65.戦場に舞い降りた鷹
ソームズ公自らが率いる、八千人の軍が進発した。
公都の守備兵も残さねばならないので、全兵力で攻め込むわけにはいかないが、ソームズ公は八千で十分だと考えているようだ。
内訳は、騎兵が千、歩兵が五千、工兵が二千である。
「工兵」は、ソームズ家が独自に編成している兵科で、他領には存在しない。
戦場では陣地を構築したり、橋を架けたり、坑道を掘ったりなど、土木工事が欠かせない。他領では一般の兵士がそのような工事を行うのだが、ソームズ家では、専門的な訓練を受けた工兵を中心に作業を行う。
今回の行軍でも、工事に使うためか、大量の木材を運んでいた。
政人たちは、ソームズ公と並んで中軍にいる。
「ルーチェ、あれを身に着けて動けるか?」
政人は、歩兵と騎兵が重装備に身を固めているのを見て、聞いてみた。
「アタシは絶対にイヤだな。重すぎて動けない」
「夏は蒸し暑そうですね」
タロウも眉をひそめている。
「敵の矢を防ぐには必要な装備なのだ」
ソームズ公が答えてくれた。「あれを着ているからこそ、兵士たちは恐れずに戦うことができる」
そんな重装備のソームズ軍が王都前に到着すると、五万の民兵は大歓声をあげた。
民兵だけでなくアクティーヌ家の兵も歓喜に沸き立っていた。
シャラミアとアクティーヌ公とダンリーが出迎えに来た。
「ソームズ公、援軍感謝致します。ソームズ軍の勇姿を見て、心強く思います」
「うむ。シャラミア、後は我々に任せておけ」
「閣下、噂に名高いソームズ軍のお手並み、拝見させていただきましょう」
ダンリーがそう言ったが、ソームズ公は、ちらと一瞥をくれただけで相手にしなかった。
「さっそく戦場を見てみよう」と言って、数人の供を連れて視察に行った。
「マサト、ソームズ公を連れてきてくれて、ありがとう」
「いや、俺が行かなくても来てくれたさ」
「あなたが出してくれたお金で、武器と食料を買うことができました。この功績にいつか報いると約束します」
「ああ、期待している」
シャラミアに対する政人のぞんざいな口の利き方には、ネフとギラタンはもう慣れたようだが、ダンリーは不服そうだ。
「君は平民の分際で、ずいぶんと無礼な態度だな。我々と対等だとでも思っているのか?」
「思わないさ。平民を死に追いやってふんぞり返っている貴族様よりは、よっぽど偉いと思ってるからな」
と政人が答える前に、ルーチェがダンリーの胸倉をつかみ上げていた。
「アタシはてめえみてーな口だけ野郎が大嫌いなんだ! 偉そうな口を利く前に、自分で直接兵を率いて戦ってこい!」
慌てて周囲の者たちが、二人を引き離した。
ダンリーは信じられない事態に、放心して声も出ないようだ。
(俺のダンリーに対する怒りが、ルーチェにもうつったのかな?)
「行こう、ルーチェ」
政人はこれ以上厄介ごとが起こる前に、その場を離れた。
ソームズ軍の工兵隊は、木材を使って、何かを作り始めた。
(たぶん、攻城兵器だろう)
さすがに専門的な訓練を受けている工兵だけあって、動きがきびきびしている。一人ひとりの兵が、自分が何をするべきか分かっているようだ。
また、別の一隊は、木を格子状に組み上げた、柵のようなものを作り始めた。高さは、人の身長ほどはありそうだ。
「馬防柵ですか?」
「ほう、よくわかったな」
ソームズ公は、政人の言葉に頷いた。
馬防柵を使った合戦といえば、日本で有名なのは、戦国時代の「長篠の戦い」だ。
織田・徳川連合軍が、武田家の騎馬隊を防ぐために作ったものである。
連合軍は騎馬隊を馬防柵で食い止め、そこを鉄砲で狙い撃って、勝利を収めた。
「敵の騎兵を馬防柵で食い止め、そこを弓で攻撃するのですね」
この世界には鉄砲はまだ無いから、そういうことになるだろう。だがソームズ公は、政人の言葉を否定した。
「いや、この柵は敵の進路を妨害するだけだ。民兵が攻撃されないように別の場所に誘導する必要があるからな」
「そうなのですか? てっきり柵の手前に弓兵を待機させておいて、柵で突進が止まった騎兵を射撃するのだと思ってましたが」
「柵の前に弓を構えている敵が見えているのに、わざわざ柵に向かって突っ込んでくるバカもいないだろう」
(言われてみれば、その通りだな。じゃあ、なんで武田家の騎馬隊は柵に向かって突っ込んできたんだ?)
