表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第二章 闇の勇者を求めて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/370

33.ヴィンスレイジ・シャラミアの憂鬱

 翌日、政人たち四人にクリッタを加えた一行は、ヘルン南西のポルテン村へと馬を走らせていた。


 もっとも、馬が一頭足りないため、ハナコはルーチェの前に抱きかかえられるようにして乗っている。


 ハナコは政人と一緒に乗りたがったが、政人はまだ自分の馬術に自信がないため、ルーチェの前に乗るようにと命令したのだ。


 クリッタが、政人の隣に馬を寄せてきた。


「日が暮れるまでにはポルテン村につくはずだ。今日は村長の家に泊めてもらう。俺が頼めば断らないだろう」

「クリッタはずいぶん顔が広いんだな」


「まあな」


 クリッタは誇らしげだ。「もっとも、あの村の奴らは人がいいから、見知らぬ旅人であっても泊めてくれる。みんな貧乏なのにな」


「やはり税の徴収が厳しいのか?」


「ポルテン村はタンメリー女公領だから、そんなに無理な取り立てはない。女公は食えない婆さんだが、バランス感覚に優れた政治家だ。あの村が貧しいのは、土地がやせててろくに作物が育たないからだ。金になるのは、焼き物を作ってヘルンで売ることぐらいだな」


「宿場町にするのはどうだ? 俺たちみたいに、王領と行き来する旅人が泊まる宿があれば、需要はあるんじゃないか」


「あんな険しい山道を通ろうなんて酔狂な旅人は、俺たちくらいだ」


(大丈夫か、おい)




 政人たちがポルテン村に着いたとき、まだ日は高かった。


 村人たちは、旅人である政人たちに愛想よく挨拶をしてきた。クリッタがいるからだろう。

 村長は五人を泊めることを快諾してくれた。


 村内を散策していると、粗末な家や村人の服装から、確かに貧しさを感じ取れた。

 まだ早い時間なので、皆、農作業や焼き物作りなど、忙しそうに働いている。


 と思ったら、働かずに寄り集まって、だべっている男たちがいた。男たちは何やらおかしなことをしていた。


 彼らは陶器でできた三十センチくらいの細長い管を持っている。

 管の先端からは白い煙が出ており、もう一方の端を口に咥えている。

 そして彼らは、その煙を吸って気持ちよさそうな表情をうかべているのだ。


「あれは何をしてるんだ?」


 クリッタに聞いてみた。


「あいつらは時々仕事を中断して、さぼっているんだ」


 クリッタは苦笑している。


「この村の近くに『チャバコ草』という植物が生えているんだ。チャバコ草は食べると死ぬほどの猛毒をもっているんだが、あるとき誰かが、こいつを乾燥させて火をつけると、かぐわしい匂いのする煙が出ることに気付いた。匂いだけじゃなく、その煙を吸い込むと気分がよくなるらしい。俺も吸わせてもらったことがあるが、イライラしていた気持ちがスーッと落ち着いたよ」


(はあ……この世界にもアレと似たようなものがあったのか)


「俺にも吸わせてもらえるかな」


 政人はもちろん喫煙の経験はないのだが、興味を持ったので聞いてみた。


「もちろんだ、俺たちも交ぜてもらおう」


 男たちは快くチャバコ草の煙を吸わせてくれた。政人は管をくわえ、ゆっくりと吸い込んだ。


(そんなにうまいとは思えないな……吸い慣れればうまく感じるようになるのかもしれんが。健康のことを考えれば、あまり吸わない方がいい気がする)


「悪くねーな、確かにいい気分になったような気がする」


 ルーチェが口から白い煙を吐き出して言った。なぜか様になっている。


「ゲホッ、ゲホゲホッ」

「何であるか、このひどいニオイは!」


 タロウとハナコは苦手なようだ。イヌビトには合わないのかもしれない。

 政人は男たちに聞いてみる。


「あんたたちは、毎日これを吸ってるのか?」

「ああ、一日に五回ぐらい吸ってるよ。なぜか、やめられないんだよね」


依存性(いそんせい)があるようだな。やはりタバコに似ている)


「これを吸ってるのはこの村の者だけなのかな?」


 クリッタに聞いてみた。


「たぶん、そうなんじゃねえかな。チャバコ草はこの辺りにしか生えてないし」

「なるほど」


 政人はこの村だけで吸っているというチャバコ草を、いつか何かに活用することができるのではないか、と考えた。


(まったく、毒草に火をつけて煙を吸うだなんて、誰が最初に考えたんだか)


