51.政人の成長
政人、タロウ、ハナコの三人は、タンメリー女公領の宿場町ピンロイへ向かって、山道を歩いている。
旅人が通る正規の街道であるため、整備されていて歩きやすい。
「御主人様、よかったのであるか?」
「なにがだ?」
「あの万年筆は聖司教から貰った大切なものなのであろう」
「まあな。でも仕方ない、子供を助けるためなら、きっと聖司教も許してくれるさ」
「御主人様は優しすぎます。アイツは牢から出たら、また悪さをしますよ」
タロウはポンチャに対して、かなり腹を立てているようだ。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
政人はタロウの頭を撫でて言った。「でも、あのまま逃がしていたら、間違いなく盗みを続けていたはずだ。タロウ、よく気付いて捕まえたな」
「あ、はい」
タロウは政人に褒められ、嬉しそうに尻尾を振った。
三人はそのまま、特に危険な目に遭うこともなくピンロイの町に到着し、ルーチェたちと合流した。
五人の男たちもそろっていた。
「全員無事だったようだな」
「マサトたちはどうだった、タヌキのガキは連れてこなかったのか?」
政人はルーチェたちに事情を説明した。
「バカなガキだなあ。マサトを信用してれば、また牢に入れられることもなかったのに」
「子供がバカなことをするのは仕方ない。その都度、大人が導いてやればいいんだよ」
政人はそう言った後、自分の言葉に驚いていた。
(いつから俺は、こんな立派なことを言うようになった? 俺も大人に保護されて生きていた人間だったはずだが)
日本にいた頃の政人なら、そうだったろう。
彼は社会に出た経験のない高校生であり、大人に導いてもらう側の人間だった。勉強さえしていれば、進学そして就職まで進むことのできる、社会のレールに乗せてもらっていた。
社会に問題があった場合、それをなんとかするのは大人の仕事であり、彼は自分の事だけを考えていればよかった。
だが、この世界には彼を導いてくれる大人はいない。よって、レールは自分で敷かねばならない。
そして、自分でレールを敷こうとすると、嫌でも社会の理不尽さが目に入ってくるのである。
上に立つ者が貧しい民から財産を奪い取り、自分は贅沢をしている。これは政治の問題だ。
五神派が六神派を迫害している。これは宗教の問題。
ケモノビトは人間に差別され、子供であっても死刑になる。これは人種差別の問題。
そして一番問題なのは、それらの問題を誰も正すことができないことだ。
既に社会の体制としてできあがってしまっていて、誰もがそれを当たり前のことと思っている。
当たり前だと考えないのは、政人のような異世界人ぐらいであろう。そんな彼ならば、ひょっとすると社会を変えることができるのかもしれない。
だが、政人にはまだそんなつもりはない。彼が今考えているのは、金策である。
「それじゃ、一休みしたらポルテン村へ向かおう」
「一体、ポルテン村とやらに何があるんすか? 俺たちは畑仕事をするっちゅう話だが」
男たちの一人が聞いてきたので、政人は答えた。
「おまえたちには、『チャバコ草』の栽培をしてもらう」
―――
政人たちはポルテン村へと向かっている。ポルテン村には馬を預けてあるので、どのみち訪れる必要はあった。
「御主人様、よいかの」
「なんだ?」
「御主人様は、あの臭い植物を栽培して、売るつもりであるか?」
以前、ポルテン村でチャバコ草に火をつけて吸った時、ハナコはその臭いに顔をしかめていた。
「そうだ。あれは流行ると思っている。依存性もあるようだし、病みつきになる人間もいるだろう」
(タバコのようにな)
「でも、チャバコ草を栽培したことのある者はいないのであろう? 人の手でちゃんと育てられる保証はないのである。それに栽培できたとしても、収穫がいつになるかはわからぬ。さらに、収穫した後は乾燥させて加工せねばならん。収益はかなり後にならんと入ってこないのではないか? 傭兵を雇う資金は、すぐに必要なのであろう?」
「ああ、その通りだ。収益はかなり後になるな。栽培については、植物の専門家を雇おうと思っているが」
「専門家を雇うにしても、元手がないであろう。あの男たちを食わせなくてはならんし、販売するための店舗や人員はどうやって確保するのであるか」
(さすがハナコだな。ちゃんと自分の頭で考えてくれている)
「よく気が付いた。偉いぞ、ハナコ」
「と、当然なのである。もっと我を褒めたたえよ」
ハナコは得意そうに尻尾を振っている。
「まあ、元手については当てがある」
「なんであるか?」
「銀行から融資を受けるんだ」
政人がそう言うと、ハナコは考え込んだ。
「ひょっとして、チャバコ草の将来の収益を餌にして借りた金で、傭兵を雇うのであるか?」
「そうだ。チャバコ草の利益は相当出るはずだからな」
「そんなに貸してもらえるかのう」
「ん?」
「チャバコ草に火をつけて煙を吸うなど、あの村以外では誰もやったことはないのである。前例がなく、回収に時間がかかる事業に大金を貸してもらえるであろうか」
政人は地球にいたので、タバコ産業がいかに儲かるものであるかを知っているが、この世界の人間はそれを知らないのである。
「それは……確かにそうだな。銀行の融資担当者に、試しにチャバコ草を吸わせてみれば上手くいくと考えていたが――」
政人は自信が無さそうに言った。「甘かったかもしれないな。銀行は信用がない相手に、そう簡単には金を貸さない」
(日本ではそうだったな)
「御主人様は、時々抜けておるのう」
「むむむ」
「何がむむむであるか」
それから政人は、どうしようか悩む様子を見せた後、言った。
「仕方ない……第二案でいくか」
「おう、どんな案であるか?」
「『融資』ではなく、『投資』を受けるんだ」
「投資?」
「資金を得るまでに多少時間がかかるだろうし、レンガルドには今まで無かった方法なので、上手くいくか自信がないんだが――」
政人は迷った末に言った。
「『株式会社』を作るんだ」




