61.反乱軍誕生
アクティーヌ・ダンリーは、自分の見込みが甘かったことを認めざるを得なかった。
ここはアクティーヌ公領の公都の城門前である。そこにアクティーヌ家の二千の兵が整列しており、その先頭にはアクティーヌ公とダンリーが立っている。
そして彼らが見渡す周囲には、アクティーヌ家の決起に呼応して集まった民兵の群れが、ざっと三万はいるだろう。しかも、まだまだ増え続けている。
だがそのほとんどの者は、戦った経験などない。中には戦力になりそうにない、女や老人も混じっている。
出身地もバラバラで、全く統率が取れていない。
剣や槍などの、まともな武器を持っている者は少数で、多くの者が持っているのは、鋤や鍬などの農具、木の棒、ナイフなど、とても合戦で使えるような代物ではない。
中には何も持っていない者もいる。
(こいつら、丸腰で戦うつもりか?)
これでは、城壁に囲まれた王都を攻めるなど不可能である。それどころか、武装し訓練を受けた兵が相手ならば、千人の軍にも蹴散らされるだろう。
そして、何よりも問題なのは――
「おい、兵糧はどれくらい用意できる?」
アクティーヌ公が、配下の将軍に聞いている。
「はっ、六十日分は用意できるかと」
そして将軍は、言いにくそうに付け加えた。「アクティーヌ家の軍だけであればですが」
アクティーヌ公の顔面は蒼白になった。
「ダ、ダンリー! お前の言う通りに、各地に檄を飛ばした結果がこうだぞ。どうするつもりだ! 兵糧がなくなれば自滅するしかないぞ!」
「提案したのは僕ですが、その案を採用すると決めたのは父上でしょう。僕だけに責任を押し付けないでください」
周りの民衆たちからは、「どうした!」「まだ王都を攻めないのか!」などと、無責任な声が聞こえてくる。
「はあ……民衆がここまでバカだとは思わなかったな」
ダンリーが呆れたように言った。「仕方がない。ガンフェランの関を攻め落としましょう。あそこには大量の兵糧と武器が蓄えられてるはずだ」
「ガンフェランの関だと?」
ガンフェランの関はここより西、約百キロの距離にあり、ガロリオン王国の西隣のウェントリー王国との国境に築かれた関所である。
ガロリオン王国が、ウェントリー王国に対する防衛のために作った防衛施設だ。
高さ六メートルにもなる壁が全長二キロにもわたって続いており、関所というよりも城塞と言った方がふさわしい。
その周囲は険しい地形に囲まれており、もしウェントリー王国からガロリオン王国に攻め込もうとすれば、この関所を突破しなければならない。
「あの関所は、ガロリオン王国側から攻められることを想定しては造られてはいませんから、少数の兵でも簡単に落とせるでしょう。今は戦時下ではないから、駐留している兵はせいぜい三百人ぐらいですしね」
「ガンフェランの関を落としてしまって、もしウェントリーから攻められたらどうするんだ?」
「ウェントリー王国とは、今は友好関係にあるから大丈夫でしょう。千人ほどの兵で攻めれば、関所の兵は戦わずして降伏するはずです。そこにある兵糧と武器だけ、頂いていきましょう」
「しかしな……」
アクティーヌ公はまだためらっているようだったが、どうやらそれしか手が無さそうだと理解し、腹を決めた。
「わかった、では軍を二つにわけよう。ダンリー、千人の兵を率いて、ガンフェランの関を落としてきてくれ」
「いや、僕がここに残りましょう。父上では、この三万の民衆を抑えられないでしょうから」
息子からのあまりにも無礼な言葉に、アクティーヌ公は呆気にとられた。
「おまえ、父親に向かって――」
「あいつらは怒りに駆られた暴徒です。これ以上不満が高まれば、その怒りの矛先がこっちに向かないとも限りませんよ」
「ぐぬぬ……」
アクティーヌ公はなんとか言い返そうとしたが、確かに自分がここに残っても三万もの人数を制御できる自信はない。
「わかった、儂が関所を落としてくる。お前はしっかりと、奴らを抑えていろよ。いいな」
せめてもの体面を保ちながらそう言うと、アクティーヌ公は去って行った。
(やれやれ)
それからしばらくして、兵士が驚くべき報告をしてきた。
