60.クーデター計画の頓挫
政人とルーチェは、クロアの町へと街道を急ぐ。
街道沿いには、いくつか町があったのだが、どの町も殺伐とした雰囲気に包まれていた。
人の集まる場所には立札が立てられ、ガレンの町で扇動者が話していたのと同じ内容の檄文が書かれていた。
話を聞いてみると、やはりアクティーヌ家の人間がやって来て演説をし、それを聞いて発奮した人々は、アクティーヌ家の軍と合流するため、アクティーヌ公領に向かったという。
元々、何かきっかけがあれば、武器を取って立ち上がろうと考えていた人々なのだろう。アクティーヌ公は、うまくきっかけを作ったと言える。
クロアの町がどうなっているかわからない。政人たちは、日が暮れるまで馬を駆けさせた。
暗くなってきたので、野営することにした。
野営は今まで何度もやってきたので、もう手慣れたものなのだが、今回の旅は少々勝手が違っている。
ルーチェと二人きりなのである。
今までは常に、他に誰かがいたのでそれほど意識しなかったのだが、こうなると彼女が「女」であることが気になってきた。
これまでも、ルーチェやハナコが着替える時は、政人は後ろを向いていたし、その逆の場合もそうしていた。
だが、二人きりになってみると、そんな行為も気恥ずかしいものに感じられる。
ルーチェは客観的に見れば「美人」と言っていい顔立ちである。
化粧などしたことがないであろうその顔は、つり目だが鼻筋が通っており、肌は絹のようになめらかで、すっぴんのままでも十分美しい。
さらには、笑うとかわいい。
そんな女が、真っ暗なテント内で、隣に寝ているのである。
「どちらかが見張りをしなくていいのか?」
「アタシは殺気を感じれば、目が覚めるから大丈夫だ。マサトもしっかり眠っとけよ」
そう言ったかと思えば、既に寝息を立てている。
(なんでこいつは、この状況ですぐに眠れるんだ。俺のことを男だと思ってないのか?)
政人はルーチェが女であることを意識してしまった。こうなると、なかなか眠れない。
やがて、ルーチェが寝返りを打ち、顔を政人の方に向けた。
寝顔というものは、誰しもが無防備な顔をさらすものである。「殺気で目が覚める」などと言っていた彼女だが、あどけない顔をして安心しきったように眠っている。
ため息をつき、反対側に寝返りを打ってルーチェに背中を向けた。
(意地でも眠ってやる)
そして目を閉じて、何も考えないようにした。
しばらくすると、後ろから寝言が聞こえてきた。
「マサトは……むにゃ……アタシが……守る」
その声を耳にした政人は安心感に包まれ、いつしか眠りに落ちた。
政人たちはクロアの町にたどり着いた。
町の様子は、以前と変わっていないように見えた。行き交う人々は、普段通りに落ち着いているようだ。
「ちょっといいですか?」
通りすがりの人に聞いてみる。
「なんでしょうか」
「この町にアクティーヌ家の人間が来て、演説をしていった、ということはありませんでしたか?」
「さあ、聞いたことないですねえ。この町に諸侯の関係者が来たら、かなり話題になるはずなんですが」
「そうですか、ありがとうございます」
どうやら、クロアの町には扇動者が来ていないようだ。まだ来ていないだけ、という可能性もあるが、おそらくは無視されているのだろう。ここが六神派信徒の町だから。
シャラミアたちに会うため、闇の神殿に向かった。
入り口にいた僧侶に用件を告げると、シャラミアの部屋に案内してくれた。
扉をノックすると、侍女のティナが顔を出した。
「あっ、マサト様。お帰りなさいませ、金策はうまくいきましたか?」
「ああ、金は手に入れた。シャラミアはいるか?」
「それがシャラミア様は、ネフ様とギラタン様を連れて、町の外に出ていかれました」
(出て行っただと? 当分この町に隠れていると決めたはずだが)
「どこに行ったんだ?」
「それが……私にもよくわからないのです。傭兵を探しに出ていったクリッタ様が帰ってきて、アクティーヌ公が兵を挙げ、民衆がそれに呼応して蜂起しようとしている、という情報を仕入れてきたのです。
それを聞いたシャラミア様は『こうしてはいられないわ』と仰って、出て行きました。私もお供します、と言ったんですが、危険だから残るように言われて……」
「きっと、アクティーヌ公に会いにいったんだろうな」
(俺のクーデター計画はかなり狂ってきたな。戦争は避けられないのか?)
「クリッタはどこに行った?」
「情報を集める、といって出て行かれました」
「どうする、マサト」
ルーチェが聞いてきた。
(どう動くのが正解なんだろうか。俺たちもシャラミアたちを追って、アクティーヌ公に会いに行くべきか? しかし状況がわからないまま出て行くのも、危険な気がするし……)
「各自がバラバラに動けば、連携がとれなくなる。ここでクリッタとタロウが来るのを待とう」
(スマホがあれば、連絡が取れるんだがなあ)
レンガルドにそんなものがあるはずがない。
―――
シャラミアは、アクティーヌ公領へと馬を駆けさせながら、アクティーヌ公の意図について考えていた。
(なぜこんな無鉄砲なことを? 民たちは武器さえ、ろくに持っていないはずよ。戦う力のない者を集めても、犠牲者が増えるだけなのに)
「シャラミア様、よかったのですか?」
ネフが馬を並べて話しかけてきた。
「なんのことかしら」
「マサトが戻るのを待ってからの方がよかったのでは? 我々が単独で動けば、彼の立てた計画をつぶすことになるかもしれません」
それを聞いたシャラミアは意外な気がした。
「あなたはマサトのことを嫌っているのだと思っていたわ」
「もちろん好きではありません。あいつはシャラミア様に対して敬意を払いませんし。でも、あいつの能力は認めざるを得ません。クーデターの計画を聞いたときは、確かにこれなら成功する、と思いましたから」
「状況が変わってしまったのよ。マサトは『状況が変化すれば作戦は変わってくる』とも言っていたわ。今はアクティーヌ公の真意をただすのが先決よ。このままでは、戦争が起こってしまう」
「『革命』と言ったほうがいいかもしれませんよ。民衆が王を倒すんですからね」
ギラタンの言葉が無責任に聞こえて、シャラミアは腹が立った。
「アクティーヌ公が主導しているのなら、民衆は彼に利用されているだけよ。アクティーヌ公を説得して兵を収めさせれば、民衆も解散するでしょう」
「シャラミア様、そりゃあ無理でしょう。既にアクティーヌ家は王家に対し、反旗を翻してしまってるんです。やっぱりやめます、なんて今さらできるわけがない。王家としても、アクティーヌ家を許すわけにはいきません」
ギラタンは、さらに続けた。「民衆の方は、なおさら止められませんよ。反乱を起こすなんて、死ぬ覚悟を決めてなきゃできない。もう彼らには、王家を倒すか、自分たちが死ぬかのどちらかしかないんです」
シャラミアは言い返さなかった。おそらくギラタンが正しいのだろう。それでも戦争を止められるとしたら、自分しかいないと思った。




