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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
最終章 ひとときの平和のために

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343/370

342.総司令官クオンは頑張っている

 タンメリー女公を総司令官とする諸侯軍7万6000人は、ペトランテ王国北部の海岸から上陸を果たしていた。


「私たちは敵の位置を確認しながら、ゆっくりと南へ進軍します。パージェニー元帥の予測では、敵はまず王家の軍団に向かって進軍するそうですから、あまり気を張る必要もないでしょう」


 軍議の席で女公は、他の諸侯たちにそう説明した。


「いや、いかにパージェニーが天才といえども、神ならぬ身であるからには、予想を外すことがないとは言い切れない。それにここは敵地であり、何があるかわからない。我々も決して気を抜くべきではないと思う」


 ソームズ公が険しい顔で注意をうながした。彼は常にそんな顔ではあるが。


「そうですね、あなたの言うとおりです」


 タンメリー女公がソームズ公の意見を認めたので、他の三人の諸侯はふうっと安堵の息をついた。二人は犬猿の仲として知られているので、ここで対立して諸侯軍が瓦解することを心配していたのである。


 しかし女公もソームズ公も、好悪の感情を優先して目的を見失うような愚かな人間ではない。

 それに互いに相手のことを好きではないのは確かだが、その力量は認めている。


「敵は兵力を一か所に集めていて、地方の町にはほとんど守備兵を置いていないらしいな」


 ルロア公が甲高い声で発言した。「だからどこかの町を占領し、そこを拠点にしてはどうだ? 急いで進軍する必要はないんだろ?」


「そうですね。毎日野営を続けるのでは、兵士の負担も大きいでしょうし」


 カルデモン公もそれに賛成した。


「しかし7万6000人もの兵士が町に入れば、どうしても混乱が起きるでしょう。非戦闘員である住民に迷惑をかけるのはどうかと思いますが」


 ロッジは彼らしい誠実な考え方で反対した。


「ジスタス公の言う通りだ。兵士を町に入れると何をするかわからない。略奪や暴行によってガロリオン王国の評判を落とすおそれがある」


 ソームズ公はロッジの意見に賛成した。


「おや、あなたの軍の兵士は、そのようなことをするほど統制が取れていないのですか?」

「何を言うか。ソームズ家には略奪をするような兵士はおらん。タンメリー家はどうか知らぬがな」


 やはり女公とソームズ公の相性はよくないようだ。


「私はルロア公の案は悪くないと思います」


 女公は意外にもルロア公に賛成した。


「しかし女公、それでは――」

「ジスタス公、最後まで聞きなさい。このまま進軍して街道上の町を占領しますが、そこを拠点にすることはしません。最小限の兵士を残して移動し、次は別の町を落とします。そうやってペトランテ王国の町をどんどん占領しながら進軍するのです」


「そういえばローゼンヌ王国との戦争の時も、女公は町を次々と占領していったのでしたね。占領した町には食糧などを寄付したので、逆に住民たちから感謝されたとか」

「ええ、今回はそこまでするつもりはありませんが」


「なるほど。ペトランテ王国の町をいくつも支配下に置いておけば、講和の時に有利になるな」


 ソームズ公も、町を占領する案は悪くないと思い始めた。


「そうですね。それに敵が悪手を打っているのだから、それをとがめておく必要があると思うのです」

「どういう意味だ?」


「敵の総司令官のエリオットとかいう坊やは、軍人としてはどうだかわかりませんが、国の統治者としては失格です。彼は自国を戦場にするという戦略を採用しました。にもかかわらず、国内の町を守ろうとしていません」


「その通りだな。国民が受ける被害を想像すれば、そんなことはできんはずだ。エリオットは戦うことしか頭にないのだろう」


「パージェニー元帥によれば、敵は内線作戦による各個撃破をねらっているのだそうです。つまり軍と軍が正面からぶつかる会戦を望んでいるのでしょう。

 ですが私たちは、それに付き合ってやる義理はありません。もしもペトランテ王国軍がこちらに向かってくれば、占領した町に閉じこもって防衛戦を行いましょう」


「なるほど。防衛戦で時間を稼いでいるうちに味方の軍団がやってくれば、ペトランテ王国軍を包囲してしまえる。そうなればエリオットの戦略は、完全に失敗だったことが明らかになるな」


 女公とソームズ公は、意外にも息の合ったやり取りを見せた。

 そんな二人を見て、ルロア公が軽口を叩く。


「ははっ、女公よ、立派なことを言ってはいるが、今回も町を占領するついでに、特産品のチャバコの販路を開拓しておこうとでも考えているのではないか? あんたは隙あらば金儲けをするからな」


