36.金と暴力がこの世界を支配する
五人の男たちは必死に穴を掘っている。
それを政人たちは黙って見ている。
ルーチェは近くの小川まで体を洗いに行ったので、ここにはいない。
(結局、この世は金と力だな)
ルーチェとクリッタが強かったから、この状況になっている。
そうでなければ政人たちは身ぐるみをはがされ、途方に暮れていた。
彼らが村を捨てて盗賊に身を落とさねばならなかったのは、金がなかったからだ。
力を持つ者は、持たない者から富を奪う。
例えば、国家は民から「税」という形で財産を収奪する。
奪われる者にとっては強盗と変わらない。奪われるだけで、何も与えてもらえないのだから。
弱い者は、常に強い者に搾取されるのだ。
生きるためには、どうしても金が必要だ。だが、弱者にはそれがない。
ここは「社会保障」という概念自体が、存在しない世界。
為政者が悪政を行っても、それを糾弾する手段が、民衆にはない。
「王」を選挙で落とすことはできないのだ。
どうしても反抗したければ、武器を取って立ち上がるしかない。だがそれは「死」と同義である。
政人は悪名高いヴィンスレイジ王領に入ったばかりで、そんな社会の実態を見せつけられることになった。
穴を掘っている男たち、そしてこれから穴に埋められる男たちは、生まれ育った村を捨て、盗賊にならねば生きていけないほど、富を奪われてしまったのだろう。
そのような者たちがいる一方で、少年王は人形を壊し続け、王太后は自分のために作らせた宮殿で、温泉につかっている。
「さて、どうしたものかな」
五人の男たちを示して、クリッタは言った。「このまま解放しても、生活手段がなけりゃ、また盗賊に戻るかもしれん」
「クロアの町に働き口はないか?」
「ないこともないだろうが……そうだな、連れていくか」
「そうしよう」
だが翌朝、死体を埋め終わって疲労困憊の彼らにそのことを告げると、口々に恐怖を訴えた。
「六神派の住む町なんかに行ったら殺されるだ!」
「あいつらは五神派の信徒を殺して、その首を闇の神に捧げるって聞いたことがある!」
「前の王様を呪い殺したのも、奴らだそうですぜ」
クリッタは呆れてため息をついた。
「それは全部嘘だ、殺されないから安心しろ」
それでも彼らは渋っていたが、ルーチェに「今ここでアタシが殺してやろうか!」と一喝され、大人しくなった。
(六神派信徒を悪魔の使徒のように思ってるようだな。これが庶民の六神派に対する認識なのか)
政人は前途の多難さを想像して気が重くなった。
夜も更けたころ、クロアの町にたどり着いた。町は壁に囲まれてはおらず、誰でも自由に出入りできるようだ。
全員がへとへとだった。みんな昨夜はほとんど眠っていない。
ハナコはルーチェにおぶってもらって、その背中で眠っている。
政人はルーチェの槍を持たされている。
タロウは、歩きながら眠るという意外な特技を発揮した。
町に入ると、クリッタは迷いなく一行を先導して進む。
暗くてはっきりとはわからないが、特に他の町と変わったところは感じなかった。
やがて一軒の家にたどり着いた。
クリッタがノッカーを打ち鳴らすと、しばらくして中から「どなたですか」と言う声が聞こえた。
「クリッタだ」
クリッタが名乗ると、扉が開いた。
「クリッタさん、どうしたんですか? ヘルンに帰ったんじゃなかったんですか?」
出てきたのは、ふくよかな体のおばさんだった。
「まあ、いろいろあってな。また来ることになったんだ」
それから、政人たち五人を簡単に紹介した。「悪いんだが、こいつらも泊めてくれないか」
「もちろん、構いませんよ。クリッタさんのお連れですもの」
クリッタはさらに、五人の元盗賊を指さして言った。
「あいつらも馬小屋でいいから泊めてほしいんだ。無理を言ってすまない」
「まあまあ、随分と大所帯だこと。ちょっと待っててね」
おばさんはそう言って、奥に呼びかけた。「あんた、ちょっと来てくんな! クリッタさんが来たよ!」
今度は、眼鏡をかけた真面目そうなおじさんが現れた。彼はクリッタと再会を喜び合った後、事情を聞いた。
「もちろんどうぞ、泊まっていってください。そちらの方々も、馬小屋に寝かせるわけにはいきません」
「でも、さすがに十人も寝る場所がないだろ」
するとおじさんは「大丈夫です」と言って、隣の家の扉を叩いた。
「ガイアン、開けてくれ!」
すぐに、恰幅のいい男性が出てきた。事情を説明すると、快く五人の男たちを泊めることを引き受けてくれた。
その様子を五人の男たちは、呆気にとられた様子で見ている。
なぜ彼らは、汚い恰好をした見知らぬ男たちを平気で泊めるのか。
「あの、クリッタさん」
男たちの一人が声を潜めてクリッタに聞いた。「あの人たちは俺たちのことを、同じ六神派だと思ってるんですよね?」
そうでなければ、こんなに親切にされるはずがない、と思っているのだ。
それを聞いたクリッタは、意地が悪そうな笑みを浮かべて、その場の全員に聞こえるような大きな声を出した。
「なあ、俺たちは全員五神派なんだが、それでも泊めてくれるか?」
五人の男たちは、すくみあがった。
「ちょっ、なんてことを言うんですか!」
だが、おじさんもおばさんも、ガイアンという男も、キョトンとした様子だった。
「当たり前じゃないですか。みんなクリッタさんの知り合いなんでしょう?」
おじさんが、いまさら何を言うんだ、という調子で答えた。
「どうだ、これでも六神派は五神派を殺す、なんて話を信じるか?」
クリッタが、ニヤニヤしながら言った。
男たちはようやく、自分たちが噂に惑わされていたことを悟った。
六神派の信徒だからといって、悪い人間ではないのだ。




