68.政人とクオン
シャラミアとダンリーがクオンの処遇について話しているのを、政人たちは聞いていた。
クオンを殺すべきだというダンリーの言葉を聞いて、腹が立った。政人にとって、子供を傷つけることは許せないのである。
すぐに「ふざけるな」と言ってやりたかったのだが、自重した。
それを言うのはシャラミアの役目だと思ったからである。
だがシャラミアは、クオンをかばおうという意志は示すものの、ダンリーの言葉をはっきりと否定しようとはしない。
(何をやってるんだ、シャラミアは)
政人は我慢できなくなって声を上げた。
「ふざけるなっ! その子に何の罪があるというんだ!」
そう言って政人が近づくと、ダンリーの表情は怒りにゆがんだ。
「またおまえか。誰がここに来ていいと言った。関係ない奴は出ていけ!」
「俺はここにいて当然の人間だ。お前よりずっと早くからシャラミアに協力しているんだからな。それより答えろ! その子に何の罪がある?」
「さっきも言ったが、クオンは女王となるシャラミア様にとって、危険な存在だ。将来シャラミア様に復讐しようとするかもしれないし、野心ある者に利用されるかもしれない。王であることが罪なのだ」
「おかしなことを言うな。『将来やるかもしれない』は罪とは言わない。まして『他人から利用されるかもしれない』は、本人には何の関係もない」
「屁理屈をこねるな! シャラミア様にとって危険な存在だから、殺すべきだと言っている」
「シャラミアにとって危険な存在なのは、子供を殺すように唆し、王としての道を踏み外させようとする人間だ」
(おまえのようにな)
ダンリーは苛立ちを隠せない様子だ。
「そいつは国民が貧困に苦しむ中、高価な陶器の人形を壊しまくって、国費を浪費していたんだぞ!」
「クオン王はまだ十一歳だぞ! 子供が悪いことをしていたら、それを注意するのは大人の責任だ。悪いのは周りの大人たちだ!」
政人はダンリーに指を突き付けた。「本当に罰するべきは、無謀な城攻めを強要し、何千人もの民兵の命を奪った人間の方じゃないのか?」
「貴様!」
ダンリーは政人に殴りかかろうとしたが、ルーチェの眼光に射すくめられて動けなかった。
政人はシャラミアに向き直った。
「シャラミア、君までクオンを殺すなどとは言わないだろう?」
「え、ええ……そうね」
シャラミアは戸惑っているようだ。「でも、彼をどう扱ったらいいかしら。この城に住まわせるのはどうかと思うし……」
(女王になると決意してからかなり経つのに、クオンをどうするか考えてなかったのか?)
「彼には教育が必要だ。だが、その前に心のケアが必要だ。しかるべき家に預けて、保護してもらおう」
「でも、誰に預ける? さっきダンリーが言ったように、野心ある者が担ぎ出す恐れは、確かにあるぜ」
ギラタンが言った。
「シャラミアが、絶対に信用を置ける人間に預ければいい」
政人はソームズ公にちらっと目をやって、言った。「ソームズ公に預かってもらってはどうだ?」
「私が?」
成り行きを見守っていたソームズ公は、突然自分の話になったので驚いたようだ。
「閣下、あなたはクオンを擁立して、権力を得ようという野心がおありですか」
「あるわけがない」
政人はシャラミアに向き直った。
「シャラミア、君もソームズ公なら信用できるだろう?」
「それは……もちろんそうです」
「ならば、クオンをソームズ公に預けることに同意してくれないか」
「ええ……」
シャラミアは迷っているようだ。意見を求めるように、ネフとギラタンに顔を向けた。
「シャラミア様のご随意に」
「俺はいい話だと思いますよ」
二人とも賛成なようだ。
それでもためらう様子のシャラミアに、政人は言った。
「俺が五千万ユールの戦費を提供したことについて、その功績にいつか報いると約束してくれたよな?」
「はい、そうでしたね」
「今、報いてくれ。俺の提案を受け入れ、クオンをソームズ公に預けることに同意してほしい」
「そこまでしてクオンを……。わかりました。あなたの言う通りにしましょう」
「ありがとう」
ソームズ公はやれやれという様子で、ため息をついた。
「マサト。君は、私がクオンを受け入れると決めつけているようだな」
「クオンを預かって頂けないのですか?」
「こうなった以上、断れるか。だが、言い出した君にも責任を取ってもらうぞ」
「私がですか?」
「クオンと一緒に公都に来てもらう。そして、しばらく彼の面倒を見てもらおうか」
(まあ、仕方ないな)
「わかりました。そうします」
政人は部屋の隅で震えている少年に近寄っていった。
そしてしゃがみ込み、笑顔を見せながら、少年の肩をぽんとたたいた。
「もう大丈夫だぞ。俺はマサトだ。これからよろしくな」
クオンは大きな目で政人を見つめている。
(うーん、俺の顔は怖いらしいからな。あまり怖がらせない方がいいな)
政人は立ち上がろうとした。
だがその前に、クオンは政人に抱きつき、その腹に顔をうずめた。
「ああああああああっ! うああああああああっ!」
堰を切ったように泣き出した。
クオンには、この世で自分の味方は、政人しかいないように思えたのだろう。
「ひっく、……ひっく、……ううう、ひっく」
やがて、しゃくりあげて、肩を震わせた。
政人はクオンの頭をなでてやりながら、話しかけた。
「大丈夫だよ。もう誰も君を傷つけない。俺が一緒にいてやるから」
政人は服が涙や鼻水で汚れるのも構わず、クオンが泣き止むまでそのままでいてやった。
翌日、形だけの譲位の儀式を行い、王位はクオンからシャラミアへと移った。
この後の予定としては、即位式を行うために諸侯を招集し、シャラミア女王に忠誠を誓わせる。
その際に「降神の儀」を行い、火、土、風、水のいずれかの神の加護を受けることになる。
その後は政人との約束通り、ケンブローズ聖司教に闇の神の加護を授けてもらうことになるが、それは政人がソームズ公領から帰って来てから、ということになった。
気がかりなのは、王太后が見つからないことだ。城内をくまなく探したにもかかわらず、見つからない。これからは、城外を含めて捜索を続けることになる。
ソームズ公は即位式に出席するため、ソームズ軍の半数の兵士と共に、王都に残ることになった。
政人たちとクオンは残りの半数の兵士と共に、公都ホークランへと向かった。




