48.再び、タンメリー女公領へ
政人はシャラミアたちとの会合を終えた後、デモンド家の隣の家に寄宿している、元盗賊の五人の男たちに声をかけた。
彼らに、金策の協力をしてもらうためだ。
「おまえたちに、仕事を与える」
「なんすか、仕事って」
「タンメリー女公領のポルテン村へ行き、そこで畑仕事をしてもらう」
「ポルテン村って、どこっすか、それ」
「ひなびた小さな村だが、住民は皆親切だ。よそ者のお前たちでも、受け入れてもらえるだろう。王領と違って税率は低いから、楽な暮らしができるぞ」
「まあ、畑仕事なら慣れてるだが」
明朝、政人たちと一緒にポルテン村へ旅立つことを告げると、男たちは特に不満も見せずに従った。
「えーっ、もう行っちゃうのー。もっといればいいじゃん」
明朝旅立つことを告げると、ミーナは寂しそうだった。
「ミーナ、わがまま言うんじゃありません。マサトさんたちには仕事があるのよ」
「ぶー」
母親にたしなめられても、不貞腐れている。
「はあ……後で戻って来るから、その時はまたここに泊めてもらうよ」
「うん、また買い物に付き合ってね、お兄ちゃん」
「なんだ、そのお兄ちゃんってのは?」
ルーチェが不思議そうに聞いた。
「私とお兄ちゃんの秘密だもんねー」
(もう好きにしてくれ)
ミーナの髪には、政人が買ってやったオタマジャクシの髪留めが付いている。
友達には「ひどいセンス」「不気味」と不評だったそうなのだが、彼女は気に入ったらしい。
「それで、クリッタさんはもうしばらく、この町に滞在されるのですか?」
ミーナの父親のジョージイがたずねる。
「ああ、まだ野暮用があるんでな」
ジョージイたちにシャラミアのことは話していない。信用していないわけではないが、秘密を知る人間は、少なければ少ないほど安全になる。
政人は、ずっとこの町で暮らしていけたらと思っていた。それほど居心地がよかったのだ。
だが、そういうわけにもいかない。闇の勇者を神聖国メイブランドに連れて行くという目的がある。
(今日は、タロウとハナコと遊んでやったら、早めに休むとしよう)
翌日、政人たちはタンメリー女公領に戻るべく、街道を歩いていた。
正規のルートなので、ハルナケア山地までは石畳の道が続いている。
周りには、旅人や行商人の姿がちらほら見える。
やがて、山の麓のガレンという宿場町にたどり着いた。ここまでがヴィンスレイジ王領である。
「御主人様の予想した通り、検問が行われていますね」
町に入る者に対し、王家の役人と兵士たちが取り調べを行っていた。
だが、それほど厳重に調べているわけではないようだ。何をしに、どこへ行くかだけを聞かれたので、適当に答えておいた。
「通ってよし」
「お役目ご苦労様です」
(どうも王家の役人たちは勤務態度がだらけているな。上に立つ者が出鱈目だからかもしれない)
「ちょっと早いが、今日はこの町で宿を取ろう」
「わかった」
「おまえらも、適当な宿を取って、休んでおけ」
政人はそう言って、五人の男たちのうち、なんとなくリーダー格になっているゼバルという男に宿代を渡した。
「明日の朝七時に、ここで落ち合おう」
「へい、わかりやした」
宿場町なので、大通りの両側に宿屋が建ち並んでいる。だが、どの宿も古びており、壁が剥がれたり、屋根が壊れたりしている。
宿泊客はそれなりに多いようなのだが、まったく景気がいいようには見えない。
(よっぽど税が重いんだろう)
政人は宿に入り、部屋に案内されると、ベッドに横になった。
「すまんが、疲れたので俺は寝る。おまえらは適当に時間をつぶしていてくれ」
「そっか。じゃあタロウ、稽古をつけてやるから、外に出ろ」
「はい、お願いします」
ルーチェとタロウは出て行った。
「あやつらは元気であるな。我はインドア派ゆえ、とてもついていけぬわ」
そう言って、ハナコもふかふかのベッドに体を沈めた。
「これからまた山越えだぞ」
「憂鬱である。だが、あの地獄の桟道を通らなくてもよいのなら、耐えてみせるのである」
「無理はするな。つらくなったら正直に言え」
「御主人様は時々優しいのである」
「俺は子供には優しいんだ」
「我はもう子供ではないぞ」
それからしばらく時間が経ち、二人が寝入りかけた時だった。
ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえ、部屋の扉が勢いよくバーンと開けられた。ルーチェとタロウが入ってきた。
「おい、マサト! 大変だ!」
「なんだ、騒々しい」
せっかく眠りかけていたのに、と不満げに身を起こした政人は、ルーチェの言葉を聞いて、眠気がふっとんだ。
「検問でシャラミアが捕まったらしい!」
政人たちは急いで町の入り口の検問所に向かっている。
(あり得ない)
シャラミアはクロアの町にいるはずだ。あの足でここまで来られるわけがない。
「いったい、何があった?」
「タロウと稽古してたら、検問所の辺りから『いたぞ』『シャラミアだ』って声が聞こえてきたんだ。そんなバカな、と思って見に行ったら、ホントにシャラミアが捕まってたんだ」
「ルーチェさんがその場に飛び出そうとしたんですが、オレが『まず御主人様に知らせましょう』と言って止めたんです」
「よくやった、タロウ」
褒められたタロウは、嬉しそうだ。
「あそこだ」
ルーチェが指さす方を見ると、役人と兵士たちが慌ただしく動いている。
「すぐに王都に報告を」
「報告するよりも、我々が王都まで護送すればいいのでは?」
「でも、この場を離れていいとは言われてないぞ」
「シャラミアを捕らえたんだから、もう検問の必要はないだろう」
「いや、まだ御付きの騎士と侍女がいるはずだ」
彼らも、思いもよらない事態に混乱しているようだ。
まさかシャラミアが現れるとは思っていなかったのだろう。
そのシャラミアは、と辺りを探すと――いた。
兵士たちが周りを取り囲む中で、後ろ手に縛られて椅子に座っている女性の姿がある。
確かにシャラミアのように見える。だが、どうも様子がおかしい。
こんな状況だというのに、楽しくて仕方がない、というようにワハハハと笑っている。
「どう思う、あれ」
「全然わからねえ」
政人たちが首をかしげていると、シャラミアが、しゃべった。
「アッハハハハ。こいつは面白えや。いつも偉そうにしてる役人たちが、オイラに騙されてあたふたしてやがる」
周りの役人や兵士たちは呆気にとられてシャラミアを見た。
と、次の瞬間、シャラミアは――男の子の姿になっていた。
まだ十歳にも満たないように見える小さな子だ。
目の周りは黒い隈ができており、頭から犬のような耳が突き出ている。タロウの耳がとがっているのに対して、その子の耳は丸い形をしている。お尻からは太くて短い尻尾が生えていた。
「イヌビトか?」
「いや、御主人様、あれはイヌビトではないのである――」
政人のつぶやきに対し、ハナコは言った。
「あれはタヌキビトである」




