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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
最終章 ひとときの平和のために

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352.ネフとギラタン

 ネフの剣はエリオットの胸を突き刺し、背中まで貫いていた。


 エリオットの目から狂気の色が消えた。怒りでも驚きでもなく、どこか納得したような表情でネフの顔を見つめ、力なく微笑んだ。


「ネフ……君は……」


 口から大量の血がゴボッとあふれ出る。力を失った体はガクンと崩れ落ち、ネフに寄りかかるように倒れた。


「エリオット様!」


 ネフはその体を抱きかかえ、必死で呼びかける。


「エリオット様! エリオット様! エリオット――」


 エリオットの目から光が消えた。肌に伝わる感触で、その肉体から魂が失われたことがわかった。


(私は……)


 亡骸(なきがら)を抱えたまま、ネフは茫然自失となってへたりこむ。

 エリオットが最後に何を言おうとしたのかはわからない。いずれにしろ、すべては終わってしまったのだ。


「なんと言ってよいやら、わかりませんが――」


 村長がネフに向かって頭を下げた。「これだけははっきり言えます。あなたのおかげで、私も村も救われました」


 他の村人たちも深々と頭を下げた。

 エリオットは狂気に支配され、言葉での説得は不可能な状態だった。ネフが力ずくで止めなければ、この村がどうなっていたかわからない。

 シャラミアの時と同じ過ちを犯すことは防げたわけだ。


 しかしネフにはまったく達成感がない。どう考えても、もっとうまいやり方があったはずなのだ。

 後悔しても、時計の針を戻すことは誰にもできない。死んだ人間は生き返らない。


「副官殿、私たちはこれからどうしたらよいでしょうか?」


 下士官が困惑の表情で問いかけてきた。


(私が聞きたいくらいだ)


 正直、何も考えたくない。このまま主君の後を追って死んでしまいたい。下士官たちがエリオットの仇を討つためにネフに剣を向けるなら、おとなしく討たれてやるつもりだった。


「副官殿、どうか指示を与えてください」


 だが彼らは総司令官の死にショックを受けながらも、ネフの行為はやむを得ないことだったと理解しているようだ。

 ならば不本意ながらも、エリオットの代わりにネフが指揮をとるしかない。責任ある立場になると、勝手に死ぬことができない。

 ネフはエリオットの体を床に横たえ、立ち上がった。


「これ以上の戦いは無意味だ。降伏する」

「わかりました。ですが、兵士たちが納得するかどうか……」

「ちゃんと説明して納得させろ!」

「は、はい!」


「あの、総司令官殿のご遺体はどうしましょうか?」


 別の下士官がたずねてきた。


「敵の手に渡すわけにはいかない。我々の手で、手厚く(ほうむ)ってさしあげよう。――村長殿、火葬を行うので、手伝ってもらえるか?」


「それは……」


 村長は口ごもっている。「その……王太子様のような高貴なお方を、こんな下賤(げせん)な者たちが住む村で葬るのは、恐れ多いといいますか……」


(そういうことか……)


 ネフは察してしまった。村人たちは、これ以上関わりたくないのである。

 敵連合軍はエリオットが死んだことを確認するため、この村に来て死体を探そうとするかもしれない。

 あるいは村人たちは、エリオットが謀反人であることを薄々察しているのかもしれない。


(エリオット様は死んでからも厄介者扱いされるのか)


 彼らを怒る気にはなれなかった。むしろ主君を殺したにもかかわらず、冷静に状況を分析している自分に腹が立った。


「わかった。夜が明けたら、我々はエリオット様と共にこの村を出る。せめて棺だけでも用意してくれ」


(エリオット様の遺体はランジェット陛下にお返ししよう。あの方は息子の死体をさらして見せしめにするようなことはしない)




―――




 ギラタンは5000人の部隊を率いて、逃げたエリオットたちを捜索していた。


「この先の街道で200人ほどの武装集団を発見しました。軍装からペトランテ王国軍の残党であることは確かだと思います」


 斥候が戻ってきて報告した。「ただ、エリオットの姿は視認できませんでした」


「その集団を率いていたのは、どんな奴だった?」

「えーと……黒髪で、短髪で、眉が太くて、背丈はギラタン将軍と同じくらいで、大きな剣を腰に下げていて、頑固そうな顔で、潔癖そうな顔で、この世の悲しみを一身に背負ったような顔で……」


