43.レンガルドの「王」
「王……?」
政人は聖司教の言葉に首をかしげた。王と勇者と何の関係があるのか。
そんな政人の疑問を感じ取ったように、聖司教は説明する。
「王はレンガルドでは特別な存在なのです。王という地位は、神によって授けられるとされています。つまり、王は既に神の加護を受けているのです」
「さらに闇の神の加護を加えれば、勇者の誕生というわけですか」
「そうです」
「王はレンガルドに八人いる」
クリッタが言葉を挟んだ。「八王国に一人ずつだな。闇の勇者になれるのは、その八人だけってわけか」
政人は絶望的な気分になった。
王に会うだけでも簡単なことではないのに、国を統治している王に対して、「闇の勇者になって魔王を倒してください」などとお願いしても、聞いてもらえるとは思えない。
しかも全ての王は『五神派』であり、闇の神の存在を認めていないのだ。
政人だけではなく、この場にいる全員が、それが実現不可能なことだと理解していた。
「マサトが王になるのはどうだ?」
ルーチェがまた突拍子もないことを言いだした。彼女は、マサトが何か言おうとする前に続けた。
「別にアタシが王になってもいい。闇の勇者になって魔王を倒す覚悟がある奴が、王であればいいんだろ?」
「どうやって、王になるんだ?」
「今の王を倒して、王位を奪い取ればいいんだ」
「そいつは、やめといた方がいいな」
クリッタが言った。「レンガルドの民は『血筋』を大切にしている。王の血筋でないものが、武力で王に成り代わっても、決して民衆の支持は得られない。過去、王を倒して自分が新たな王となった奴は、すぐにその地位を失っている」
「そんなことはないのである」
ハナコがクリッタに反論した。「二十二年前、メイブランド暦一七六二年にケモノビトのガウハント・リオンがヴァラリアル王国を滅ぼし、ズウ王国を建国している。『百獣王』は国民から支持されているぞ」
「ああ、確かにそうだったな」
クリッタはハナコの言ったことを認めた。
「まあ、ズウ王国が国として機能しているのは、それまで住んでいた人間を追い出して、リオンを支持するケモノビトたちを外から連れてきたからだ。だが、マサトが王位を奪ったとしても、支持する国民を外から連れてくることはできない」
「我たちがいるのである。人数は少なくとも、国民にはなれるはずである。『国』というのはどのくらいの人数がいなくてはならない、と決まっているのであるか?」
「それは……」
「『百獣王』リオンは神の加護を受けていません」
答えに窮したクリッタに代わって、聖司教が言った。
「王は即位の際に『降神の儀』を行います。
その儀式において、王は火、土、風、水のいずれかの神の加護を受けるのです。
神の兆しは誰の目にも見える形で表れます。
リオンも降神の儀は行ったのですが、どの神の加護も与えられなかったと聞いています。彼に勇者となる資格はありません。
おそらく古来よりの王の血筋を継いだ人間でなければ、無理なのでしょう」
聖司教の言葉に、言い返すことはできなかった。
やはり無理だったようだ。
「お力になれず、申し訳ありませんでした」
聖司教が頭を下げた。彼は闇の神殿の入り口まで見送りに来てくれている。
あの後ペトラススクの預言書について、政人が知っている内容を説明したが、特に役に立ちそうな部分はなかった。
「いえ、いろいろお話を聞けて勉強になりました。過分な贈り物も頂きましたし」
「そう言って頂けると助かります。私ももっと、闇の勇者について研究してみましょう」
政人は目的は果たせなかったが、この老人の学識と人柄には敬意を抱いた。彼が上辺の言葉ではなく、親身になってくれているのが伝わってきた。
「なあ、じいちゃん」
ルーチェが、相変わらず馴れ馴れしい口調で、聖司教に話しかけた。「アタシたちが王を連れてくれば、闇の加護とやらを授けてくれるんだよな?」
「もちろんです」
「そうか、じゃ、王に会いに行くぞ、マサト」
(コイツ、まだ諦めてないのか)
「おい、どうやって王に会うというんだ? 会えたとして、どうやって説得するんだ?」
「マサトならきっと、何かいい考えを思いつくさ」
ルーチェは無責任に言った。「とりあえず王都に行ってみようぜ。諦めるのはその後でもいいだろ?」
―――
「お父様、シャラミアをこのまま放っておくつもりなの?」
王太后のヴィンスレイジ・テラルディアは父親であるジスタス公に言った。
ここは王都ヴィンスレイジアの王城、ジスタス公の執務室である。
彼女はシャラミアと約束した通り、クオンに会うために王城にやってきた。
だが、息子の相手を三十分ほどしてやると、それで義務は果たしたと思ったのか、「また来るから、いい子にしてなさい」とだけ言い置いて、部屋を出た。
そしてその足でここに来たのである。
「どういう意味だ?」
「彼女は先王の姪で、先王の兄弟がみんな死んだ今となっては、王位継承の第一順位よ。クオンを退位させ、自分が王位につこうと考えているかも」
「久しぶりに会ったと思えば、何を言い出すんだ。あの娘にそんな気概はない」
「あの子にそのつもりがなくても、周りが担ぎ上げるかもしれないわ。クオンの人気が下がるのと反比例して、シャラミアを待望する声が高まっているそうよ」
ジスタス公は面白くなさそうに、ワインを一口飲んだ。
「どうしろというんだ」
「こういうのはどうかしら」
テラルディアはさも妙案を思いついたというように言った。「彼女はソームズ公に、クオンへの反逆を促す密書を送っていた。そしてその密書はソームズ公に届く前に、発見されてしまうの」
「その密書とやらは、こちらで偽造するということか?」
「そうよ。彼女の父親とソームズ公は仲が良かったから、ありそうな話だと思われるんじゃないかしら。ソームズ公の評判も落とせるし、一石二鳥よ」
ソームズ公がジスタス公に反感を抱いているのは、有名な話だ。
ジスタス公はグラスに残っていたワインを全て飲み干した。
「それで、シャラミアにありもしない罪を着せてどうするつもりだ?」
「王への反逆は当然、死罪でしょ」
「む…………」
まだためらっている様子の父親に対して、彼女は言った。
「罪のない者を殺すなんて、今まで私たち、何度もやってきたじゃない。彼女の父親を毒殺したようにね」