52.金策の問題
「株式会社?」
ハナコが不思議そうに尋ねる。この世界に存在しないのだから、知るはずもない。
「俺の元いた世界にあった制度だ。銀行だけじゃなく、たくさんの人たちから資金を援助してもらうんだ。『株式』というのは資金を援助してくれた人に渡す証明書のようなものだな。その金は銀行からの融資と違って借金ではないので、返済の必要がない」
「それでは、金を出した者には、なんのメリットもないではないか」
「金を出すことを『投資』というんだが、投資家は、会社が利益を上げたときに、分け前を受け取ることができる。会社とは、今回の場合はチャバコ草を生産、販売する組織のことだ」
「会社が利益を上げられなかったらどうなるのであるか?」
「金は返ってこない。見込みが外れたと諦めるしかない」
「それでは投資しようと考える者は少ないのではないかのう」
「投資にはどうしてもリスクがあるんだ。でも、チャバコ草が利益を生むのは間違いないので、それを見抜くことができる者なら、投資してくれる……はずだ……たぶん」
政人は言っていて自信がなくなってきた。「株を買う」という発想がない人たちに、どうすれば投資してもらえるだろうか。
人々の間に、株式会社とはどんなものかという共通認識がない状態で株券を発行しても、相手にされないだろう。
社会の発展には、段階を踏まねばならない。資本主義経済が発展していない世界で、名前だけの株式会社を作っても意味がない。
「御主人様だけが背負う必要はないのである。どうすればいいか、我も一緒に考えるのである」
政人の不安げな表情を見て、ハナコが言った。「だから、そのように命令せい」
(そうだな、ハナコも考えてもらえると心強い)
「ではハナコ、俺と一緒に金を得る方法を考えろ」
「任せるがよい」
(念のため、付け加えておくか。イヌビトは命令に応えられないと落ち込むらしいからな)
「ただし、いい案が浮かばなかったとしても気にするな」
政人たちはポルテン村に入った。
村人たちは、相変わらず忙しそうに働いていた。
そして、相変わらずサボってチャバコ草を吸っている男たちもいた。
政人は連れてきた五人の男たちに、チャバコ草を吸わせてみた。
「へえ、こいつはいいですな」
「これを、おまえたちに栽培してもらう」
「なるほどねえ」
政人は村の男に頼んだ。
「この草が生えているところを見せてくれないか」
「いいですよ、こっちです」
男に案内された場所では、人の顔ほどもある大きな葉が、地面を覆いつくしていた。
「これが全部チャバコ草なのか?」
「そうです。向こうにもありますよ」
男はそう言って、二百メートルほど先の斜面を指さした。そこもチャバコ草の葉が、地面が見えないほどに茂っている。
(自生種がこんなにあるのなら、栽培も簡単かな)
「花が咲くのはいつだ?」
「春だよ。今は秋だから、もうしばらく先だな」
(種が手に入るまで、五、六ヶ月はかかるか)
「御主人様、考えてみたのであるが、銀行や一般人ではなく、先見の明があるお金持ちにチャバコ草を見せ、直接交渉すれば、金を出してくれるのではないか?」
「先見の明があるお金持ち? 誰かいるかな」
「新聞社なら、そういう情報を持っているであろう」
「なるほど、セリーに聞いてみるか。元々ヘルンに行って、彼女に会うつもりだったしな。いい考えだ。よくやった」
政人はハナコを褒めた。
「頭を撫でてもかまわぬぞ」
政人は苦笑しつつも、ハナコの頭を撫でてやった。
政人は村長に、五人の男を村で預かってもらうように頼んだ。
「構いませんよ。クリッタさんの知り合いの方の頼みですしね」
「こいつらは遠慮なく、こき使ってください。馬車馬のように働く奴らです」
政人がそう言うと、男たちが不満そうに言った。
「マサトさんが、もっと俺たちに優しくしてくれたらいいと思いますだ。子供に見せる優しさの十分の一でもいいから」
(俺たちを襲撃しようとしたことを、忘れたんじゃないだろうな)
「おまえたちは、一度死んだ人間だ」
政人は突き放すように言った。「だから、どんなことでも耐えられる。ヴィンスレイジ王領での地獄のような暮らしを思い出せ」
「あんたたちは、王領から来なさったんですか?」
村長が言った。「そういえば、王家の役人がウチの村に来ましたよ。なんでも、逃げ出した王女と騎士を追ってるんだとか」
「へえ、そうなのか」
(シャラミアたちのことだろうな。ここまで追手が来ているのか)
―――
王太后ヴィンスレイジ・テラルディアは、この国の役人や兵士の無能さに腹を立てていた。
玉座の間で偽の書状を読み上げさせ、シャラミアの顔色がどんどん青くなっていくのを見た時は、笑いをこらえるのが大変だった。
しかしその後、シャラミアが牢から逃げたと聞かされた時は、怒りのあまり金切り声で周囲を怒鳴りつけた。
(国民の前で公開処刑をしようなどと考えず、あの場ですぐに殺すべきだったわ)
この事態に、さすがのテラルディアも温泉で遊びほうけているわけにもいかず、最近は王宮に居続けるはめになっている。
母親が近くにいることでクオンは喜んでいるようだが、テラルディアのイライラは募るばかりだった。
「お父様はいるかしら」
摂政の執務室前で兵士に声をかけた。
「はっ。どうぞお入りください」
中に入ると、机に向かって書類を読んでいるジスタス公の姿があった。机の上には相変わらず、ワインのボトルとグラスが置いてある。
(この人は飲んでない時間の方が少ないんじゃないかしら)
「お父様、シャラミア捜索の件はどうなっているの?」
テラルディアは父の机の前のソファーに腰を下ろした。
「まだ、見つけたという報告は入っておらん。手がかりも無い」
「もっと人員を増やした方がいいんじゃないの。諸侯領に逃げ込まれたら、厄介なことになるわよ」
(あるいは、すでに逃げ込まれているかも)
ジスタス公は書類から顔を上げ、娘の顔を見た。
「おまえに言われんでもわかっておる。特にソームズ公の元に逃げられるとまずい。奴はシャラミアの後ろ盾になり、王位を求めて争いを仕掛けてくるかもしれん」
「偽の書状の内容が真実になるってわけね」
「他人事のように言うな。お前の案だったろうが」
「もし戦争になったら、勝てるの? ソームズ家の兵は精強だと聞くけれど」
「王家の兵だけでは勝てないだろうが、我がジスタス家をはじめ、他の四人の諸侯が味方につけば勝てる」
「味方についてくれるかしら。シャラミアの方がいいと思ってるかも」
「クオンの即位式で、あいつらは皆、忠誠を誓っている」
そう言って、ジスタス公はワインをぐいっと飲んだ。
「形だけの忠誠に、どれほど意味があるの? 皆、幼い王を侮っていることが顔に出ていたわ」
「じゃあ、どうしろと言うんだ!」
「人質を取ってはどうかしら」
「人質だと?」
「各諸侯に、嫡子を王都に住まわせるように命令するのよ。昔は諸侯は人質を出していたでしょ。それなのにアイオンが諸侯に度量を示そうとして、人質を返してしまったのよ。愚かだったわ」
テラルディアは死んだ夫を非難した。
「人質か……」
ジスタス公は、その案を検討し始めた。




