47.クーデター計画
シャラミアの病室に九人の人間が集まった。
政人、ルーチェ、タロウ、ハナコの四人は、闇の勇者を誕生させることを目標に掲げる仲間たち。
シャラミア、ネフ、ギラタン、ティナの四人は、王国を救うため、シャラミアを王にすることを決意した主従たち。
彼らは互いの目的を果たすため、協力することで意見がまとまった。
もう一人、クリッタの立場は微妙である。
彼の本来の仕事は新聞記者であり、本社の命令によって動かねばならない立場だ。
だが、彼は政人と聖司教の会談に同席したことで、政人の考えに共鳴している。また、彼とてガロリオン王国の国民なので、国の危機に無関心ではいられない。
そのため、彼もこのグループの会合に参加している。
「まあ、社長に相談してみなきゃ、俺がどこまで動けるかはわからねえんだが、とりあえずは協力させてくれ。もちろん、協力できなくなった場合でも、お前たちの不利益になることはしない。ここで聞いた話を漏らしたりはしないと誓おう」
「ああ、助かる」
政人はクリッタを信頼しているので、協力の申し出はありがたい。
「それでその……クーデター……だっけ? それってどうやって起こすんだ?」
ルーチェが質問してきた。
彼女たちは、政人の決定には無条件で従うことにしているので、シャラミアたちと協力することに異論はないようだ。
「シャラミア達にはすでに説明したんだが――」
政人は、改めて説明した。「まず、こちらの兵力を用意する。百人ほどいれば十分だろう。多すぎると、行動を起こす前に敵にバレるからな」
「どうやって百人も集めるんだ?」
「傭兵を雇う」
「そんな金があるのか? シャラミアが持ってんのか?」
「シャラミア『様』だ。口の利き方に気をつけろ! 無礼者!」
「なんだと! てめえこそ、何様のつもりだ!」
ネフとルーチェが一触即発になる。
「やめなさい、ネフ」
シャラミアがネフをたしなめた。「今の私は王家を追放された身です。私たちとマサトさんたちは、対等な仲間であると考えなさい」
「はっ」
ネフはとりあえず従ったが、納得いっていないことが顔に出ている。
(俺もシャラミアを呼び捨てにしてたんだが……。異世界から来たということで、特別な人間だと思ってくれてるのかな?)
政人も一応、ルーチェを注意しておく。
「ルーチェも、簡単に喧嘩腰になるな。これから俺たちは同志として、力を合わせないといけないんだ」
「わかったよ」
「話を戻すと、シャラミアたちは十五万ユール持っているそうだが、百人の傭兵を雇うには全然足りない」
「シャラミア様の資産はすべて、ジスタス家に接収されてしまったんだ。俺たちのなけなしの所持金をはたいて、やっとそれだけ持ってこれた」
ギラタンが無念そうに言った。
「じゃあ、どうするんだ?」
「金策については、一応考えがある。それについては、後で話そう」
「わかった」
「それで兵を用意できたら、王城に侵入し、クオン王の身柄を押さえる。そこまでは、不意をつくことさえできれば可能だ」
「問題はその後、であるな」
ハナコが指摘する。「城内には敵兵が大勢いよう。そいつらは王の身柄を押さえたからといって、こちらの言うとおりにはなるまい。我らはあくまでも反逆者なのであるから。それに王は十一歳の子供であるから、実質的な軍の指揮権は摂政のジスタス公が持っているのであろう。ジスタス公がいる限り、シャラミアさんを王位につけるという目的は達成できまい」
「その通りだ」
(さすがにハナコは賢いな)
「王都にはヴィンスレイジ王家の兵が一万四千人、ジスタス家の兵が三千人いる」
ギラタンが説明した。「ジスタス家の兵はもちろん、ヴィンスレイジ王家の兵も、指揮権はジスタス公が持っている」
「だから、クオン王の身柄を押さえると同時に、ジスタス公も逮捕するんだ。ジスタス公を人質にとれば、ジスタス家の兵は動けなくなるからな」
政人はギラタンに続いて言った。
「それも、不意をつけるかどうかであるな」
「ああ、もしこちらの計画が漏れていれば、間違いなく失敗する」
「ジスタス家の兵が動けなくなったとして、一万四千人の王家の兵はどうなりますか? 王とジスタス公を盾にすれば、こちらの言う事をきいてくれますか?」
タロウが質問した。彼も話についてきているようだ。
「正直、王家の兵がどう動くかは読みにくいな。一応ジスタス公の指揮下にはあるんだが、内心は皆それを不満に思っているし、だからといって、クオン王に忠誠を誓ってるわけでもねえな。もともと指揮系統がはっきりしてないところがあるんだ」
ギラタンがそう答えた。
(指揮系統があやふやか……使えない軍だな)