 チャバコはタバコに似た嗜好(しこう)品で、元々は政人が目をつけたものだが、現在はタンメリー家の独占販売となっている。

 ローゼンヌ王国との戦争の時、女公は占領した町に金と食糧を寄付して住民に恩を売りながら、チャバコも売りつけていたのだ。


 そのおかげでローゼンヌ王国でも喫煙の習慣が広まり、タンメリー家に莫大な利益を生み出していた。

 しかしチャバコは依存性があるため、吸い過ぎて健康を害する者も出ており、社会問題になっている。


「ええ、何か問題でも? 戦うと同時に金儲けもできるなら、一石二鳥ではないですか」


 それを聞いたソームズ公の顔が険しくなった。元々そんな顔ではあるが。


「そのために、商品としてのチャバコを戦地にまで持ってきているのか?」


 女公は悪びれる様子もなく答える。


「私はこの戦争に()()()()のことを考えているのです」




―――




 ローゼンヌ王国軍の総司令官は国王のグルフォード、ズウ王国軍の総司令官は国王のリオン、スランジウム王国軍の総司令官はヴィスラインが務めている。


 そして、その三か国を合わせた連合軍の総司令官がクオンだ。

 クオンが率いる三か国連合軍の8万人は、ペトランテ王国南部の海岸から上陸していた。


(ここにマサトはいない。僕が頑張らないと)


 クオンは改めて気を引き締めた。彼に付き従っているのは8人の親衛隊員だけである。政人の助けがない状態で、8万人を率いなければならないのだ。


 しかもその8万人は国籍も違えば、種族も違っている。さらに軍制も異なっているのである。


 そのような軍が一つになって行動しようとすると、問題が起こりやすい。

 事件が起きたのは、上陸した翌日だった。


「ローゼンヌ王国の兵士とズウ王国の兵士が喧嘩(けんか)をしたって?」


 クオンは自分の天幕で休んでいたところ、ヴィスラインからそんな報告を受けた。


「はい。ローゼンヌ王国軍のヴァイキーという兵士と、ズウ王国軍のカバオクーンという兵士が、陣地内で一対一の殴り合いを始めたのです。幸いにも、グルフォード陛下とリオン陛下がすぐに現場にかけつけて喧嘩をやめさせたので、どちらも大きな怪我はありません。ですが、喧嘩をした兵士に対する処分でもめているのです」

「もめてるって、どういうこと?」


「両国の軍規が違っているのが問題なのです。ローゼンヌ王国軍の軍規では喧嘩両成敗なのに対し、ズウ王国軍の軍規では、売られた喧嘩を買わなければ、逆に臆病者として罪になります。

 グルフォード陛下は両者を罰しなければ不公平だと主張し、リオン陛下はカバオクーンを罰することはできないと主張しているのです」


「二人とも許すのではダメなの?」

「それしかないと思いますが、許すにしても筋の通った理由がなければ軍規を無視することになり、規律が乱れます。規律の乱れは士気の低下につながります」


(軍規か……マサトだったらどうしただろう?)


 法というものは、字義通りに厳密に行うことが正しいとは限らない。だからといって権力者が都合のいい判断で法を無視すれば、法の存在意義がなくなる。


 特に軍隊というのは規律が重視される組織であり、情実によって甘い処分をすれば統制が取れなくなるおそれがある。

 だから政人も、かつてジスタス家の軍で軍監を務めていた時、重大な軍規違反を犯したヴェネソンを処刑せねばならなかったのだ。


 今回のケースは軍規が異なる軍同士の問題なので、難しいことになっている。

 人間とケモノビトという種族の違いもからんでいるので、判断を誤ると遺恨が残り、連合軍が崩壊する危険があった。

 ここは最高責任者であるクオンが調停するべき局面だろう。


(子どもの僕が何を言っても説得力がないかもしれないけど、それでもなんとかしないと)