「ネフだな」


 ギラタンは断言した。


「はあ……よりによって大将が見つけちまったか」


 ディライドはため息をついている。彼なりにギラタンを気遣っているのだ。「おい、ホントにエリオットはいなかったのか?」


「はい。ただ……棺を数人がかりで抱えて運んでいました」

「棺ねえ……大将、どう思う?」

「エリオットが死んだのかもな」

「なんで死んだんだ?」

「ネフに聞けばわかるさ、行くぞ」




 ギラタンの部隊はペトランテ王国軍の残党を取り囲んだ。ネフは抵抗せず、部下にも武器を捨てさせた。


「ギラタン、おまえか。つくづく私たちは因縁があるな」


 ギラタンの顔を見たネフは、うつろな笑顔を見せて言った。「最後におまえに会えてよかった。さあ、私の首をとって手柄にしろ」


「降伏するんじゃないのか?」

「兵士たちは降伏する。だが私は死なねばならない。主君であるエリオット様を殺してしまったからだ」


 ネフはエリオットを殺すに至った理由を説明した。

 それを聞いたギラタンは、なんともやるせない気分になった。


(こいつはまたしても、仕える主君を間違えたんだな)


「ディライド、そいつらを頼む」

「あいよ」


 降伏した兵士たちの処置をディライドに任せ、ギラタンはネフとサシで向かい合った。


「残念だが、死なせてやるわけにはいかねえな」

「なぜだ?」


「親友を失いたくないからだ」


 なんてことは、ギラタンは言わない。

 彼はガロリオン王国軍の将軍として忙しい日々を送っており、ネフやシャラミアを思い出すことは滅多になかったのだ。今さら白々しいことを言えるはずがない。


「だれかがこのくだらない戦争の責任を取らなきゃならねえんだ。エリオットもロドリアンも死んでしまったからには、おまえしかいない。

 おまえと参謀たちには国家反逆罪の容疑がかけられている。こんなことになった経緯を裁きの場で説明し、その後は刑に服す必要がある」


 代わりに口から出たのは、なんともつまらない言葉だった。


「ここで死んで責任をとる、ではだめなのか?」


「だめだ」


 ギラタンはきっぱりと言った。


「ランジェットは自らエリオットを罰することで、これは国家の意志による戦争ではなく、エリオットと一部の軍人の暴走だったことを世間に示すつもりだったはずだ。

 おまえのせいでそれができなくなった。だからエリオットの意志を代弁し、法の裁きを受けろ。そうしなければランジェットは、この戦争の総括ができない」


「そうなのか。そんなことは考えたこともなかった」


 ネフは驚いたように言った。


「エリオット様が裁きの場に立つことがなかったのは、せめてもの幸いだな。あの方はそのような屈辱に耐えられる方ではない。

 私はランジェット陛下に対して恩義があるから、あの方の助けになるならば、法の裁きを受けよう。だがギラタン、おまえがランジェット陛下の意図を忖度(そんたく)する必要はないだろう?」


「俺はガロリオン王国の軍人として発言している。マサト殿下は今後も、ランジェットにペトランテ王国の統治を任せるつもりでいる。だからランジェットの威信が低下するのはまずいんだ」


「フフ、軍人としての発言、か」

「何かおかしいか?」

「おまえの発言は、軍人というよりも政治家のようだぞ」

「む……」


(俺が政治家だと? まあ元帥殿よりは政治のことがわかってるとは思うが)


「気に(さわ)ったならすまん。軍人でありながら政治にも通じているおまえの万能さが、うらやましかったんだ。私は騎士として主君に仕えるしか能がないからな」


(騎士としても、うまくやれてるようには思えんがな)


「なあネフ、これからは誰かのために働くんじゃなく、自分の好きなように生きたらどうだ?」

「私は処刑されるんだろう?」

「いや、死刑にはならんだろうな。エリオットやロドリアンはともかく、おまえは首謀者とは言えないから、まあ懲役か禁固刑だろう。それに村人を守るためにエリオットを殺したのは、減刑に値する善行だ」


「そんなことで減刑など、冗談ではない!」


 今までおとなしく話をしていたネフが、急に声を荒らげた。


(どうしようもなく不器用な奴だな、こいつは。知ってはいたが)


「じゃあそんなことで減刑しないよう、ランジェットに訴えてみろ。いずれにしろ、おまえは自分の処遇を自分で決められる立場じゃない」


 ネフは天を仰いだ。


「結局私は、自分の好きなように生きられる人間ではないのだ。今までずっとそうだった」


「これからはどうなるかわからんぞ。刑期を終えれば、おまえを縛るものはなくなる。自由になったら何をやりたいか、じっくり考えてみろよ。塀の中では考える時間がたっぷりあるらしいからな」

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