶に聖司教の居場所を聞いてみる。
「聖司教様はどこにおられるか、御存じですか?」
「さあ……私には存じかねます。図書室か祈りの間におられることが多いのですが」
「そうですか、ありがとうございます」
まず、二階の祈りの間に行ってみた。
扉を開けると、何人かの僧侶が祈りの詞を唱えているのが見えたが、聖司教の姿はない。
そこで、地下にある図書室に行ってみることにした。シャラミアと共に、何度か入ったことがある。
だが、図書室にも聖司教はいなかった。
仕方ない、出直そうと思って引き返したところ、どこからか聖司教らしき人の声が聞こえてきた。
耳をすますと、廊下の奥の部屋から聞こえてくる。
近づいてみると、確かに聖司教の声だった。誰かと話しているらしい。
(お話し中であれば、やはり出直したほうがいいですね)
そう思ったとき、中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「聖司教殿、クオンがどうなったのか、どうか調べてください」
(この声は……王太后陛下!?)
王太后がこんなところにいるはずがない。しかし、この声を聞き間違えるわけがない。
ティナは聞き耳を立てた。
「ソームズ公に引き取られることになったらしいと、お伝えしたはずですが」
「もっと詳しい話が聞きたいのです。ソームズ公は、あの子をどのように扱うつもりなのですか? 日々どんな暮らしをしているのですか? 王族として生きるのですか? それとも庶民として生きるのですか?」
「あなたの気持ちはよくわかります。母親が子供の心配をするのは当然のことです。でも、あなたは世俗との関わりを捨てなくてはなりません。それが、私があなたを助ける条件です。我々の立場は微妙なのです。新王が六神派をどのように扱うかは、まだわかりません。我々は王家の争いに巻き込まれるわけにはいかないのです」
「それは……そのとおりです。あなたが私を女王に引き渡さないだけでも感謝しております」
「私には、たとえどんな悪人であったとしても、助けを求めて迷い込んできた者を、死に追いやることはできません。その代わりあなたは、自分はもう死んだものと思ってください」
聖司教の声は優しく言い聞かせるようだった。「それでも、クオン君の消息についてだけは、できる限り調べて、お伝えしましょう」
「ありがとうございます」
王太后の声は、涙ぐんでいた。
(大変なことを、聞いてしまった)
ティナはその場を後にした。
王太后がここにいることを、シャラミアに伝えねばならない。