 政人はチャバコ草の煙を吸いながら、金の匂いを嗅ぎとっていた。




―――




「火神よ、燃えさかる赤き火にて、人の世の汚れを浄化したまえ

 土神よ、母なる豊穣たる大地にて、新しき生命を育みたまえ

 風神よ、吹き過ぎゆく風にて、あまねく恵みを運びたまえ

 水神よ、永遠に流れたゆたう水にて、生命の渇きをいやしたまえ

 死にゆく定めの人間は、暗さに迷う者なれば

 光の女神よ、闇を打ち払い、人の心を明るく照らしたまえ」


 ここはガロリオン王国の王都ヴィンスレイジア、その中心部にそびえ立つ大聖堂の祈りの間。


 メイブランド教の最高神たる光の女神の石像の前に、ひざまずく女性の姿があった。


 純白のワンピースドレスに身を包み、小柄な体で一心に祈りをささげている。

 腰まで届く燃えるような赤い髪が、白いドレスに映えている。


 その女性は、祈りが終わった後もしばらく瞑想を続けていたが、やがて眼を開け立ち上がると、ささやくように言った。


「光の女神よ、ガロリオンをお救いください」


 彼女はヴィンスレイジ・シャラミア。現在十七歳。

 彼女の父親は先王ヴィンスレイジ・アイオンの弟で、今は亡きヴィンスレイジ・セイクーンである。


 シャラミアは現在の王ヴィンスレイジ・クオンにとっては、従姉弟(いとこ)にあたる。


「それでは、行きましょうか、ティナ」

「はい、シャラミア様」


 侍女に声をかけ、歩き出す。

 その表情は不安に陰っているように見えるものの、大きな目からは意志の強さも、微かに感じさせる。


 彼女は王国の未来を(うれ)えていた。


 十一歳のクオン王は人形遊びに夢中で、人前に姿を現すことはほどんどない。

 甘やかされて育ったため、わがままが強く、廷臣の(いさ)めの言葉には、耳を貸そうとしないのだ。


 王太后のテラルディアは、そんな息子を放っておいて、遊び続けている。

 彼女は自分のために王都内に建てさせた宮殿――テラルディア宮と名付けたらしい――にこもって、贅沢三昧の日々を送っていた。

 時々、領内に造らせた三ヶ所の離宮にも羽を伸ばしているらしい。


 少年王に代わって政務をとっている王太后の父親、摂政(せっしょう)であるジスタス・バート公は、民から富を(しぼ)り取るだけで、なんら効果的な政策をとらない。

 人心は離れる一方である。


 シャラミアは王城へと向かった。無駄とはわかっているが、言うべきことは言わねばならない。


 玉座の間に人の姿はなかった。玉座の上方に、ヴィンスレイジ家の家紋である「揺らめく炎」が描かれた掛軸が、空しく掛けられている。


 王は自室にいるのだろう。まずシャラミアは、摂政の執務室へと向かった。

 ドアの前に立っている兵士に声をかける。


「摂政殿はいるかしら?」

「はっ。現在殿下は休息中にて、誰も通すなと申し付かっており――」


「無礼者っ! この方はシャラミア様であるぞっ! すぐにジスタス公に取り次げっ!」

「は、はいっ!」


 侍女のティナに一喝され、慌てて兵士は部屋の中に駆け込んだ。


 しばらくしてドアが開き、兵士が「どうぞお入りください」と声をかけてきた。

 中に入ると酒の匂いが漂っており、シャラミアは顔をしかめた。


(まだ日が高いうちから……)


 ジスタス公はでっぷりと太った体に椅子をきしませながら、シャラミアに体を向けた。


「これはこれはシャラミア様、ようこそいらっしゃいました」


 赤ら顔でだらしない笑顔を浮かべながら、挨拶をしてきた。


「こんな時間から飲んでいるのですか?」

「いやあ、私は少し飲んだ方が頭が働くものですから」


(お父様だったら、怒鳴りつけていたでしょうね。私にもお父様のような勇気があれば……)


 シャラミアは気を取り直してジスタス公を説得する。


「摂政殿、民はもう限界です。自分の土地を捨ててまで逃げ出す者が、後を絶ちません。どうか税率を下げていただけませんか?」


「私も民の暮らしを考えると心苦しいのですが、それでは予算が足りなくなります」

「王太后陛下の離宮建築をやめさせれば、かなりの費用が浮くと思うのですが」


 王太后は領内に三つの離宮を建てさせたが、新たに四つ目の離宮を建てようとしているらしい。


「娘には私も困っているのですが、なかなか言うことを聞きませんで」

「摂政殿は国の最高権力者でしょう。なぜ王太后陛下に命令できないのですか?」


「シャラミア様」


 ジスタス公は表情を引き締めて言った。「私は父の後を継いでより三十年以上、領内を治めてきた経験があります。シャラミア様は聡明でいらっしゃるが、政治については素人です。私のやり方には口を出さないでいただきたい」


 シャラミアは怒りを覚えた。

 ジスタス公への怒りではなく、何も言い返せない自分の弱さに対する怒りだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 新作長編
黒蛇の紋章

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