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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
最終章 ひとときの平和のために

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335.内線作戦

 政人はペトランテ王国と戦争状態に入ったことを発表し、非常事態宣言を発令した。


 その後に入った情報によれば、ペトランテ王国軍はダーランフィーの町を占領し、アムリーヒト王子を捕らえて人質にしたが、それ以上は進軍してこないようだ。


 シュルーク王からは正式に援軍を求める書状が届いた。人質になっているアムリーヒトは無視して構わない、とのことだ。


 政人はパージェニー元帥を総司令官として、援軍を派遣することを決めた。

 まずは海路で内海を通ってスランジウム王国の王都レヴァンドールに向かい、その後の進路は情勢を見てから決める。

 パージェニーは、敵軍は守りに向いていないダーランフィーを放棄して、本土に引き揚げるだろうと予想した。その場合は、こちらから敵地に攻め込むことになる。


 また、ローゼンヌ王国とズウ王国に対しても援軍要請を行い、ガロリオン王国軍と合流することを求めた。

 だがオルダ王国とウェントリー王国には援軍要請を出さなかった。どちらの国も戦場から遠いため、合流には時間がかかりすぎるからだ。両国はこの間の戦争で大きな被害を出しているため、負担をかけたくないという配慮もある。


 ガロリオン王国の諸侯たち、ソームズ家、タンメリー家、ルロア家、カルデモン家、ジスタス家にも援軍を出させるが、地理的な要因から、彼らには別行動を取らせることにした。

 まずは北海の沿岸を航行して、スランジウム王国のカーティス港に寄港させる。その後の行動は、改めて指示を出すことになる。

 内陸に領地を持つジスタス家は海軍を持たないので、タンメリー家の艦隊に乗船するように指示を出した。


 以上は、政人とパージェニーが話し合って決めたことである。


 連合軍の最高司令官は政人だ。

 もちろん実質的な指揮はパージェニーが行うが、他国の軍にも指令を出すからには、より上位の人間が名目上の司令官でなければならない。特にズウ王国のケモノビトたちは人間に対して不信感を持っているため、配慮が必要だ。


 クオンの婚約者であるモエラの扱いについては、とりあえず保留することになった。

 ペトランテ王国の王女である彼女に対する風当たりは強く、処刑するべきだと言う者もいたが、政人もクオンもそんな意見には取り合わなかった。モエラ自身も、この戦争ではガロリオン王国を支持することを明言した。




―――




 エリオットは占領したダーランフィーを放棄し、全軍を本土に引き揚げさせた。


 予定通りの行動である。参謀たちは敵地で戦うことの不利を理解していた。海軍力ではガロリオン王国に劣るため、海上を封鎖されて補給が断たれる恐れがあるのだ。


 引き揚げたからといって、ガロリオン王国がペトランテ王国を許すことはあり得ない。海軍の艦隊が奇襲攻撃を受けたからには、報復しなければ示しがつかないからだ。


 ガロリオン王国軍はエリオットたちを追って、ペトランテ王国の本土に攻め込んでくるだろう。

 それこそがねらいである。初めからエリオットと参謀たちは、本土に敵を引き入れて戦う戦略を立てていたのだ。




 エリオットと総参謀長のロドリアン、そしてネフは一時的に軍を離れ、王都へとやってきた。ランジェットとウォードに会うためである。


(このような形でランジェット陛下に会わねばならないとは)


 ネフにとっては、合わせる顔がない。息子のエリオットを託されていたのに、その息子は母親を裏切ろうとしているのだ。

 しかしネフの現在の主君はエリオットだ。覚悟を決めるしかない。


「エリオット、よく俺の前に顔を出せたもんだな!」


 三人で王の執務室に顔を出すや、いきなりランジェットから怒声が飛んできた。ウォードはその隣でオロオロしている。


「母上、そのように大声を出さないでください。俺は話をしに来たのです」


 対するエリオットの声は落ち着いていた。ネフはその後ろに控え、二人のやり取りを見守ることにした。


「話す必要などない! おまえがやっていることは反逆だぞ! 勝手にガロリオン王国の艦隊を攻撃し、スランジウム王国の町を占領するなんて、この国を亡ぼす気か!」

「亡ぼす? とんでもない。俺は勝ち目のない戦いは仕掛けません」

「勝ち目などあるもんか。ガロリオン王国と、その同盟国を相手にするんだぞ? こちらには15万人の兵士がいるが、向こうはそれ以上の数をそろえてくるだろう。しかもガロリオン王国軍にはパージェニーという天才的な戦術家がいる」


