55.ガロリオン諸侯タンメリー・カーレン
セリーに会った翌日、政人たちはタンメリー女公のいる、公都ハイドルンクへと向かった。
ハイドルンクは、ヘルンから馬で五時間ほどで行ける場所にある。
街道を馬で走っていると、やがて高い城壁が見えてきた。
西門から通行料を払って中に入る。
ソームズ家の公都ホークランと比べると、街は雑然としていて統一感がないが、活気にあふれていた。
タンメリー女公の居城は、城というよりも館と言ったほうが相応しい造りをしていた。門からは大勢の住民が出入りしている。
それは、この城の一階部分が役所になっているからだ。つまり、タンメリー女公は庁舎に住んでいることになる。
受付でセリーからの紹介状を見せると、二階の待合室に案内された。
そこには、政人たち以外にも、女公との謁見を望む者たちが集まっていた。
「謁見は俺とハナコの二人で行おうと思う。ルーチェとタロウはここで待っていてくれ」
「アタシらは話についていけないだろうから、それでいいけど、ハナコも連れて行くのか?」
「ああ、ハナコなら俺の話のサポートをしてくれるはずだ。隣にいてもらえると心強い」
「当然なのである。我を頼るがよい」
「ただしハナコ、言葉遣いには気を付けろよ」
「わ、わかっているのである」
一時間ほど待たされた後、ようやく政人たちが呼ばれた。
謁見室に入ると、そこは十メートル四方ほどの部屋で、周囲の壁は本で埋め尽くされていた。
謁見室というよりも、書斎と言った方が相応しい部屋である。
正面に大きな机があり、その向こうに六十歳ぐらいの老女が座っていた。その左右には二人の騎士が立っている。
「タンメリー・カーレンです」
タンメリー女公はそう言うと、品定めするような目つきで、政人たちを眺め出した。
政人は気圧されないようにしながら、挨拶を返す。
「フジイ・マサトです」
「フジイ・ハナコであります」
「どうぞ、楽にしなさい」
そして女公は、手元にある書類を見ながら言った。「セリーによれば、冒険者ギルドの運営方法と、新規事業への資金援助について、私に話があるそうね。では、話しなさい」
その声は、ごまかしは一切許しませんよ、という響きを伴って聞こえた。
政人は、小学校の校長先生を思い出して緊張した。
「まず、冒険者ギルドについて話をさせて頂きます。先日私は、冒険者だった両親が迷宮で亡くなったため、売春行為を行っていた少女を見かけました。その子は閣下が建てられた孤児院に入るよう、手続きをしていますが、他にも同じような境遇の子がいるはずです。一家の稼ぎ手を失ってしまうと、残された家族は生活できなくなります。冒険者は危険な仕事なため、死亡率が高いのです」
「私には、あの連中の思考が理解できません」
女公はきっぱりと言った。「命を危険にさらして迷宮に潜り、どんな魔物を倒しただの、どんな宝を手に入れただのと、自慢しているのです。『その宝とやらは、命よりも家族よりも大切なモノなのですか?』と、四十年ほど前、ある冒険者に尋ねたことがあります」
「その冒険者は、なんと答えましたか?」
「彼は、『もちろん、命や家族の方が大切です。でも、迷宮は人類にとって未知の世界なんです。未知の世界がどうなっているかを突き止めるのは、冒険者の責務です』と答えました。私は一理ある、と思いました」
「そうですね。誰かがやらねばならないことなのでしょう」
「でも、そう答えた冒険者は間もなく行方不明になりました。その後、新しい階層に到達した冒険者によって、彼の死体が発見されました。彼は誰よりも先に、新しい階層に到達していたのです。でも、そこで死んでしまった」
女公は目頭を押さえて言った。
(その冒険者のことを思い出しているのかな)
「その人の勇気と栄誉は称えるべきだと思います」
政人は素直にそう言った。
「そうですね。でも、彼のように未知の世界に挑戦しようとする冒険者は、少数派です」
「どういうことでしょうか?」
「冒険者には三種類います。一つ目は、彼のように、未知の世界を探検しようとする者。二つ目は――これが一番人数が多いのですが――生活の手段として迷宮に潜っている者。つまり、魔物を倒して入手する素材を売って、収入を得ることを目的にしているわけです。これは愚かな輩です。金が欲しいのなら、命を危険にさらさずとも、他に手段があるはずです」
「でも、素材を得ることにも、意味はあるのではありませぬか? 迷宮で取れる素材は、他では手に入らぬ物ばかりでありますゆえ。その素材が無くなれば、加工品が市場に出回らなくなりまする」
ハナコが言った。
「確かにそうですね。でも、迷宮で取れる素材から作られる物は、香料だとか高級なバッグだとか、奢侈品がほとんどです。無くなっても、さほど困りません」
女公は続けて、辛らつな口調で言った。「そして三つ目は、魔物と戦うことが目的の連中ですね。自分の力を試してみたいとか、戦うのが好きとかいう奴らです。こいつらが一番バカですね」
「同感です」
政人が常々思っていることだった。
それを聞いた女公は、じっくりと政人たちと話す気になったようだ。
「マルウィス、椅子を用意しなさい」
「はっ」
騎士の一人が、政人たちに椅子を持ってきてくれた。
政人とハナコが座るのを待ってから、女公は話を続けた。
「それで私は――二十年ほど前でしょうか、迷宮を封鎖して誰も入れないようにしました」
「そうなのですか? それは知りませんでした」
「すぐに封鎖を解除することになりましたからね。冒険者の不満の声があまりにも大きかったので、そうせざるを得ませんでした。『タンメリー女公は迷宮で得られる利益を独り占めしようとしている』などと抜かす輩もいました」
「それはひどいですね」
「それで私も腹が立って、本当にそうしようかと思いました。でも、迷宮から得られる利益なんてほとんどありません。そこで、冒険者から金を取ることにしたんです。冒険者ギルドを作って、入会費と年会費を取ることにしました。さらに素材を安く買い取って、奴らの収入があまり多くならないようにしてやりました。そうすれば、奴らも冒険者なんて割に合わない仕事をやめるんじゃないか、という期待もありました」
「でも、あまり効果がなかったんですね。あいつらはバカだから」
「その通りです」
(ひょっとしたら、この婆さんと俺は気が合うのかもしれない)
「でも、バカにも生きる権利はあるでしょう。さらに、その配偶者や子供は守ってやらなくてはなりません。寡婦や孤児となったものは特にです」
「そうね、でもそのために、真っ当に働いている者たちから徴収した税金を使うのは業腹ですね」
「税金を使う必要はありません。彼らには、自分たちで自分たちを守らせるのです。ギルドはそのためにあります」
「ギルドで何をするのですか?」
「保険制度を作ります」
政人は提案した。「具体的には、死亡保険と医療保険です」




