4.もう一人の勇者
さらに一ヶ月が過ぎた。
政人はレンガルド語を、現地人と変わらない程度に使いこなせるようになっている。
語学の学習以外にも時間を割けるようになり、時々城を出て、城下町を散策したりもしている。
政人は女王の食客のような扱いになっており、かなり自由に行動できた。
だが、王都デセントに馴染んでいるとはいえない。
なにせ城の者は皆、何の力も持たない政人に対して、敵意とまでは言えなくとも、蔑みの感情を隠そうとしないからだ。
もっとも、これは政人の態度にも問題がある。
政人は無理やりこの世界に連れてこられたことで、女王に強い憎しみをもっており、城の者たちにも、冷たい態度をとってしまうことがあるのだ。
ある日の夜、政人は英樹に考えていることを打ち明けた。
「王都を出ようと思うんだ」
「えっ……本気なのか!?」
「ここにいても俺はなんの役にも立たない。魔物と戦う力はないからな」
なにか言いかけた英樹を制して続ける。「できることといえば、知識を得ることぐらいだ」
「君は部屋にいないときは、たいてい書庫にいるもんな」
「その書庫で調べものをしていて、わかったことがある」
「なんだい?」
「魔王は光の女神の加護を受けた勇者にしか倒せない、ってことになってるよな」
「ああ、確かレウの預言書とやらにそう書いてあるんだっけ?」
英樹も基本的な知識は女王から教わっている。
「そうだ。でもな、預言書はレウが書いたもの以外にもあるんだ」
「そうなのか?」
「メイブランド教の神については知ってるか?」
「ああ、光の女神とそれに従う火、水、風、土の五柱の神がいるんだろ」
「そう、でも昔はもう一柱、闇の神というのがいた」
これには英樹も驚いた表情を見せたが、政人は構わず続ける。
「闇の神は光の女神の従属神ではなく、対等の存在だ。といっても対立しているわけではなく、協力してこの世界を管理している。火、水、風、土の神は光の女神の配下だが闇の神には従属していない」
「そうなのか? 誰もそんなことは教えてくれなっかったが」
「今は闇の神の存在はなかったことにされているからだ」
政人は一冊の歴史書を机の上に置き、該当するページを開いた。
「ここにその辺の経緯が書いてある。
昔、闇の神を神として認めるかどうかで、神学者たちの間で論争があった。
認めない『五神派』と、認める『六神派』の間で、ときに流血沙汰になるような激しいやり取りがあったんだが、結局メイブランド暦六三五年――今から千年以上前だな――テドラエ公会議によって闇の神は認めないことに決まった。
六神派は異端となった」
英樹はそのページを眺めながら、感心したように言った。
「よく調べたもんだな」
「俺には時間はたっぷりあるからな」
「それで預言書が他にもあるっていうのは?」
「六神派が異端になったことで、その主張を裏付けるような内容の書物はことごとく禁書となった。ペトラススクの預言書もその内の一つだ。ペトラススクの預言書の存在は厳重に秘匿され、その内容を知る者は今ではほとんどいない」
「じゃあ、なにが書いてあったかはわからないのか」
そこで政人は、ニヤニヤしながら答えた。
「それがな……あったんだ」
「何が?」
「この城の書庫の奥に『閲覧禁止』とプレートが貼られている、常に鍵がかかっている扉があるんだ」
話の展開を予測した英樹は、不安そうな表情になった。
「まさか……君は」
「書庫の番人は常に鍵束を持ち歩いてるんだが、さすがに風呂にまでは持ち込まない。奴が共同浴場に入っているときに脱衣所から盗み出すことは簡単だった」
唖然とした表情の英樹に満足しながら、続ける。
「書庫に戻って閲覧禁止の部屋の鍵を開けてから、脱衣所に戻しておいた。後で書庫に人がいないときを見計らって侵入し、目当ての物を見つけた」
政人は古びてぼろぼろになった本を、机の上に置いた。
「これがペトラススクの預言書だ」
「なんて無茶を! 見つかったら僕でもかばいきれるかわからないぞ!」
英樹は驚き呆れている。
だが、政人はまったく悪びれた様子も見せずに言った。
「本というのは読まれるためにあるんだ」
英樹は「はああ」と深いため息をついた。
「それで……何が書いてあったんだ」
「魔王がそろそろ現れるってことはレウの預言書と共通しているんだが、その魔王を倒すのは光の女神の加護を受けた勇者と、闇の神の加護を受けた勇者の二人だ」
「な、なんだって!? それじゃ……」
「そう、勇者は君一人じゃないんだ」
政人は英樹が落ち着くのを待ってから言った。
「本当かどうかはわからない。だが、確かめる価値はある」
「どうやって?」
政人はレンガルド全土の地図を広げた。そして地図の一点を指さして言う。
「この、北西にあるボツナ島が俺たちがいる神聖国メイブランドだ」
ボツナ島全土がメイブランド領であり、その広さはレンガルドの陸地面積の二割程度だ。
「そしてその南東、一番大きなサスラーナ島の中央部にあるのが――」
指をその場所に移動して言った。「ガロリオン王国。今でも六神派の信者が多数存在する国だ」
「異端者の国なのか?」
「いや、国の教義はあくまでも五神派だ。他の国と違うのは六神派でも弾圧されていないということだ。だから六神派の信者たちの多くはこの国に住んでいる」
ガロリオン王国は昔から六神派の信者が国民の多数を占めていたので、彼らの存在を認めなければ国としてやっていけなかったのかもしれない。
「それじゃ君はこの国に……」
「行ってみようと思う」
決然とした表情で告げた。闇の勇者を探し出し、魔王を倒すために英樹に協力してもらうつもりだった。