「母上がそのようなことを言われるとは驚きです。その天才に対抗するため、軍事エリートたちを集めて参謀本部をつくったのは、母上ではありませんか。ここにいるロドリアンを始め、優秀な参謀たちがいるからには、パージェニーなど恐れるに足りません」


 紹介されたロドリアンは軽く頭を下げた。それを見てランジェットはふんと鼻を鳴らす。


「何がエリートだ。おまえらは一度も戦争を経験してないだろうが。机上の計算だけで勝てるとでも思ってるのか?」


「勝てます」


 ロドリアンは不敵に微笑み、口ひげをいじりながら答えた。「まずは、私たちの考えた作戦を聞いていただきたい」


「ふん、一応聞いてやろう。数で上回る敵をどうやって倒すんだ?」

「数が多いのは、いいことばかりではありません。大軍になればなるほど、補給の問題が出てきます」


「補給の問題があるのはこっちも同じだろうが。大量の物資をスランジウム王国まで輸送しなけりゃならないが、海上封鎖されれば補給は絶たれる」

「スランジウム王国へ輸送する必要はありません。すでに全軍が本国に引き揚げましたから」


 ロドリアンの言葉を聞いたランジェットは、怪訝(けげん)な顔をした。そのことはまだ知らなかったようだ。


「引き揚げた? 占領したダーランフィーを放棄したというのか?」

「スランジウム王国など、大物を釣るための餌にすぎないのですよ。我々にとっての勝利とは、ガロリオン王国軍を倒すことです。これからガロリオン王国を中心とした連合軍が攻めてくるでしょうが、我々はそれを本土で迎え撃ちます。防御側が攻撃側よりも有利なのは、戦闘における常識です」


「この国を戦場にするつもりか!? それじゃあ国民に被害が出るぞ」


「それは覚悟の上です」


 エリオットが口をはさんだ。「勝利のためなら、きっと国民も納得してくれるでしょう」


「エリオット、おまえ……」

「もちろん、できるだけ町に被害が出ないようにはします」


 ランジェットが怒声を上げる前に、ロドリアンが補足した。


「敵がどこから攻めてくるかもわからないのに、適当なことをほざくな。複数箇所から同時に上陸されたら、どうやって対応するつもりだ?」


 ペトランテ王国は島国であり、領土は海に囲まれている。だからランジェットの言うように、連合軍の艦隊はどこからでも上陸できるのである。


「陛下の言われるように、おそらく敵は軍を分けてくるでしょう。向こうは多国籍の連合軍であり、軍制も各国で異なります。そのような軍団がまとまって行動すると、混乱が起きやすいですからな。パージェニーが手足のように動かせるのも、自国の軍だけです。

 だから敵は複数地点から上陸して攻めてくるでしょう。それこそが、こちらの望むところです」


「なぜだ?」

()()の利を活かせるからです」


 ロドリアンは得意気に説明を始めた。


「我々が立てた作戦は、内線作戦と呼ばれるものです。簡単に言えば、兵力を分散して外から包囲するように向かってくる相手に対し、内側から順次に各個撃破していく作戦です。敵連合軍が軍を分けて進軍してくるとすれば、我らは15万の兵力を集中させ、分散した敵軍団を一つずつ撃破していきます。そうすることで、常に数的優位を保って戦うことができるのです」


「敵とぶつかる前に包囲されたらどうするんだ?」

「その心配はありません。我が軍は分散した敵軍団の内側にいるため、最短距離で一気呵成に敵軍団に迫り、攻撃できるのです。敵軍団の位置は、国内の各所にある監視所からの狼煙(のろし)によって把握できます」


