49.タヌキビトの少年
「タヌキビト?」
「タヌキビト族の中には、ごく稀に、他の人間に化けることができる者がいるのである。あの小僧がそうなのであろう」
「化けるって……まるで魔法だな」
「魔法のような大したものではないのである。あのように、つまらん悪戯にしか使えんからのう」
ハナコが言う、「つまらん悪戯」をしたタヌキビトの少年は悪びれる様子もなく、後ろ手に縛られたまま、ふんぞり返っている。
「このクソガキがっ! タヌキのくせに人間様をたぶらかすとは許せん! タヌキ汁にしてくれるわっ!」
騙された兵士が激高するが、少年はふてぶてしい態度を崩さない。
「おう、殺せ! もうこの世に未練はねえ! 最期にてめえらのバカ面を拝めたからな!」
「なにをっ! 望みどおりに殺してやる!」
その兵士が剣を抜いたので、他の兵士が慌てて止めた。
「とりあえず、牢に入れておけ」
役人がそう指示すると、少年は連れていかれた。
政人は気になったので、近くの役人に聞いた。
「なあ、あの子はこれからどうなるんだ? まさかタヌキ汁にはしないだろう?」
「ん? ああ、もちろんだ。この程度のことで殺すわけがないさ」
それを聞いてひとまず安心したが、次の言葉を聞いてまた嫌な気分になった。
「まあ、二週間ばかり、牢に入ってもらうことになるな」
「ずいぶん長いな、まだ小さな子供だぞ」
「タヌキビトは人間様をなめてやがるからな。しっかり反省してもらおう」
日本では、子供が刑事罰を受けることはなかった。
もちろん、ここは日本ではないが、政人は納得できなかった。単なる子供の悪戯ではないか。叱ってやれば済むことだ。
あのぐらいの歳の子供にとって、二週間という期間がいかに長いものであるかは、よく知っている。
ずっと牢にいて、耐えられるものではない。
とりあえずその場は引き下がったが、既にタヌキビトの少年を助けようと心を決めていた。
政人は五人の男たちを呼び出し、牢にいるタヌキビトの少年を助けるように頼んだ。
「マサトさんの頼みでも、そんな危険なことはしたくねえだ」
「無理を言ってるのはわかっているが、それでもやってくれ」
「御主人様、オレがやります。オレなら闇に紛れてアイツを逃がせると思います」
タロウが言った。
「ダメだ。万が一見つかったら、タロウまで捕まって牢に入れられるかもしれない」
「オラたちは捕まってもいいんですか?」
「まあ、そうだな」
「ひどい!」
政人は非情である。
「それでは、兵士たちに見つからないように、タヌキの小僧をこっそり逃がせばいいんですね?」
リーダー格のゼバルが聞いた。
「いや、タヌキビトの少年は見つからないようにするが、お前たちは、わざと見つかってもらう。俺たちが逃がしたと疑われないようにな」
「そんな! なぜ見ず知らずのガキのために、そこまでしなきゃならないんですか?」
「どこの子供だろうと関係ない。子供を守るのは大人の義務だ」
そして、政人は作戦を説明した。
「作戦が成功したら、おまえたちはバラバラに逃げろ。兵士たちは本気で追ってはこないはずだ、所詮、子供の悪戯だからな。逃げ切ったら、山道をタンメリー女公領側に抜けたところにある宿場町ピンロイで、俺たちが来るのを待っていてくれ。ルーチェもおまえたちに同行してもらう」
ルーチェを付けるのは、男たちが逃げないようにするためだ。
男たちはそれでも渋っているが、
「やるのか、やらねーのか、どっちだ!」
ルーチェが槍を突きつけ一喝すると、男たちの運命は決した。
―――
その日の深夜――。
タヌキビトの少年は牢で眠れぬ時間を過ごしていた。
この世に未練はない、と昼間言ったことは本当の気持ちだった。
(もう人間たちに虐げられて、生き続けるなんてごめんだ)
鉄格子の扉の前には誰もいない。ケモノビトのためにわざわざ人員を割いて、牢番を置くことはしないのだ。だからといって、鍵のかかった扉を開けて外に出られるわけもない。
その時、少年の耳に足音が聞こえてきた。
(誰だ、こんな時間に)
やってきたのは、無精ひげを生やした、パッとしない中年の男だった。
「おい小僧、逃がしてやる。とっとと出るだ」
そう言って男は鍵を開け、扉を開いた。
「オラについてこい」
わけがわからないまま、少年は外に出た。
「こっちだ」
その男の後についていく。
宿場町の各宿の前には明かりが灯されている。二人は建物の裏側の陰になっているところを移動する。
遠くから「タヌキの小僧が逃げたぞー」という声が聞こえてきた。
「止まるだ。静かにしていろ」
無精ひげの男がそう言って、建物の陰から様子を窺う。少年も覗いてみると、二人の男が走って逃げていて、兵士たちがそれを追いかけていた。
追っている兵士たちの中に、髪の薄い男がいた。少年の耳に、男と兵士たちの会話が聞こえてきた。
「手前の男がタヌキの小僧が化けた姿です。その奥にいる男が牢の鍵を開けて、小僧を逃がしたんです」
(オイラはここにいるんだから、あれはオイラじゃないぞ)
髪の薄い男が嘘をついて、兵士たちを誘導しているようだ。
「なぜあの男はタヌキの小僧を逃がしたんだ。何者だ、そいつは?」
「さあ、俺にはわからねえです」
やがて、髪の薄い男が立ち止まった。
「それじゃ、俺はこのへんで……お先にドロンします」
そう言って男は別の方向に走り出した。
「おい、どこへ行く?」
兵士たちがキョトンとしていると、また別の男がどこかから現れ、叫んだ。
「バカモン、あのハゲがタヌキの小僧だ! 追え!」
兵士たちは混乱しているようだったが、髪の薄い男を追い始めた。
「あいつら、上手くやってるようだな」
無精ひげの男はそう言うと、少年をさらに人気のない所に誘導した。
するとそこに、若い男と女、それにイヌビトの少年が立っていた。
「マサトさん、連れて来ましただ」
「よくやった、おまえも逃げろ」
「へい」
無精ひげの男はそう言って、去って行った。
「ルーチェ、すまないが、彼らを頼む」
「任せとけ。タロウ、後は頼んだぞ」
「はい」
ルーチェと呼ばれた女性も立ち去った。
少年が状況を理解できずに立ち尽くしていると、マサトと呼ばれた男が声をかけてきた。
「君、もう大丈夫だ」