「誰がリーダーなのかを、連中にはっきり示してやればいいんだ」
政人は言った。「シャラミアが彼らの前で演説し、自分こそがガロリアン王国の正統な王であることを訴える。兵たちは皆、クオン王の即位後に、この国がダメになっていったのを見ているから、シャラミアに国を治める器量があることを認めれば、大人しく従うはずだ。軍を味方につけることさえできれば、クーデターは成功だ」
「私にそんな器量が備わっているでしょうか」
シャラミアが不安そうに言った。
(どうも彼女は女王としての力強さに欠けるな)
「君には間違いなく、女王の資質がある。そう信じるんだ。そんな弱気な姿を見せないでくれ」
政人はシャラミアを励ました。「国民は皆、強い君主を求めているんだ。外戚に実権を握られる幼少の王ではなく」
「そうですね……わかりました。私も覚悟を決めましょう」
「ああ、頼む」
政人はシャラミアの瞳から、必ず女王となってこの国を救う、という決意を読み取った。
「後はクオンからシャラミアに譲位をさせれば終わりだ」
「王太后はどうするのであるか?」
「王太后の周りには少数の警護がいるだけで、自分で動かせる兵は持っていない。ジスタス公の身柄さえ確保すれば、彼女はなにもできない」
ハナコの質問にそう答えた政人は、他に何か聞きたいことはないかと、まわりを見回した。
誰も何も言わないようだ。
「こんなところかな。もちろんこれは現時点での構想であって、状況が変化すれば作戦は変わってくる」
「クーデターについてはわかった」
ルーチェが言った。「それで、差し当たっては何をすればいい?」
「シャラミアたちは、当分この町に身を隠していてくれ。昨日も言ったが、王都からの追手は、まさかこの町にシャラミアが潜んでいるとは思わないだろうからな」
「税が免除されてるから、徴税の役人も来ないしな」
クリッタがそう言うと、シャラミアたちは一様に不機嫌な顔を見せた。
「先王はまったく何を考えておられたのか」
ネフが代表して文句を言った。「シャラミア様が女王となった暁には、この町の特権は取り上げましょう。あまりにも不公平です」
「そうですね」
(はあ……彼女たちの六神派嫌いはどうしようもないのかな)
「そういうことは女王になった後で考えるとして、シャラミア、この町にいる間にケンブローズ聖司教と会ってみないか?」
「私が聖司教と? なんのためにですか?」
「女王になった後、闇の神の加護を授ける儀式は、聖司教が行うんだ。今のうちに顔を合わせておいた方がいい」
(聖司教の人柄に触れれば、彼女の六神派に対する認識も変わるかもしれない)
「まあ、マサトさんがそうおっしゃるのであれば、構いませんが……」
「それじゃ、また俺が聖司教との会談をセッティングしよう」
「ああ、頼むクリッタ。それと、シャラミアたちが潜伏する家を用意できないか?」
クリッタはしばらく考える様子を見せてから言った。
「それなら――闇の神殿はどうだ?」
「なんだと!」
ネフが色をなした。「シャラミア様を六神派の総本山に住まわせるというのか!」
「あそこの二階より上は、住民もほとんど立ち入らないし、聖司教は快く許可してくれるはずだ。彼も国のために力になりたいと思っているからな」
「俺もそれがいいと思う」
政人もクリッタの案に賛成した。「昨日も言ったが、僧侶たちをうまく利用すればいいんだ」
「……わかりました。そこまで言われるなら」
シャラミアは渋々承諾した。
「それと、クリッタに頼みがある」
「なんだ?」
「信頼できる傭兵団を探しておいてくれ」
「あのなあ、俺には本業の新聞記者としての仕事があるんだが……」
クリッタは政人が一歩も引かない様子なのを見て、ため息をついた。「わかったよ、引き受けよう」
「ありがとう」
「だが、社長になんて言い訳するかな」
「俺はこの後、ヘルンの町に戻る予定なので、セリーには事情を説明しておく」
「そうか。じゃあ、俺の方からも報告書を書くから、社長に渡しておいてくれ」
「いや、それは書かない方がいい」
「なんでだ?」
「シャラミアが逃げたことで、検問が行われているはずだ。その報告書を持っているのが見つかったらまずい」
「なるほど、確かにそうだ」
「じゃあ、アタシたちはヘルンに戻るのか?」
ルーチェが聞いた。
「ああ、俺とルーチェ、タロウ、ハナコはヘルンに行く。だが、その前にポルテン村に寄る」
「ポルテン村? ヘルンから山道に入る前に通った村か。何しにそんな村に行くんだ?」
「さっきも言った金策について、ちょっとした考えがあるんだ」
それから政人は念を押した。「ただし、前に通ったひどい山道は使わないぞ。正規のルートを通って行くからな」