「公子。王都から逃げたはずのヴィンスレイジ・シャラミアがやって来て、面会を求めていますが」
「シャラミアが?」
「どうします? 捕えて連れてきましょうか」
「バカかお前は、捕えてどうする。シャラミアは王家に罪を着せられ、逃亡した人間だぞ。僕たちにとっては味方だ。丁重に案内しろ」
「はっ、失礼致しました」
(これは……救いの女神がやってきたのかもしれないぞ)
ダンリーはほくそ笑んだ。
それからシャラミアとネフとギラタンが、兵士に連れられてやってきた。
「これはシャラミア様、お久しぶりです。こうしてお会いするのは、三年前のクオン王の即位の儀以来ですね」
そしてダンリーは、シャラミアの立ち姿を見て言った。「もうすっかり、大人になられましたね。時の過ぎるのは早いものです」
「ええ、ダンリー公子も立派になられました。以前は『一生働かずに過ごせたらなあ』なんておっしゃっていましたが――」
シャラミアはあたりの群衆をながめて、皮肉をこめて言った。「こうして無辜の民を戦に駆り立てて王家に反逆するほどに、人生に積極的になったのですね」
「僕だって、人質にされ、殺されるぐらいなら抵抗を選びます」
「人質?」
「御存じなかったですか? 諸侯たちには、嫡子を人質として王都に住まわせるよう、命令が出ているんです」
「それは……知りませんでした。そうですね、確かに今の状況で人質に出されるなんて危険すぎます。従うわけにはいかないでしょう」
シャラミアはあたりをキョロキョロと見回して言った。「ところで、アクティーヌ公はどこにおられますか?」
「父はガンフェランの関を攻めに向かいました。兵糧と武器を得るためにね」
「ガンフェランの関を!? なんということを! あそこはウェントリー王国に対する重要な防衛拠点ですよ」
「民兵は三万を超え、まだ増え続けてます。兵糧はどうしても必要です」
「民兵を解散させればいいでしょう。彼らを無駄に死に追いやるのはやめて!」
「残念ながら、もう無理です。見てください、彼らの顔を。殺気立って冷静に話ができる状態じゃない。僕や父では、彼らを統率することができないんです。彼らはアクティーヌ家の兵が少ないのを見て、失望しています。所詮は、弱小諸侯だと侮っているんですよ」
民兵たちはいつまでたっても王都へ進軍しようとしないアクティーヌ家に対して、しびれを切らしているように見える。今にも自分たちだけで進軍するかもしれない。そうなっては、まさに無駄死にだ。
「僕には彼らを従えることができません。……シャラミア様、彼らを救いたいですか?」
「もちろんです」
「わかりました。では、力をお貸しください」
ダンリーは民衆に向き直り、声を張り上げた。
「聞け! 王家に立ち向かう勇気ある者たちよ!」
民衆は静まり、話を聞く態勢になった。
「我らアクティーヌ家は他の諸侯に先駆けて、反旗を翻した。諸君と力を合わせ、王家を打ち倒すと誓おう!」
民衆から、「よく言った!」「俺たちならできる!」と声が上がる。
「だが、アクティーヌ家は王国を支える諸侯として、国の未来を考えねばならない。クオン王を玉座から引きずり下ろし、ジスタス公や王太后を倒しただけでは、終わりではない。その後に、真に国民のためを思って政治を行う、新しき王を立てねばならない!」
あちこちから、「その通りだ!」「新しき王を!」との声が上がる。実は、彼らの中にはダンリーが用意したサクラが混じっている。
「そして、我らの王となる資格を持つ者が、ここにいる!」
ダンリーはシャラミアの手を引いて、民衆の前に立たせた。
「彼女こそは、ヴィンスレイジ・シャラミア。あのヴィンスレイジ・セイクーンの娘だ。王位に就く資格は充分にある。彼女はジスタス公と王太后に無実の罪を着せられることになった。だが彼女は必死に逃げ出し、今、諸君の目の前に立っている!」
ダンリーはシャラミアの手を掴んで、その腕を高く引き上げた。
「新しきガロリオンの女王を称えよ! 女王シャラミアの名を称えよ!」
「シャラミア!」「シャラミア!」「シャラミア!」
民衆の声は、やむことなく続いた。




