42.ケンブローズ・ウェムジー聖司教
翌日、政人たちは指定された時間に闇の神殿を訪れた。
その建物はクロアの町の中心部にそびえ立ち、町のどこからでも目にすることができる。
不揃いな石を積み上げた石垣で囲まれている、無骨な建物だ。昔は砦として使われていたのだそうだ。
現在は、ここに住んでいるのは軍人ではなく、聖職者たちである。
中に入ると、若い僧侶が出迎えてくれた。
「聖司教猊下は今、お祈りをしておられますが、じきに終わると思います」
そう言って、聖司教がいるという祈りの間へ案内してくれた。
祈りの間の前に来ると、中から老人の声が聞こえてきた。
「火神よ、燃えさかる赤き火にて、人の世の汚れを浄化したまえ
土神よ、母なる豊穣たる大地よ、新しき生命を育みたまえ
風神よ、吹き過ぎゆく風にて、あまねく恵みを運びたまえ
水神よ、永遠に流れたゆたう水にて、生命の渇きをいやしたまえ
産まれて泣き出す人間は、明るさに怯える者なれば
闇の神よ、優しく包み込む闇にて、人の心を守りたまえ
死にゆく定めの人間は、暗さに迷う者なれば
光の女神よ、強く汚れなき光にて、人の心を明るく照らしたまえ」
これは『六神への祈り』と呼ばれている祈祷文を唱えているのだ。
メイブランド教の正統な教義においては、闇の神の部分を省いて『五神への祈り』になる。
敬虔な信者は、それを一日三回、神聖国メイブランドの方角を向いて行う。
政人たちが中に入ると、正面に高さ三メートルほどの、光の女神と闇の神の像が並んで立っている。そしてその前でひざまずき、礼拝を行っている老人の姿があった。
政人たちが近づくと、老人は立ち上がり振り返った。
もう八十歳にはなろうかという老人で、頭頂部には髪がほとんど残っておらず、白いあごひげが長くのびている。
僧服に身を包んだ体はひどく痩せてはいるが、背筋がピンと伸びていて老いを感じさせない。
丸眼鏡の中に細い目をのぞかせて微笑んでいるその顔は、優しいお爺さん、という印象だ。
「ようこそ、いらっしゃいました。私がケンブローズ・ウェムジーです」
ケンブローズ聖司教はそう言って、部屋の隅にあるテーブルに政人たちを案内した。そして光の神と闇の神の像に目を向けた。
「この部屋では私は嘘をつくことができません。神様が見ておられますから」
それからクリッタが政人たちを紹介した。
聖司教は孫たちを見るような優しい目つきで、それを聞いている。
「闇の神の加護を受けた勇者について知りたいそうですね」
一通り紹介が終わると、聖司教は本題に入った。
「はい、俺たちのことはクリッタから聞いておられると思いますが、改めて説明致します」
政人はこの部屋の静謐な空気と、目の前の聖司教の包み込むようなオーラに、気をのまれそうになっていた。
「まず最初に申し上げておきます。俺はこの世界で生まれた人間ではありません。『地球』という異世界から、メイブランドの女王によってレンガルドに召喚されました」
初めてこの話を聞いたクリッタが驚いた表情を浮かべたが、聖司教の好々爺然とした表情は全く変わらない。
「そしてもう一人、俺と共に地球からレンガルドに召喚された者がいます。森沢英樹といいます。彼は、光の女神の加護を受けた勇者です」
それから政人はこれまでの経緯を説明した。
英樹は魔王を倒す力をつけるため、メイブランドの迷宮に潜っていること。
政人はペトラススクの預言書を読み、闇の勇者の存在について知ったこと。
そして闇の勇者の情報を求めて旅に出たこと。
ヘルン新聞の記事を読んで、聖司教が闇の勇者を誕生させる方法を調べていると知り、話を聞くためにここへ来たこと。
聖司教は政人が説明する間、まったく口を挟まずに聞いていた。
「ペトラススクの預言書が残っていたのですか……」
政人が説明を終えると、聖司教が口を開いた。
「はい、ここに持ってきていればよかったのですが……。でも、覚えている部分もあるので、そこは説明できます」
「ぜひ聞かせてください。まあ、それは後で伺うとして、私はメイブランドの女王が光の勇者を召喚したと聞き、驚いています。彼女にそんな力があったとは……」
「女王が英樹を召喚し、その際に光の女神が加護を与えたと聞いています。彼女は魔法が使えるんです」
「『神聖女王』メイブランド・レナが魔法使いだってのは、わりと有名な話だ」
ここでクリッタが口を挟んだ。
「俺が知ってる限りじゃ、レンガルドで魔法を使える奴は他に四人いる。
