57.事務職ハナコの本領
それから政人たちは城下に宿を取り、政人とハナコは企画書を作成する作業に取り組んだ。
その間、ルーチェとタロウは、訓練に多くの時間を割いていたようだ。
政人とハナコは昼夜分かたず作業を続けた。
だが政人はタロウとハナコの飼い主として、日課である散歩と遊びをすることは忘れなかった。それは政人にとっても、貴重なリフレッシュの時間だった。
そしてタンメリー女公との会見から二日後、ついに企画書を書き上げた。
「ま、こんなもんかな」
(異世界モノのライトノベルはあまり読んだことがないが、異世界に来てまで、こんなサラリーマンのような仕事をする主人公は、珍しいんじゃないだろうか)
政人は剣も魔法も使えないので、仕方がない。
それで企画書についてだが、冒険者ギルドについてのものと、チャバコ草についてのものの二種類がある
冒険者ギルドの死亡保険と医療保険についての企画書は、九枚ある。
現在のギルドの問題点に始まり、死亡保険と医療保険とはどんなものかの説明、その制度を取り入れることの意義、具体的なプランについてまとめた。
保険料については、一律にするか、冒険者の年齢や実績などによって個別に設定するかで迷ったが、一律にすることを提案した。わかりやすいという事は大事である。
そして保険料には、現在徴収しているギルドの入会費と年会費を、そのまま充てることを提案した。
つまり冒険者の負担は今までと変わらず、タンメリー家の収入だけが減る形である。
女公は当然渋い顔をするだろうが、政人たちは冒険者の懐具合を考えると、それがベストだと考えた。
もちろん、決めるのは女公であるが。
チャバコ草の事業についての企画書は十二枚ある。
その内容は、現在ポルテン村でどのようにチャバコ草が吸われているか、植物としてのチャバコ草の特色、栽培方法と加工方法、どれほどの収益を生むかの予測、今後のスケジュールなどである。
また、パイプとマッチの需要が高まるであろうことも書いておいた。
パイプはポルテン村で焼いた陶器を使っているが、これを産業として起こし、「ポルテン製のパイプ」としてブランド価値を持たせることを提案した。
ポルテン村はチャバコ草とパイプ生産の一大拠点となる。あの五人の男たちや村人たちだけでは、とても手が足りないので、各地から労働者を募る必要があるだろう。
あの貧しい村に多くの人が集まり、産業が発展する未来を創造すると、胸が高鳴る。
企画書を作成するに当たっては、ハナコの力が大きかった。高校生であった政人には、このような文書を書いた経験はなかったからだ。
「ハナコ、おかげで助かった。ご褒美をやろう。何かして欲しいことはあるか?」
「それでは、抱擁してほしいのである」
政人はハグをしながら、頭と背中を撫でてやった。
「わんっ!? ちょ、ちょっとは躊躇せぬか。我は花も恥じらう乙女であるぞ!」
「おい、そういうことを言うな。恥ずかしくなるだろうが」
ハナコは恥ずかしがりながらも、尻尾を振って喜んでいた。タロウはそんな二人の様子を羨ましそうに見ていた。
そして会議の当日、政人とハナコは女公の居城を訪れた。
会議室の中は、長机が四角形になるように配置され、互いに向かい合って座るようになっていた。
背後に黒板を背負う一辺には、政人とハナコ。その対面にはタンメリー女公。左右にはタンメリー家の文官たちがずらっと並んでいる。
政人とハナコは、女公やタンメリー家の文官たち十二人の前で、プレゼンをすることになったが、今さらこの程度のことで尻込みする政人たちではない。
黒板を使いながら、淀みなく説明を行った。
企画書は前日に提出してあるため、タンメリー家の者たちは既にそれを読みこんでいる。しっかりと政人たちの説明についてきていた。
タンメリー女公が既にやる気になっているので、この企画が通るのは決定している。あとは具体的なことを決めていくのが、この会議の目的だった。
質疑応答が行われ、政人とハナコは文官たちの質問に答えていく。そして細かい所まで話を詰めていった。
そろそろ会議が煮詰まってきたかな、というところで、会議室の扉がノックされた。