 きっとこんな時のために自分がここにいるのだ、とクオンは思った。


「僕が二人の兵士を裁こう。ヴィスライン、現場に案内して」




 クオンはヴィスラインと親衛隊員を連れて、現場にやってきた。


 グルフォードとリオンが立ったまま、険しい顔で何やら口論している。

 そのそばで座り込んでいるのが、問題を起こした二人の兵士だろう。


 ローゼンヌ王国軍のヴァイキーは、いかにも喧嘩っ早そうな顔つきの兵士だ。

 ズウ王国軍のカバオクーンは、大きな口が特徴のカバビト族の兵士である。


 二人とも主君に迷惑をかけたことを反省しているのだろう。顔を伏せてうなだれている。彼らの周囲では両国の兵士たちが、不安そうに成り行きを見守っていた。


「クオン陛下をお連れしました」


 ヴィスラインが声をかけると、グルフォードとリオンは口論をやめ、クオンに向かって頭を下げた。

 しかし周囲の兵士たちの表情は、クオンが子どもであるためか、どこか侮っているようにも見える。


「結論は出た?」


 クオンがたずねると、二人の王は首を振った。


「なかなか落としどころを見つけるのが難しいです」


 グルフォードが困り顔で言った。「陣地内の喧嘩は両成敗が常識だと思うのですが、それではリオン陛下は納得できないようで」


「喧嘩両成敗を恐れるがため、喧嘩を売られても我慢するのが美徳ということになれば、軟弱な兵士ばかりになってしまうからな」


 リオンも譲ることはできないようだ。


「喧嘩をしたのには理由があるはずだ。まずは、その二人の兵士から話を聞きたい」

「陛下が直接尋問されるのですか?」

「うん」


 クオンは神妙な顔つきでひざまずいている二人に近付き、声をかけた。


「詳しい話を聞かせてほしい」


 クオンは質問を挟みながら、ヴァイキーとカバオクーンから話を聞いた。


 喧嘩のきっかけは、すれ違う時に互いの剣の鞘がぶつかるという、くだらないものだった。

 言い争っているうちに他の兵士たちも集まってきて、騒然とした雰囲気になった。両国の兵士たちはそれぞれヴァイキーとカバオクーンに味方し、中には剣を抜こうとした者もいたらしい。


「大変なことになったと思いましたが、後には引けないので、俺はカバオクーン殿に対して一対一の決闘を申し出ました」


 ヴァイキーの言葉に、カバオクーンもうなずく。


「逃げたら罪になるのを知ってたので、僕はその勝負を受けました。でも怪我をさせたくなかったので、剣は仲間に預かってもらいました。それを見たヴァイキー殿も剣を預けて、それから二人で殴り合いの喧嘩を始めました」


 これだ、とクオンは思った。落としどころを見つけたのである。


「二人ともよくやった。君たちのおかげで軍の崩壊を防ぐことができたよ」

「え?」


 ヴァイキーとカバオクーン、そして周囲の兵士たちはクオンの言葉を理解できず、首をかしげている。


「だって、もしヴァイキーが一対一の勝負を要求しなければ、双方の兵士たちが喧嘩に加わって乱戦になっていた。

 カバオクーンが武器を預けなければ、決闘の結果どちらかが死んでいたかもしれない。

 そんなことになれば両軍の対立が決定的になり、今後の軍事行動が不可能になっていたよ。

 君たちが一対一での殴り合いという、正々堂々とした喧嘩をしたからこそ、それを防ぐことができたんだ」


 クオンの言葉には説得力があった。

 言葉の説得力というものは、たとえ同じことを言ったとしても、その言葉を発する人間によって違ってくる。

 クオンは子どもとはいえ、確かに王者の風格があった。


 今や彼は六か国を勢力下に置く王として、レンガルドにおける最高の権威を持っている。地位が人をつくるという言葉があるが、彼もその地位にふさわしい成長をとげていたのである。


「喧嘩をしたことはよくなかったけど、そのやり方は公正で文句のつけようがない。だから僕が君たちを許す」

「ありがとうございます!」


 ヴァイキーとカバオクーンは、涙を流して礼を言った。


「喧嘩をしたら、その後は仲直りをして友達になるのが自然なことだと思う。君たちはこれから共に戦う仲間として、手を取り合うんだ」

「はい!!」


 二人の兵士はクオンの言葉に従い、互いに堅い握手と抱擁を交わした。

 クオンを侮っていた他の兵士たちも、その威徳に打たれて自然にひざをついていた。


「見事な裁きです。このグルフォード、感服いたしました」

「俺も感動しました。これからも陛下の指揮下で全力で戦うことを誓います」


 グルフォードとリオンもクオンを褒めたたえた。


(よかった、なんとか総司令官の務めを果たせたみたいだ。マサトも褒めてくれるかな?)



 クオンのおかげで、三か国連合軍の心は一つになった。

 この後、兵士たちが(いさか)いを起こすことは二度となかった。

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