58.公子アクティーヌ・ダンリー
「こちらから攻め込むだと?」
「はい、王都に近いことは、逆に我らに有利になります」
アクティーヌ公はダンリーの言葉に呆れたようだ。
「馬鹿な、勝てるわけがないだろう」
「そうですかね」
「王都には王家の兵が三万、ジスタス家の兵が一万いると言うぞ。それに対して、我らが動員できる兵は、せいぜい二千だ。勝負にならん」
「王都にはそんなに兵はいませんよ。かなり誇張して吹聴してます。僕の放った間者の情報だと、王都の兵は一万四千、ジスタス家の兵は三千ってところです」
「おまえの放った……間者だと?」
アクティーヌ公はダンリーの言葉に驚いた。このボーッとした息子が、いつの間にそんなことをしていたのか。
「それに王家の兵は、名目上の指揮権はジスタス公が持っていますが、実際はブラント将軍が指揮を執っています。二人は反発しあっているので、いざ戦闘となれば、それぞれが自分で軍を動かそうとするでしょう。指揮系統が一本化されていなくては、軍として機能しません」
「だ、だがジスタス家の兵だけでも我らを上回るぞ。それにジスタス公は自分の領地からも兵を呼び寄せるだろうから、そうなればジスタス家の兵数は一万を超える」
「ジスタス公領から兵を呼び寄せたとして、王都まではどんなに急いでも十日はかかるでしょう。その前に勝負をつければいい。それに、ウチの兵だけで戦うわけではないですよ」
「援軍が来るとでも? 他の諸侯に声をかけるのか?」
「他の諸侯なんか、アテにしちゃいけません。あいつらは自分のことしか考えてませんから」
「じゃあ、どこから援軍が来るんだ」
「民衆です」
ダンリーは楽しそうにも見える表情で言った。「王領の民衆は、数々の悪政に、もう我慢の限界に達しています。何かきっかけがあれば、その怒りは爆発するでしょう」
「我々が兵を挙げれば、民衆も呼応して蜂起するということか」
「そうです。王領の各地に人を派遣して檄を飛ばせば、アクティーヌ家に続けとばかりに立ち上がるでしょう」
アクティーヌ公は事の大きさにたじろいだ。我が子がまるで得体の知れない怪物のように思えてきた。
「そ、それでその後はどうなる? ジスタス公を倒し、儂がジスタス公に代わって摂政になるとでも?」
「それはやめといたほうがいいですね。父上の器量じゃ、とても国を治めるのは無理です」
「な、なんだと! おまえ、親に向かってなんという言い草だ!」
アクティーヌ公は息子の暴言に腹を立てた。「それじゃあ、お前はどうするというのか!」
「さあ、どうしましょうか」
ダンリーはニヤニヤ笑いながら言った。「僕は面白ければそれでいいんです。国のことなんて、知ったことじゃありませんよ」
―――
タンメリー女公は、王家の使者が人質を出すように要求してきたことを政人に教えてくれた。おそらく、全ての諸侯に同じことを言っているはずだと。
女公の予想では、大人しく人質を出す諸侯はいないだろうが、王家は見せしめにアクティーヌ家を攻めるかもしれないとのことだ。
アクティーヌ家は力が弱く、今の王家の力でも十分攻め落とせるからだ。
もともと王家は、領内に存在するアクティーヌ公領を自領に組み入れたいと考えており、アクティーヌ家は代々にわたり、外交努力によってなんとか今の領地を守ってきたのだそうだ。
(王都の情報が必要だ)
政人たちは、再びヴィンスレイジ王領のクロアの町へと向かうことにした。戦争が起こるというなら、その前にシャラミアたちと合流しなければならない。
政人たちは、公都ハイドルンクを出てから迷宮都市ヘルンに行き、セリーに報告をすると、休む間もなく、王領の手前にある宿場町ピンロイへと馬を駆けさせた。
ピンロイに着いたときには、もう深夜になっていた。
政人は神聖国メイブランドの王都を出てから、さらにガロリオン王国に入ってからも、移動に次ぐ移動を繰り返している。疲労が蓄積しており、体が重い。
そして、元々体が強くなかったハナコは、とうとうダウンした。
「御主人様、ごめんなさいなのである」
「仕方ない。最近無理をさせすぎたからな」
ハナコは宿屋の一室で熱を出して寝込んでいる。医者に診せたところ、当分安静にさせた方がいいという。
「ハナコ、すまないが俺はクロアの町へ行かねばならない。ここに残って休んでいてくれ」
「わかったのである。御主人様と離れるのはイヤであるが、わがままは言わないのである」
「タロウ、ハナコを一人にするわけにはいかない。一緒にいてやってくれ。そしてハナコの体調が戻れば、一緒にヘルンに戻って、セリーにハナコの面倒を見てくれるように頼むんだ。彼女ならきっと引き受けてくれる」
「わかりました。その後は、オレもクロアの町まで行けばいいですか」
「ああ。だがその時にもし俺がクロアにいなければ、そのままそこで待機していてくれ。デモンド家の人に頼めば、泊めてくれると思う」
そして政人は、ハナコに向かって言った。
「ハナコはそのままヘルンの町で静養していろ」
「えっ……治っても御主人様の後を追ってはいけないのであるか?」
「ハナコ、最近はおまえに随分助けられた。でもこれ以上無理はさせたくないんだ。王領はさらに危険地帯になるかもしれない。ヘルンで待っていてくれ」
「でも……」
「命令だ」
命令はイヌビトにとっては重い。
「……わかった……のである」
「なあ、マサトもしばらく休んだほうがいいんじゃねーか? 相当疲れてるだろ?」
ルーチェが心配そうに言った。
「いや、今が正念場なんだ。ここで動かずにいたら、取り返しのつかないことになるかもしれない」
「そうか、わかった。でも苦しくなったらアタシに言うんだぞ」
「ああ、そうしよう」
しばらくは、ルーチェと二人で行動することになった。