「会議中、失礼いたします。王家からの使者が来て、閣下との面会を求めております」
「王家からの使者が?」
会議を中断されて女公は不機嫌そうだったが、王の使者となれば、待たせるわけにはいかない。
「あなたたちは会議を続けておくように」
と言い置いて、女公は去って行った。
それから会議を続けたのだが、女公がいないので肝心なところを決められない。政人は文官たちと雑談をして時間を潰した。
(なんだか俺たちもタンメリー家の一員みたいになってるな。この家の内情を知ってしまったが、いいんだろうか)
やがて女公が戻ってきたが、憤懣やるかたないという表情だ。
「ジスタス公がここまでバカとは思わなかったわ」
そう吐き捨てるように言って、席に着いた。
以後、ピリピリした雰囲気のまま、会議は続けられた。
タンメリー女公は、五千五百万ユールの小切手を振り出してくれた。これはガロリオン銀行の各支店で現金化できる。
(傭兵を百人どころか、一万人だって雇えそうだな)
政人たちはチャバコ草についての機密情報を漏らさないよう、誓約書を書かされた。これは後でルーチェとタロウも署名することになっている。
他にもチャバコ草のことを知っている人間はいないかと聞かれたので、セリーの名前を挙げておいた。
「ご苦労様。おかげで有意義な会議ができました。礼を言います」
女公はそう言って労ってくれた。
政人たちが退出しようとすると、「待ちなさい」と言って引き留めた。
「あなたたちに忠告しておきます。当分、王領には入らない方がよいでしょう」
「なぜでしょうか?」
女公は顔をしかめて言った。
「ひょっとすると、戦争になるかもしれません」
―――
ガロリオンの諸侯の一人、アクティーヌ・ブローンの領地は、ヴィンスレイジ王領に完全に囲まれている。
その領土は諸侯の中で最も小さく、人口も最も少ない。
王家からの使者が帰って行った後、アクティーヌ公は謁見の間で、側近に当たり散らしていた。
「人質を出せだと! ふざけるなっ! 今の王家にそんなことを命令できる力があるとでも思っているのか!」
「しかし、人質を出さなければ、王に逆らうことになりますぞ」
「王ではなく、ジスタス公だろうがっ! こんな下らんことを思いつく奴は!」
「お呼びでしょうか、父上」
そこへ、ひょろっとした体の、一人の青年が入ってきた。
そのぼんやりとした表情は何を考えているかわからない、というより、何も考えていないようにも見える。
だが、その薄い目の奥には、暗い光が宿っていた。
「せっかく、いい夢見てたのに。急に呼びつけるなんて、どうしたんですか?」
青年はあくびをこらえながら言った。
「こんな時間から寝る奴があるか! ダンリー、おまえももう二十歳だろう。嫡子としての自覚を持て!」
「いやあ、前から言ってるように、僕はアクティーヌ公なんかになりたくないんですよ。弟たちの誰かに、家を継がせてはどうですか?」
「おまえという奴は――」
アクティーヌ公は深呼吸をして、怒りを静めてから言った。「さっき王家の使者が来た。嫡子を王都に住まわせろと言うんだ。つまりは、人質だ」
「へえ、これは面白くなってきたな」
ダンリーと呼ばれた青年の眠そうだった顔は、生き生きとした表情に変わった。
「面白い? 何を言っている。おまえを人質としてよこせと言ってきてるんだぞ」
「もちろん人質なんてごめんです。無視しておけばいいですよ。そんな命令に従う諸侯なんかいませんよ。今の王家には先がないと、皆わかってるんだから。ジスタス公は相当焦ってるんでしょうね。罪を着せたシャラミアが逃げたそうだし」
「だが、従わなければ、攻めてくるかもしれんぞ」
「王家にもジスタス家にも、そんな余裕はありません」
「しかしなあ」
アクティーヌ公は、不安そうに言った。「ここは王都から近すぎる。それにアクティーヌ家は王家に敵意がないことを示すために、堅固な城郭を造らなかった。攻めこまれれば、三日ともたずに落城するだろう」
「それじゃあ――」
ダンリーは軽い口調で言った。「こっちから攻め込むのはどうですか?」




