66.王都陥落
ジスタス家の援軍が撃退されるのを目にした王太后テラルディアは、自分たちに勝ち目はないことを悟った。
ソームズ軍が王都に攻め入り、ここまでやってくるのは時間の問題だろう。
(私はまだ死にたくはない)
シャラミアは、自分を罠にはめて死刑にしようとしたテラルディアを、決して許さないだろう。
(誰か私を助けて)
その時、テラルディアの頭に浮かんだのは亡き夫、先王ヴィンスレイジ・アイオンだった。
それは、彼女が十七歳で王に嫁いで間もないころ。まだクオンが生まれる前のことだ――。
―――
「ここですか? 私に見せたいものがあるというのは」
テラルディアがアイオンに連れてこられたのは、王城の地下墓所だった。
「ああ、ここにはガロリオン王国の歴代の王たちが眠っている。私もいずれ、ここに入ることになる」
アイオンは地下墓所の奥、古ぼけた扉を指さした。「私がおまえに見せたいものは、あの扉の奥にある」
アイオンは懐から鍵を取り出して、その扉の錠をはずした。
「この中に入ることができるのは、王とその配偶者だけだ」
そう言って、テラルディアをその部屋に導き入れた。
「これは……!」
そこは壁面が石でできた、正方形の狭い部屋だった。
正面には祭壇が設けられており、そこには六柱の神々の像が祀られていた。
嫌でも目に付くのは、光の女神の像の隣に鎮座する、両目を閉じた長髪の男性の像――。
「闇の神の像……」
「そうだ、メイブランド教では異端の神とされている、闇の神の像だ」
テラルディアは目まいがした。見てはならないものを、見せられている。王家の墓所の奥に闇の神の像が祀ってあるなど、あってはならないことだ
「この部屋を作ったのは、第二十四代ガロリオン王、ヴィンスレイジ・メランティーヌ女王だ。彼女は、異端とされていた六神派のカラパスカに恋をして、自らも闇の神を信仰することにした」
「メランティーヌ女王自身は、六神派ではなかったはずでは?」
歴史書にはそのように書かれている。
「女王は、それを公表すると国を統治する上で不都合が生じることを理解していた。王が異端者では、反発する国民がいるだろうからな」
「つまり、隠れてこっそりと信仰を続けていたのですか?」
「そうだ。表向きは自身は五神派であると宣言し、また子孫に対して六神への信仰を強要することもしなかった。その代わり、六神派を差別してはならない、という取り決めを作った。それが遺訓として、代々の王に受け継がれてきたのだ。だからこの部屋も、そのまま残されている」
「でも六神派信徒はクロアの町に住み続けねばならないと、法で定められていますよね。それは差別ではありませんか? 住む場所を自由に選べないというのは」
そう言うと、アイオンは痛いところを突かれた、というように苦笑いをした。
「確かにな。だが、上に立つ者が取り決めを作っても。差別の感情というものは、庶民の間から湧き出るように生まれてくるものだ。だから住む場所を分けて互いが交わらないようにする、というのは一つの知恵ではある」
「なるほど、そうかもしれませんね」
「信仰は個人の心の問題だから、王といえども強制はできない。だが、それによる軋轢が生まれないようにするのは、政治家としての王の仕事だ」
「では、私たちの間に子供ができたら、その子にもよく言い聞かせましょう」
「そうだ。六神派を差別しない、という遺訓は必ず守らせる。おまえもそう心得ていてくれ」
「わかりました」
それからアイオンは、深刻そうな表情になった。
「だが、不安なことがある」
「なんでしょうか?」
「セイクーンの奴が、六神派に強い憎しみを持っているようなのだ」
「あなたの弟君が?」
「もし私たちの間に子が生まれなければ、王位は奴が継ぐことになる。そうなれば遺訓に背き、六神派を迫害するかもしれない。すでに、まだ五歳の自分の娘シャラミアに、六神派の害悪について教え込んでいるようだしな」
「そうなのですか……。では、なんとか私たちの子供を授からなければなりませんね」
「う、うむ。そうだな……」
アイオンは照れくさそうな様子を見せた。彼はテラルディアよりかなり年上なのだが、子供のように純真なところがある。
「それより、見せたいものがあるのだった」
「この、闇の神の像のことではないのですか?」
「それもだが、もう一つある」
そしてアイオンは、祭壇の脇に移動した。
「ここだ。ここにスイッチがある。これを押すと、仕掛けが作動する」
「仕掛け?」
アイオンがスイッチを押すと、祭壇が横にスライドし、その下から階段が現れた。
「これは……」
「これを降りると地下道に出る。そして、その地下道はクロアの町の闇の神殿の地下につながっている」
「六神派の総本山に!?」
「この地下道を造らせたのは、メランティーヌ女王だ」
アイオンは言いにくそうに続けた。「当時、闇の神殿に住んでいた恋人のカラパスカと、隠れて逢瀬を楽しむために造らせたものだ」
「メランティーヌ女王はそんなことを……」
テラルディアは呆れた。女王たる者が不倫をするために地下道まで造らせたというのか。
「それで、なぜこれを私に見せたいと思われたのですか?」
「うむ、まあ、そんなことはないだろうとは思うのだが――」
アイオンは、テラルディアが不安にならないように笑顔で言った。「万が一、この城が敵に攻められて追い詰められたときは、ここから脱出することもできる、ということだ」
―――
ソームズ公が作らせていた攻城兵器は、攻城塔だった。
それは城壁よりも高く木材を積み上げた櫓で、下に車輪がついていて動かせるようになっている。櫓の内部は多層構造になっており、各層に兵士を配置することができた。
ソームズ家の工兵隊は、わずか十七日間で、この攻城塔を四基も作っていた。
四基の攻城塔が近づいてくるのを見た防御側の兵士たちは、恐慌をきたした。
「あれに火矢を射かけろ!」
王家の指揮官の命令により、攻城塔に火矢が放たれるが、なかなか火はつかない。攻城塔の外側には動物の皮が張り巡らされており、燃えにくくなっているのだ。
そして遂に、攻城塔が城壁に隣接し、最上部に渡し板が架けられた。
ソームズ軍の兵士が後から後からなだれ込むと、城壁の上にいた兵士たちはたまらず逃げ出した。
内部を制圧したソームズ軍は、中から城門を開いた。
王都ヴィンスレイジアは、ここに陥落したのである。
ソームズ公は、アクティーヌ軍や民兵が王都に入るのを許さなかった。略奪を防ぐためである。
統制のとれたソームズ軍は、怯えて逃げ回る住民には目もくれず街路を突き進み、王城に突入した。
メランティーヌ女王については「40.六神派の史劇」を参照してください。