一人は光の勇者のモリサワ・ヒデキだな。
それからスランジウム王国の『長命女王』マッケンスノー・サーレイン。
オルダ王国の『暴風の魔術師』ザーク・フレイド。
そしてもう一人が――」
彼はニヤリと笑って言った。「ここにいるケンブローズ・ウェムジー聖司教だ」
政人は改めて聖司教を見つめた。その表情は変わっていない。
と、思ったら聖司教は右手を持ち上げ、人差し指を真上に立てて何かをつぶやいた。指の先に野球のボールぐらいの炎が現れた。
「マッチ無しで、ろうそくに火をつけられるのは便利ですよ」
聖司教は茶目っ気たっぷりな表情でそう言った。
そして、すぐに火を消した。
「すっげーな! もっと見せてくれよ、じいちゃん」
「失礼だぞ、ルーチェ」
(コイツは誰が相手でも変わらんな)
「いえいえ、構いませんよ。でもこの部屋であまり派手なことはしたくないのです。できるとすれば――」
聖司教は何やら両手をこすり合わせて、呪文を唱えた。そして、手を開いて見せた。
「こんなことぐらいでしょうか」
その手のひらの上には指輪が載っていた。
「私は土魔法が一番得意なのです。これは土魔法で作った白金の指輪です。ルーチェさんどうぞ、差し上げます」
「お、いいのか!? ありがとなっ、じいちゃん」
ルーチェはすぐに貰った指輪をはめた。サイズも合っているようだ。
政人は慌てて言った。
「い、いえ、それは受け取れません。そんな高価な物を貰う理由がありません」
「遠いところから、わざわざ私に会いに来てくださった方へのプレゼントです。どうぞ、受け取ってください」
「我も欲しいのである!」
ハナコも調子に乗っておねだりをした。
聖司教は笑いながら、今度は黒い花の形の髪飾りを作って、ハナコに渡した。
「ハナコさんに似合うと思いますよ」
ハナコは目を輝かせて、尻尾を振っている。
「御主人様、付けて欲しいのである」
「まず、お礼を言いなさい」
「感謝するぞ、御老人」
政人はため息をつきながら、髪飾りを付けてやった。確かにハナコの金色の髪と、ゴスロリ風の黒いドレスに合っている。
(おまえら、この凄さを理解してるか? 無から有を生み出してるんだぞ!)
「タロウさんにはこれがいいかな?」
今度はタロウに、剣と盾を組み合わせたデザインの紋章が描かれたワッペンを作ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
タロウは早速胸に付け、嬉しそうに尻尾を振っている。
(なんで聖司教は、こいつらの好みがわかるんだろうか)
「さて、マサトさんには何がいいでしょうか」
「いや、俺は……」
「私が見たところ、貴方は見栄えはあまり気にしない方のようですね。装飾品よりは実用的な物がよいでしょう」
そう言って、また何かを作り始めた。
そして出来上がったものは、万年筆だった。黒を基調にしたデザインで、高級感が漂っている。
「それは、ひょっとしてペン先が金でできているのでは?」
「はい、売ればそこそこの値がつくはずです。お金に困った時のためにも持っていてください」
政人は一旦は断ったのだが、聖司教は強引だった。
つかつかと歩み寄ると、政人のコートのポケットに手をつっこんで万年筆をねじ込んできた。
まるで孫にプレゼントをあげようとするお爺ちゃんだ。
政人は苦笑いするしかない。
「ありがとうございます。なにかお礼ができればいいのですが」
「気にしないでください。あなたはレンガルドの人間ではなかったにもかかわらず、魔王を倒すために行動してくださっているのですから」
そして聖司教は、再び真剣な表情になった。
「話を戻しましょう。闇の勇者のことですね」
「はい、聖司教猊下は、闇の勇者を召喚する具体的な方法を突き止められたとか」
「闇の勇者は、光の勇者のように、異世界から召喚するのではありません」
「そうなのですか?」
(てっきり、英樹と同じく、地球から召喚するのだと思っていたが)
「はい、ここレンガルドに住む者に対して闇の神の加護を与え、勇者とするのです。私なら、その加護を与える儀式を行うことができると思います」
「その加護は、誰にでも与えられるのですか?」
政人はあまり気は進まないが、自分が闇の勇者になってもいいと思っていた。そのぐらいの覚悟はある。
「いえ、誰でもというわけではありません」
聖司教は言った。「闇の勇者となれるのは、『王』だけです」




