50.ポンチャと万年筆
政人たちが泊っている部屋に少年を連れて行き、話を聞くことにした。
少年はポンチャと名乗った。
彼は王都ヴィンスレイジアに家族と共に住んでいたのだが、重税に加え、父親が悪い商人に騙されて多額の借金を負ってしまい、土地も家も失うことになった。
その後、一家はホームレスとなり、道行く人から施しを受けたりして、なんとか生きていこうとしたが、どうしようもなくなり、ついには盗みで生計を立てるようになった。
だがある日、商店から靴を万引きしようとしたところ、店の人間に見つかり、両親はその場で殴り殺され、妹は奴隷商人に売られた。
ポンチャだけは、化ける能力のおかげで、逃げることができた。
「オイラたちが人間なら、万引きをしたぐらいで殺されたり売られたりせずに、ちゃんと裁判をしてもらえたはずなんだ。殴り殺した店の人間たちは、特にお咎めがなかった。殺したのがタヌキビトだったからだ」
ケモノビトは、人間から差別的な扱いを受けることが多い。
そのため、二十年以上前にシシビト族のガウハント・リオンがズウ王国を建国したとき、ケモノビトたちはズウ王国に移住したのだが、全てのケモノビトが移住したわけではない。
土地や家などの不動産を持っているケモノビトは、それを捨ててまで移住することには抵抗があった。
他にも様々な事情があって、人間たちの国に残った者もいた。
その結果、残ったケモノビトはさらに少数派になってしまい、差別も強くなった。
「オイラが一人になってからは、王都を出てこの町の近くにやって来て、山で獲物を捕らえたり、時々町で盗みをしたりして暮らしてたんだ」
ポンチャは言った。「最近、役人たちがやってきて旅人を調べ始めた。なんでもシャラミアが通らないか調べているらしい。シャラミアなら王都にいた時に見たことがあるから、顔は知ってた。だからシャラミアに化けて、奴らをからかってやろうと思ったんだ」
ポンチャの話を聞いたハナコは、感極まって泣き顔になった。
「辛かったのう。悔しかったのう。でも、もう大丈夫なのである。御主人様はこう見えて、とても優しいのである」
そしてポンチャを抱きしめて言った。「今夜は我が添い寝してやるのである。ありがたく思え」
政人は一つあくびをすると、言った。
「とりあえず、今日はもう寝よう。これからどうするかは、明日考えよう。盗みをしなくても生きていける方法を考えてやる」
―――
三人が眠った様子なのを見て取ったポンチャは、そっとハナコの寝床を抜け出した。
(なにが、盗みをしなくても生きていける方法を考えてやる、だ。人間は信用ならねえ。優しい振りをしておいて、後で奴隷商人にでも売りつける気なんだろう)
そのまま部屋を出て行こうとしたが、政人の枕元に万年筆が置いてあるのに気付いた。
(これは高そうだな。頂いていくか)
そして、そーっとドアを開け、部屋を出た。
そのときポンチャは、タロウの耳がピクピク動いていることには気付いていなかった。
宿を出るとポンチャはそのまま、町の出口まで歩いていく。
彼は盗んだ万年筆を見てニヤリと笑った。
(へっ、ざまーみやがれ。タヌキビトをなめんじゃねーぞ)
そして町を出ようか、という時だった。
「待て!」
後ろから怒声が聞こえた。振り返ると、さっき部屋にいたイヌビトの少年――タロウがいた。その顔は怒りにゆがんでいる。
「ポンチャ、御主人様から盗んだものを返せ!」
そしてタロウは、ポンチャに飛び掛かった。「御主人様に助けてもらっておいて、恩を仇で返すのか!」
ポンチャはタロウに倒され、ねじ伏せられた。
「ちくしょう、人間に尻尾を振るイヌビトめっ、離しやがれ!」
そこへ、騒ぎを聞きつけた兵士たちが集まってきた。
「なんの騒ぎだ?」
「あっ、こいつはタヌキの小僧じゃねえか!」
兵士たちがポンチャに気付いた。
「こいつがオレの御主人様の万年筆を盗んだんです」
タロウがそう言うと、兵士たちはいきり立った。
「なんだと、人間様の物を盗みやがったのか!」
(くそっ、なんだってこんな事に)
「おい、棍棒を持ってこい」
「ああ」
「えっ、棍棒をどうするんですか?」
タロウが驚いて尋ねた。
「決まってるだろう。殴るんだ。人間の物を盗んだケモノビトは、背中を棒叩き十回の刑と決まっている」
「えっと、そこまでしなくてもいいんじゃ……」
「こいつらは口で言ってもわからないからな」
兵士が棍棒を持ってやってきた。全長が一メートルほどで、先の部分が太くなっており、かなりの重量感がある。こんな物でポンチャの小さな体を殴れば、十回も殴る前に死ぬだろう。
タロウは慌てた。ここでポンチャを死なせてしまったら政人は悲しむに違いない。
「あの、オレは万年筆を返して貰えれば、それでいいんで……」
「いや、こいつは昼間にくだらん悪戯で我々の公務の邪魔をし、さらに脱獄までしている。同情の余地はない」
兵士たちはポンチャを組み伏せた。
(いやだっ、死にたくない! 助けて、誰か!)
