6.政人はそろそろ本領を発揮しはじめる
王都デセントはボツナ島のほぼ中心にあり、そこから四方に街道がのびている。
政人たちが目指しているのは南東にある港町ゾエ。
サスラーナ島への連絡船が出ている町である。街道を馬でゆっくり進んで八日程度で着くそうだ。
街道は石畳でできており、馬車が余裕をもってすれ違えるほどの幅がある。
城門を出てしばらくは周りに畑や牧場が見えたのだが、今は見渡す限り草原が広がっている。
政人が乗っている馬車は前部に御者の席、後部に二人乗りの座席があり、政人は後部座席に一人で乗っている。
聖騎士たちとルーチェは騎乗で、馬車を囲むように前後左右に隊列を組んで進んでいる。
(俺一人だけ馬車か。まるで王侯貴族なみの待遇だな)
王都の城門を抜けた途端、走り出したくなるような解放感に包まれた。王都での生活では相当なストレスがたまっていたようだ。
政人が本当に許せないと思っているのは女王レナであり、その家臣たちまで憎む必要はなかったかもしれない。
広やかな風景を眺めていると、異世界に来てからずっと感じている不安感が、薄れていく気がした。
「なにニヤニヤしてんだ?」
ルーチェに言われて、自分が笑っていたことに気付く。彼女は馬車と並んで進んでいる。
「地平線を見たのは生まれて初めてなんで、興奮していた」
「あんなもん珍しくないだろ。どこがおもしろいんだ?」
「俺のいた国は国土が山がちで狭いくせに、人口は多くてな。わずかな平野部に人が寄り集まって町ができるんだ。地平線なんてどこにもない」
「へー、そうなのか。まあこの国は人は少ないのに、やたら広いからな」
ここ神聖国メイブランドは、レンガルドの他の国と比べても、とりわけさびれている。
いや、昔ながらの風景を保っていると言ったほうがいいのかもしれない。
メイブランド教の教祖の子孫が王として国を治めているため、人々の信仰心は篤いのだが、その代わり保守的な人間が多い。
島国で、他国との交流も少ないため、文化の発展が遅れているのだ。
もっとも、そのおかげで独自の文化が残っていたりもするのだが。
「俺がこの国の王なら、聖地巡礼ブームを起こして観光客を呼び集めるんだがな。せっかくメイブランド教の総本山があるのに、有効に利用しないのはもったいない」
「おまえ、なんかすげーな。そんなおもしれーことを考える奴は見たことねーぞ」
「いや、誰でも思いつきそうなもんだが」
(そういえば、英樹以外にこんな話をしたのは初めてだな)
ルーチェは城の人間と違って堅苦しくないし、年も近いので話しやすいのだ。
それに女らしさのかけらもないので、男友達と接しているような気安さがある。
と、彼女の平たい胸を見て考えていると、
「……なにか失礼なことを考えてねーか?」
そう言われて慌てて目をそらした。
暗くなってきたので、今日の行程はここまでにして、野営をすることになった。
聖騎士たちは手分けしてテントの設営や食事の準備をしている。
馬たちは皆その辺りの草を食べている。この世界の馬はおとなしく、繋がなくても逃げ出したりはしない。
ルーチェは一人で槍を振り回していた。
(俺だけが何もしないのは気が引けるな)
政人は隊長に声をかけた。
「俺も何か手伝ったほうがいいか?」
「マサト殿は休んでいてください。設営は私たちが行いますから」
確かに聖騎士たちのテキパキした動きは訓練されたものであり、政人の入り込む余地はなさそうだ。
食事を終え、政人は一人テントの中で早めに就寝した。聖騎士たちは交代で見張りにつくようだ。
今は彼らに手厚い護衛をしてもらっているが、それは港町ゾエまでで、そこからは一人で旅を続けることになる。
(結局、俺は独りだ)
元の世界での生活を思い出す。
まだ大人ではなかった政人は、常に親や教師、周りの大人たちの世話になって生きていた。
だが、この異世界で価値観を共有できる者は英樹しかいない。
その英樹と別れた今、彼は自分で自分を助けねばならない。
(もう子供ではいられない、ということだな)
そんなことを考えながら眠りについた。
王都を出発してから三日が過ぎた。
道中、特に問題なく旅を続けていたのだが――、
「みんな、止まれ!」
政人は声を張り上げた。周囲を駆けていた聖騎士たちが何事かと立ち止まる。
「ラトール、大丈夫か!」
政人は馬車の右斜め後方にいる聖騎士に声をかけた。
ラトールという名の聖騎士は上半身がフラフラと揺れ、馬からずり落ちそうになっている。顔色は蒼白で、信じられないほど大量の脂汗を流していた。
驚いた仲間たちは彼の周りに集まった。
ライバー隊長が不安げな表情で言った。
「どうしたんだ」
「申し訳ありません……今朝から体調が悪くて……。めまいがするんです……吐き気も……」
別の聖騎士が、「なぜもっと早く言わなかった!」と彼を責め立てるが、政人はそれを止めた。
「ハイドホーン、彼を責める前にまず、馬から下ろして鎧を脱がせ、寝かせてやれ。クレイグ、毛布と薬箱を持ってくるんだ」
そして自分も馬車から降り、ラトールの近くに行った。
後ろでルーチェが「すげえな……もう全員の名前覚えてんのか……」とつぶやいている。
隊長は容体を確認すると、政人の方を見て言った。
「すぐに医者に診せたほうがいいと思いますが、ここでは……」
周囲は相変わらず草原である。
「『森の中の村』へ行こう」
「森の中の村? どこですかそれは?」
政人は「ちょっと待ってくれ」と言って馬車の自分の荷物の中から、一冊の冊子を持ってくると、あるページを開いた。
「これはこの辺りの地図だ。今俺たちがいるのはここ。一時間ほど前にゴルグ石の採石場への分岐点を通ったが、そこから千二百パイル(約二十キロ)進んだ地点だ」
街道には等間隔で距離標識が立っているので、現在位置の把握ができる。
「はい、確かに」
「そして森の中の村があるのがここ、ハス湖の南側の森の中だ」
と言って、地図上の何もない地点を指さした。
「なにも描かれていませんが?」
「税の徴収を免れようとした者たちが隠れ住んでいる村で、地図には載ってないし、名前もない。完全に自給自足の生活をしている」
「そんな村が? メイブランドで生まれ育って四十二年の私が知らない村を、なぜマサト殿は知っているのですか?」
「レヴァーマン・ニルスの『メイブランド奥地紀行』と、マリュグリス・ボンジョの『幻の水棲怪獣ハッシーを追え!』にこの村の事が書いてあるんだ。マリュグリスは探検中に毒トカゲに噛まれて死にかけたが、この村の医者に治療してもらい、助かっている」
懐中時計を取り出し、太陽の位置から方角を確かめた。
「この方向にまっすぐ進もう。馬をとばせば日暮れまでには村が見えてくるはずだ」
そして付け加えるように言った。「まあ……もしラトールを助けてもらえたら、その村の事は黙っていてやるのが仁義ってものじゃないかな」