5.別れと旅立ち
政人がガロリオン王国に行くと宣言した後、英樹は闇の神の加護を受けた勇者の件について、女王に問いただすと言い出した。
それではペトラススクの預言書を持ち出したことがバレると止めたのだが、英樹は、
「いや、もう一人の勇者について伏せたまま、僕一人に魔王討伐をさせようとしたレナに非がある。文句は言わせない」
と言って一人で女王に会いに行った。
政人は、ひょっとしたら女王もペトラススクの預言書については知らなかったのではないか、とも思っていたが、戻ってきて報告した英樹によれば、知っていて黙っていたらしい。
女王は「あんなものは迷信です」と言って全く取り合わなかったそうだ。
「勇者とは光の勇者ただ一人です。勇者様は一人で魔王を倒せる力を身につけなければなりません。そのため、迷宮に潜って魔物と戦い、強くなるのです。最深層付近の魔物に一人で勝てるようにならなければ、魔王は倒せないでしょう」
女王はそう言ったが、政人がガロリオン王国に行く件については了承した。
何の力もない政人が何をしようと、どうでもいいと思っているのだろう。
だが英樹が、道案内と護衛のために聖騎士を政人に同行させろと要求すると、露骨に顔をしかめた。聖騎士は迷宮探索のための貴重な戦力だからだ。
しかし英樹がどうしてもと頼むと、メイブランド領を出るまでは、という条件で聖騎士を護衛に付けてくれることになった。
そして、政人が王都デセントを出発する日――。
デセントの城下町の城門の前に政人と英樹、そして二十人の聖騎士が集まっていた。
道中は魔物こそ出ないものの、野盗や大型野生動物が現れる恐れはあり、この程度の人数は必要だ――と、英樹が強硬に主張した結果だ。
「マサト殿の護衛を務める隊の隊長の任を拝命した、ライバー・ロベルトと申します。道中ご要望がございましたら、ご遠慮なくお申し付けください」
隊長は四十年配の聖騎士で、英樹が「彼は聖騎士の中で最も信頼できる人物だ」と請け合うだけのことはあり、丁寧な挨拶をしてきた。
(内心は俺の事をどう思っているか分からないが、それを表に出さないだけの分別はあるようだな)
「ああ、よろしく頼む」
それから政人は他の十九人にも自己紹介をしてもらった。
隊長は、自分だけが名乗っておけばいいと思っていたのか、意外な顔をした。
だが政人は、これから長い旅を同行することになる以上、顔と名前ぐらいは知っておくべきだと判断した。
聖騎士たちの表情からは、政人の護衛という任務に不満なことが、ありありとうかがえた。
聖騎士たちは皆、揃いの鎧を身に着けた屈強な男たちなのだが、もう一人、ラフな格好をした女性が混じっていた。
「おう、おまえがマサトか」
政人と同年代ぐらいの女で――後で政人より一つ上の十八歳だとわかった――上はオレンジのシャツに黒のレザージャケット、下は黒のショートパンツで、健康的な足がスラッと伸びている。
茶色の髪は全く手入れをしていないのか肩までボサボサに伸び、顔はつり目で性格のキツさが表れている。
身長は百七十センチはありそうな長身で、スタイルはよいのだが、胸はかろうじてあるのが分かる程度のサイズだ。
「アタシはライバー・ルーチェだ、よろしくな!」
初対面なのに随分馴れ馴れしく話しかけられたが、悪い気はしない。
陰湿な人間が多い王都において、珍しく竹を割ったようなさっぱりした性格のためだろう。
「言葉遣いに気をつけろ! 女王陛下の客人であるぞ!」
ライバー隊長の叱責がとんだ。
「はいはい、わかったよ、親父」
「隊長と呼ばんか!」
ルーチェはライバー隊長の娘で聖騎士ではないのだが、「王都の外に行ってみたい」と父に頼んで一行に加えてもらったそうだ。
強さは聖騎士に引けを取らないそうで、二メートルは越える槍を背負っている。
政人の服装は白の木綿のシャツ、下は同じく青く染めた木綿のズボンで、薄手のコートをはおっている。安価だが動きやすい服装だ。
荷物は少ない。路銀、最小限の着替え、地図、筆記用具、懐中時計などだ。
ペトラススクの預言書はもちろん返した。
英樹は政人に心配そうに声をかけた。
「くれぐれも気を付けてくれよ、ここは日本のような安全な世界ではないんだ」
(それはこっちのセリフだ)
政人には元の世界で、英樹のような気のおけない友人はいなかった。
望まない異世界召喚をされた同士なので、親近感を抱くのは当然ではあるのだが、それだけではなく、英樹の自分より他者を気遣う優しい性格には、尊敬の念を抱いていた。
(だからこそ、女王にいいように利用されそうで心配なんだよな)
「英樹こそ危険なことをさせられそうになったら拒否した方がいいぞ。君の要求はたいていのことは通るみたいだしな」
「ああ、無理はしないよ」
そう言って、手を差し出してきた。
日本人である政人にとって握手は慣れない行為なのだが、レンガルドではよく行われる挨拶だ。
政人は手を握り返し、言葉を返した。
「生きてまた会おう」
だが、その言葉には不吉な響きがこもっているような気がして、言ったことを後悔した。