39.王太后
シャラミアはカテナ離宮の美麗さに目を奪われ、うっとりしたが、すぐにそう感じてしまった自分を恥じた。
(これを建てるために国民は重税を課され、貧困にあえいでいるのよ)
馬を下り、門に近づく。
「止まれ、何者だ」
「無礼者、シャラミア様の顔を忘れたか!」
ネフが門衛を怒鳴りつけた。
門衛はシャラミアの顔を怪訝そうに眺めていたが、ハッと気づくと慌てた様子で言った。
「し、失礼しました。どうぞお通り下さい」
「お役目ご苦労様。馬を厩舎へ入れておいて頂戴」
「はっ」
中に入ると広いホールになっていて、正面に幅の広い階段があり、踊り場から左右に階段が分かれている。床には高価そうなカーペットが敷き詰められていた。
シャラミア達の姿を見たメイドが近寄ってきたので、ネフが声をかけた。
「こちらは先王の姪であり、クオン陛下の従姉弟にあたるヴィンスレイジ・シャラミア様である。シャラミア様は王太后陛下との面会をご希望だ。すぐに案内しろ」
それに対しメイドは、恐縮して答える。
「も、申し訳ございません、王太后陛下はただいま入浴中でありまして。陛下のお部屋にご案内いたしますので、しばらくお待ちください」
(例の温泉ね)
王太后は領内に三つある離宮の全てに温泉を引かせている。その工事費用も相当な額になったはずだ。
王太后の私室は予想通り、広く豪華な部屋だった。
三人で中に入ろうとすると、メイドに止められた。
「申し訳ありませんが、御付きの方は控えの間でお待ちください」
「おいおい、俺たちはシャラミア様を守るのが仕事なんだぜ。傍にいなくて、どうやって守るんだ?」
ギラタンが文句を言い、ネフも不満そうだったが、シャラミアは二人を制した。
「大丈夫よ、二人とも下がっていて。伯母様が私に危害を加えるはずがないもの」
二人は渋々と控えの間に行った。
シャラミアは一人で王太后の部屋に入り、座って待つことになった。
しばらく待っていると、突然ドアが開き、王太后が入ってきた。
「あら、久しぶりねえ。少しやせたんじゃなくって?」
王太后はバスローブ姿だった。湯上りで火照っているのか頬が紅潮しており、まだ乾ききっていない長い髪が顔にかかって、なんともいえない妖艶さを漂わせている。
まだ二十九歳の豊満な肉体は、女のシャラミアの目から見ても、ため息がでるほど美しかった。
「こんな恰好でごめんねえ」
そう言って王太后は戸棚からワインのボトルを取り出し、二つのグラスに注ぎ、テーブルに置いた。
「どうぞ。ウェントリー産の上物よ」
「あの、伯母様。私、お酒は……」
「いいから飲みなさいよ。あなたももう子供じゃないでしょう?」
王太后はそう言って、グイっとワインを喉に流し込んだ。
「それで、何をしにこんな所まで、私に会いに来たのかしら?」
「伯母様、王都に戻って、クオンと一緒にいてあげてください。あの子はまだ十一歳なんです。父親が亡くなって、母親もそばにいないなんて、あまりにもかわいそうだわ」
それを聞いた王太后は呆れた様子だ。
「わざわざそんなことを言うために来たの?」
「クオンが毎日何をしているか、御存じですか? 一人で人形に話しかけているんです。母親がいない寂しさを少しでも紛らわそうとして」
そして訴えかけるように続けた。「王がそんなだから、家臣たちも国民も、国の先行きに不安を感じているんです」
「クオンは『白痴王』と呼ばれているそうね」
「それを知っていてなぜ行動しないのですか! 彼は本来賢い子なんです! 精神的な不安がなくなれば、きっと人々に利発な少年王として愛されるはずなのに!」
「熱くなりすぎよ」
王太后はそう言って、またワインを口に流し込んだ。「私だってあの子を愛しているわ。母親なんだから当然でしょう?」
「では王都に戻っていただけますか」
「はあ……わかったわよ。戻ればいいんでしょ」
王太后は諦めたように言った。
「ありがとうございます」
シャラミアは安堵した。これで、ここに来た目的の一つは達成できた。後はもう一つの要求を王太后に飲ませなければならない。
「それと、もう一つ伯母様にお願いがあるのですが」
「今度は何よ」
「新たな離宮の建設をやめていただけませんか」
王太后は三つある離宮に加えて、さらに四つ目の離宮の建設を進めようとしている。
「みんな私の建築趣味を無駄な浪費だと非難するけれど」
王太后は挑戦的な口調で言った。「悪いことばかりじゃないわよ。人夫たちは仕事がもらえて喜んでるわ」
「人夫たちはそうだとしても、大多数の民衆は苦しんでいます。このままでは本当に国が潰れます。伯母様もわかっていらっしゃるでしょう?」
「この国はそんなにヤワじゃないわ」
「なぜそこまでして離宮を造ろうとなさるのですか? とても必要だとは思えません」
「…………」
王太后が何も言い返せないようなので、シャラミアはたたみかけることにした。
「まさか噂が本当だという事はありませんよね」
「どんな噂かしら?」
「王太后陛下は、離宮ごとに一人、男を囲っていると」
突然、頬に鋭い痛みが走った。
自分が引っぱたかれたのだと理解したのは、数秒経ってからだった。
呆然としているシャラミアに、王太后は言い放った。
「つけあがるんじゃないわよ! 大人しく聞いていれば、いい気になって!」
そしてドアを指さして、叫んだ。「出ていきなさい!」
シャラミアは自分が失敗したことを悟った。
彼女は何も言わずに王太后の部屋を出た。
(ネフとギラタンに会う前に顔を洗わなければならないわね。涙の跡を隠すために)