その時、後ろから声が聞こえた。
「どうかしましたか?」
政人だった。騒ぎを聞きつけて、彼も起きてきたようだ。
「あっ、御主人様」
タロウがホッとした様子で政人に駆け寄った。
「御主人様……というと、あなたがこいつに万年筆を盗まれた方ですか」
政人は、ポンチャのそばにケンブローズ聖司教から貰った万年筆が転がっているのを見た。それを見た彼は、状況を読み取った。
「ああ、すまなかったな、タロウ。お前には話していなかったが、その万年筆は、その子にあげたんだ」
「えっ!?」
(えっ!?)
兵士が訝しんで政人に聞いた。
「なんであんたは、そんな高級そうな万年筆を、タヌキビトのガキに与えたんだ?」
「金メッキがされてるから高そうに見えるけど、実際は安物でね。最近インクの出が悪くなってきたので捨てようと思ってたら、その子が物欲しそうな顔で見てるから、与えたんだ」
「そのガキは、昼間つまらん悪戯をして牢に入れられ、その後脱獄した奴だぞ。確か、あんたも見てたから知ってるだろ。見つけたなら我々に教えてくれなきゃならん」
「牢に入れられたのは知ってるが、脱獄は知らなかったな。その子が普通に歩いてるから、許されて出してもらったのかと思ってたよ」
兵士は呆れたように、ため息をついた。
「まったく、人騒がせな」
「どうもすいません」
「おい、そのガキを牢に入れろ」
そしてポンチャは兵士に連行されていった。なにがなんだかわからない、という表情をしている。
政人は落ちていた万年筆を拾い上げ、ポンチャを追いかけた。
「忘れ物だぞ」
万年筆を差し出した政人を見て、ポンチャは信じられないという顔をした。
「どうして……?」
「その万年筆は、ひょっとしたらまた書けるようになるかもしれないし、鑑定すれば意外な価値があるかもしれない。せっかくだから持っておけよ」
(そうじゃない、なんで嘘をついてまで、俺を助けたんだ!)
「牢に入っている間、おまえには考える時間がたっぷりある」
政人はしゃがみ込んで、ポンチャと目の高さを合わせて言った。「考えて考え抜いてみろ。自分に何ができるか、何をしたいかを。おまえは『化ける』という、人間にはない特別な力を持っている。それはおまえの武器だ。武器は使い方次第だ。つまらない悪戯以外にも、何か使い道があるかもしれないぞ」
政人がそう言うと、ポンチャはたまらず膝をついた。
「オ、オイラ、今まで人間から優しくされたことがなくて。だ、だから、なんでアンタがそんな事言うのか、わけがわからなくて。そんな事言われても、オイラどうしたらいいか、わからなくて」
ポンチャは混乱して、自分の気持ちをうまく表現できないでいた。
政人はそんなポンチャの頭を、ポンとたたいて言った。
「考えるんだ」
そして、政人は立ち去った。
その後、夜が明けるまで、牢からは少年のすすり泣く声が聞こえていた。