「それでも同時に挟撃される恐れはあるだろう」

「その場合は少数の部隊で一方の敵を足止めしておいて、その間に本隊がもう一方の敵を撃破し、その後に合流して残った敵を倒すのです」


「少数の部隊で足止めなんてできるのか?」

「防御に徹すれば、少数の部隊でも時間をかせぐことは可能です。野戦陣地を築いておけば、より有利に戦えるでしょう」



 内線作戦はナポレオンが得意としていた作戦であり、その幕僚であったアントワーヌ・アンリ・ジョミニ(1779-1869)によって理論化されている。


 レンガルドにおいても、過去の戦いの研究によって同様の理論が確立されていた。だから士官学校で学んだ参謀たちも知っていたのだ。


 ネフはこの内戦作戦についてエリオットから聞かされている。その時は、確かにこれなら勝てそうだと感じた。


 自国内で戦うメリットは、やはり大きいのだ。地形を熟知しているし、張り巡らせた情報網によって敵の情報を得ることもできる。補給も容易だし、いざとなれば兵力を補充することもできる。



「もっともらしく聞こえるが、戦局は不測の事態によって大きく動く。おまえの言ってることは、やはり俺には机上の空論に思えるな。いや、それ以前に――」


 ランジェットはエリオットに顔を向けた。「おまえは俺の命令を無視して勝手に軍を動かした。それだけで、どんな理屈を並べ立てようが許すわけにはいかないんだよ!」


「…………」


 エリオットは表情を変えず、じっと母親の叱責を受け止めている。


「今から、おまえの総司令官の職を解任する」

「解任してどうするのですか? もう戦争は始まっているんですよ」

「講和を結ぶしかないな。こちらに全面的な非があるからには、いくらかの領土を差し出さなきゃならないだろうが」

「戦わずして、講和を結ぶというのですか?」

「そうだ」


 エリオットの端正な顔に、皮肉な冷笑が浮かんだ。


「残念です、母上」


 そう言うと、右手を横に振り払った。

 執務室に20人ほどの兵士が入ってきて、ウォードとランジェットに剣を突きつけた。完全な反逆行為である。


「母上と父上は、しばらく政治の舞台から退いていただきます」

「バカな真似を……」

「軍を掌握している者が国の実権を握る。何度も繰り返されてきた歴史です」


 ランジェットは剣を突きつけられながら、ネフに問いかけた。


「おいネフ、おまえはこのバカ息子を(いさ)めなかったのか?」


「私は……」


 ネフはランジェットの顔を直視できず、顔を伏せて答えた。「エリオット様の判断に従います」


 ランジェットはそれを聞き、諦めたように首を振った。


「ま、待ってくれ」


 ここでウォードが初めて口を開いた。「エリオット、おまえはなぜこんなことをする? 誰よりも優秀なおまえを、私たちは誇りに思っていたんだぞ」


「俺は国民に対し、自分に王の器があることを示さねばならないのです」


 エリオットはウォードをにらみつけて言った。「私とあなたとは、これっぽっちも似ていない。だからこそ実力でもって、自分が正統な王位継承者であることを知らしめる必要があるんだ!」


「おお、エリオット……」


 ウォードはそれ以上何も言えず、がっくりとうなだれた。




 エリオットはランジェットとウォードを別々の部屋に軟禁した。ダーランフィーから連れてきたアムリーヒトは、とりあえず牢に入れておいた。


 国民に向けては、ランジェットが病気のために自分が一時的に統治を代行すると発表した。

 ランジェットは人気が高いため、国民の反発を恐れたのである。少なくとも戦争中は、全国民が一体となって戦わねばならない。


 軍の内部でこのことを知っているのは、エリオットとネフと参謀たち、そして王都防衛の任にあたる指揮官たちだけだ。

 前線で戦う兵士には、決して知らせてはならなかった。彼らの中にはランジェットを支持する者が多いため、士気が下がる恐れがあるからだ。


 あくまでもこの戦争は、ランジェットの意志によって行われていることにしなければならない。

 そこで王都では戒厳令を敷き、情報が外に漏れないように門を閉ざしてから、エリオットたちは軍営に戻った。


 しかし門が閉ざされる直前、マローリンの部下の諜報員が王都を脱出していたことに、彼らは気付かなかった。

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