政人の高校レベルの歴史知識では、詳しいことは分からない。いわゆる「三段撃ち」は実際には行われなかったことを知っている程度だ。
だがその時、政人の頭に奇抜な発想が浮かんだ。
(じゃあ、敵の目に柵が見えなければ、突っ込んでくるんじゃないか?)
政人はソームズ公に進言してみることにした。
「では、柵をこんな風に作ってはどうでしょうか」
(問題はこんなものを作れるかどうかだが、名高いソームズ家の工兵隊ならあるいは……)
政人は地面に棒で図を描いて、説明した。
政人の説明を聞き終えたソームズ公は、うなった。
「これは……ううむ……そうなると……」
ソームズ公は政人の案が上手くいくかどうか、歩きながら検討している。やがて、カッと目を見開いたかと思うと、政人の両肩をがっしりと掴んだ。
「いけるぞ、これは! 見事な策だ!」
笑顔を作ることができないソームズ公は、般若のような形相で政人を称えた。
政人は恐怖をこらえて確認する。
「ところで、これはジスタス家の援軍に対する馬防柵ですよね?」
ソームズ公は、ここに敵が来ると思っているからこそ、柵を作っている。そして、この柵の向こうからやってくる敵と言えば――ジスタス家の軍である。
ジスタス公領は王都の西側にあり、そこから王都まで来ようとすれば、ここを通るしかない。
それ以外のルートとしては、迂回してハルナケア山地を越えてくることも不可能ではないが、時間がかかりすぎる。
「そうだ。ジスタス家の騎兵は強力だからな」
「他の諸侯からの援軍には備えなくてもいいのですか?」
政人は、タンメリー女公は援軍を出さないだろうと思っている。
女公領からここに来るには、山越えをしなければならないし、あの合理主義の権化のような女公は、既に王家を見限っていると思えた。
問題は残りの二人の諸侯、ルロア公とカルデモン公がどう動くかである。
「他の諸侯は動かんよ」
当たり前のようにソームズ公が言った。ならばそうなのだろう。政人としては、戦いを見守ることしかできない。
それから四日後、予想通りジスタス軍が現れた。斥候の報告では、その数は八千。
それに対するは、ソームズ家の五千の歩兵と一千の騎兵だ。工兵隊は遊軍として控えている。
「あの鷹の家紋の旗印は我らの宿敵、ソームズ軍だ! どうやら、弓兵を中心に隊列を組んでいるようだな」
ジスタス家の指揮官は、ソームズ軍の前衛が弓を構えているのを見て言った。
弓兵は接近されると脆い。騎兵で一気に距離を詰めれば、敵は総崩れとなるだろう、と考えたのは無理もない。
「目標は敵の弓兵! 皆の者、遅れをとるな。突撃ーーっ!」
指揮官の号令に従い、ジスタス軍の騎兵は突っ込んできた。
なぜ突っ込んできたかといえば、彼らには馬防柵が見えていないからである。
政人の案によって作られた馬防柵は、横から見ると「L」の字になっている。
Lの字の長い縦棒の部分は普通の柵である。
そしてLの字の横棒の部分は厚い板になっており、それを地面に杭を打ち付けて固定してある。
そして、縦棒の柵と横棒の板の連結部には蝶番をつけて、片開きドアのように開閉できるようにしてあるのだ。
戦闘前には、縦棒の柵の部分を横棒の板の上に重ねて地面に倒し、その上から軽く土をかぶせて、見えなくしておく。
また、柵の手前にはストッパーとなる杭を打ち込んで、柵が九十度までしか開かないようにしてある。
ジスタス軍からは、ストッパーとなる低い杭しか見えないことになる。
柵の上端には、何か所もロープがついており、そのロープを手前に引くことで、柵を立たせるようになっている。
一言で言えば、倒してあった柵を引っ張り起こすのである。
政人は短期間で木の蝶番を作れるかどうか不安だったが、工兵隊は見事にやってのけた。
ソームズ公は、敵の騎兵が近づいたタイミングで号令を出した。
「起こせ!」
兵士たちがロープを引っ張り、馬防柵を起き上がらせた。
馬というのは、障害物があると本能的に立ち止まってしまう動物である。そして、急には止まれない動物である。
突然目の前に現れた柵に驚いた馬は、体勢を崩した状態で柵に突っ込み、倒れこんだ。
さらにその後ろから味方が突っ込んできて、折り重なって倒れた。
「放て!」
そこに、ソームズ軍の弓隊の一斉射撃が襲い掛かった。
ジスタス軍の騎兵はバタバタと倒れていく。
さらに、柵を回り込んできたソームズ軍の騎兵の突撃を、左右から受けることになった。
王都の兵士たちは城壁の上から、ジスタス家の援軍が一方的に討たれる様子を見ていた。
援軍に期待していた彼らは、絶望に打ちひしがれた。




